森羅万象の厚生記録

星川ほしみ

文字の大きさ
上 下
9 / 18

気づかなかった傷と気づいた亀裂

しおりを挟む
 神楽が何とかしようと尽力しても咲良が変わろうとしないと意味がない。だからこそ、はっきりと言っておかないといけないと思った。

「咲良。迫害を止めたいというのなら、他人の痛みを知らないと駄目だ」
「……」
「今のままじゃ、お前は目的を成しえない」

 咲良には強引に事を済ませられる力がある。〝彼岸の悪魔〟を捕らえることも、ヴィンズの迫害を止めることも。その気になれば、手段を問わなければその日のうちにでも〝彼岸の悪魔〟を捕らえ、一か月を待たずヴィンズを潰せてしまえるだろう。

 神楽はそのまま言葉をつづけようとしたが、うまく言葉にできず沈黙が二人に落ちる。二三度口を開きかけるも、いずれも音にならず、神楽はもう一度咲良に背を向けて結界内に向けて歩こうとした。

「……だったらどうしろと言うんですか」

 しかし、かすれるような声に阻まれる。咲良のこんな声は聴いたことが無かった。

「知りたいと思っても、わからないんですよ」

 渇望するような、諦めたような声。
 神楽は咲良に背を向けたまま目を見開く。

「神楽の考えてることも、咲斗の想いも、私には何一つ理解できても共感することはできないというのに」

 どうすれば二人のことがわかるのだと咲良は言った。

 ずっと、咲良は他人に興味が無いのだと思っていた。けれど、違うのかもしれない。
 そばにいる、大切な人を理解しようと必死で、周りに目を向ける余裕がないだけなのかもしれない。

 もしそうなら、俺は咲良のなにを理解した気になっていたのだろう。
 咲良の問いに答える声は無い。神楽の気づきにかける声は無い。

 ☆  ★  ☆

 結界内に入りベッドに少年を寝かせてからも、二人の間に言葉が通うことは無かった。
 喧嘩と言うには交わした本音は一方的で、謝るにはどちらも悪くない。しかしいつも通り接するには重たい空気。
 神楽は黙って夕飯の仕込みをしているし、咲良は自分で作ったココアを眉をしかめながらちびちびと飲んでいる。
 今までこんな空気になったことが無くて神楽も咲良も戸惑いどうすればいいのかわからない。
 そんな沈黙を破ったのは少年が目を覚ます声だった。

「ん……。あ……れ」
「やーっと起きましたね」
「ああ」

 ぼんやりと周りを見渡していた少年は、しだいに意識がはっきりしてきたのか呆然と両の手を見つめた。

「痛く、ない? ……あ、僕、死ん、死んだ」
「死んでないぞ。お前は生きている」
「死にそうになってはいましたけどね!」
「生き、てる? 何で……。痛くない……?」

 混乱する少年は思い出すにつれ体が震え始め、顔は徐々に青くなっていった。
 生きながら喰われたのだ。仕方のない反応だろう。

「あ、ああ。魔獣が、魔獣が来る。食べられる。嫌だっ。嫌だっ。死にたくない!」
「落ち着け。ここには魔獣は来ない。誰もお前を傷つけたりしない。大丈夫だ」

 嫌だ嫌だと錯乱する少年を抱きしめた。

「大丈夫。お前を傷つけるものはここにいない」

 背中をポンポンとあやすように叩く。次第に少年の混乱は収まってきたようだった。

「落ち着いたか?」
「……うん」
「名前は言えるか?」
「……瑠伽。彩御さいご瑠伽るか。だよ」

 ぽつりと自分の名前を言った瑠伽は、不思議そうに首をかしげていた。

「どうかしたか?」
「痛いの、無い」

 心底不思議そうに言う瑠伽は痛いのが当たり前だったと言わんばかりでで神楽は顔を曇らせる。
 瑠伽に悟られないように、座っている咲良を指で示した。咲良は神楽を一瞥して知らんふりをする。

「あのお姉ちゃんが治してくれたからな」
「お姉ちゃん?」
「ほら、そこに座ってる白髪のお姉ちゃんだ」
「今白髪って言いました? ねえ神楽」

 信じられない、と言ったように神楽の方を向く咲良はジト目で神楽を睨む。今度は神楽が知らんふりをした。

「……あり、がと?」
「……ええ、どういたしまして~。咲良様に感謝しするといいですよ」
「ん、ありがと。咲良様」
「…………神楽、私子供苦手なんですけど~」
「お前も子供の年齢だろう。俺は昼食を作るからその間相手してやれ」

 無邪気に様呼びされて微妙な顔をした咲良が控えめに神楽に助けを求める、その様子が何だかおかしくてつい吹き出した。自分で咲良様と言う割に本当にそう呼んでくる人間はいなかったらしい。

「料理しながら色々できるの知ってるんですからね! 神楽まだ怒ってます!?」
「安心しろ、初めから怒ってはいない」
「悲しいのも無しです~」
「それはお前しだいだな」
「自分のご機嫌は自分でとってください」
「それをお前が言うのか?」
「何か問題あります?」

 真顔で聞かないでほしい。機嫌が悪くなると何か作らせるだろう。

「まあ、とにかく遊んでやれ」
「神楽が意地悪します!」
「よし絶対助け船は出さない」
「あー!」

 心に決めて何時もの通り献立を考える。見た感じあまり食べていないだろうから胃に優しい食べ物がいいだろうか。

「あ、私ホットケーキがいいです」
「昨日食べたのにか!?」
「あれがいいんですー!」

 ほら、やっぱりご機嫌斜めになると何か作らせるじゃないか。
 
 やれやれ、と肩をくすめながらホットケーキの材料を取り出した。それを見て咲良がご満悦な表情を見せる。
 昨日とは違うアレンジをしてやるか。何だかんだ言いつつ、神楽はこの笑顔に弱い。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

拝啓 私のことが大嫌いな旦那様。あなたがほんとうに愛する私の双子の姉との仲を取り持ちますので、もう私とは離縁してください

ぽんた
恋愛
ミカは、夫を心から愛している。しかし、夫はミカを嫌っている。そして、彼のほんとうに愛する人はミカの双子の姉。彼女は、夫のしあわせを願っている。それゆえ、彼女は誓う。夫に離縁してもらい、夫がほんとうに愛している双子の姉と結婚してしあわせになってもらいたい、と。そして、ついにその機会がやってきた。 ※ハッピーエンド確約。タイトル通りです。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...