14 / 26
過去
しおりを挟む ただただショックだった。
現れてくれるなと思っていたリアスが来た。
それだけでなく、彼が謎の女性と密会しているという事実を、この目で見る日が来てしまったことが。
ここからは彼らの横顔しか見えないが、一瞬だけ見えた女性は異国情緒溢れる妖艶な雰囲気を纏った人物のようだった。
きっと、あの見た目だけで男性を陥落させるなど、彼女にとっては容易いことだろうと想像させるほどの余裕も感じる。
見間違いであることを祈って、もう一度彼らを一瞥する。だが、視界に映るのは間違いなく、愛する夫と少しあどけなさ残るエキゾチックな面立ちの美女の姿だった。
――まさか彼女と会うために、ここに来ていたの?
何を話しているかははっきりと聞こえないが、後方から時折女性の楽しそうな笑い声が聞こえる。
そのたびに、この女性はきっとリアスに好意を持っているのだと思い知らされた。
眉目秀麗、高身長、細身ながら鍛え抜かれた精悍な身体を持つリアスは、声も良いうえ賢さまで兼ね備えている。
しかも、彼のまさに黄金比と言えるほど、左右対称の完璧な顔の左目の下には、人間味を感じる小さな可愛いほくろがあるんだから、ほっとけない気持ちも分かる。
それでいて、優しくて健気なうえに真面目だから好きになっちゃうわよね……分かるわ。
――どうしたらいいの……?
あまりのショックに自分が何を考えているのかもよく分からなくなり、ユアンさんの顔を見る。
刹那、ある言葉が脳内でリフレインした。
『ああ、あのときはエリーゼ様への片想いで、恋煩っていたんです。まさに、今のような感じでしたよ』
――まさか、リアスの不調は恋煩い……?
新しく好きな人が出来たから、最近おかしかったのだろうか。そう考えると何だか辻褄があってしまうことに、とても嫌な気持ちが込上げる。
でも、でも……もしかしたら仕事の話をしているだけかもしれない。だって、彼は決して不倫なんてするような人ではないもの。
仮にほかに好きな人ができたとしても、絶対に私との関係を精算してから関係を持つ。
私の知るラディリアス・ヴィルナーとは、そういう男なのだ。
そう思った矢先、彼らの会話の一部が明瞭に耳に入ってきた。
「そんなに好きになって大丈夫? ふふっ」
「本能だから仕方ない……。好きなんて言葉じゃ足りないくらい愛してるよ」
ポタリっ……。
固く握り締めた手の甲に水滴が落ちる感覚がした。
ゆるゆると震える拳を広げ、そっと頬に触れる。すると、氷のように冷たくなった指先が涙で濡れた。
「エリーゼ様」
決して周囲には聞こえない、細心の注意を払ったユアンさんの声が耳に届く。
ハッとユアンさんに集中すると、青筋を立て、見たこともないほど怖い顔をした彼が口を開いた。
「あなた次第です。乗り込みますか? もしそうでしたら、私は全力であなたの味方になりましょう」
さあ、どうする――そんな視線でユアンさんが見つめる中、私は力なく首を横に振った。
「突入しません。もしするにしても、もう少し状況証拠を集める必要があるわ。それに……場所が悪すぎよ」
どれだけショックであろうと、感情任せに今すぐ勢いで突入しても、ろくな事にならないということだけは理解できる。
悪いことはあれど、良いことなど何も無いのだ。
すると、そんな私の意図が伝わったのだろう。
依然としていつもの色気など台無しなほど厳しい顔つきのままではあるが、ユアンさんは少し冷静さを取り戻した。
「確かにその通りです。すみません、少々頭に血が上っておりました」
「……」
大丈夫だとでも言ってあげた方が良いのは分かっている。だが、そんな声掛けをするほどの余裕は、今の私にはなかった。
「っ……! 二人が席を立ちました」
神妙な面持ちのユアンさんが、囁き声で報告してきた。
「一緒にですか?」
「はい。ただ……」
ユアンさんの返事と重なるように、カランカランと店の扉のベルが鳴る。きっと二人が出て行った音だろう。
私はユアンさんの返事を聞く前に、思い切って二人の動向を追うべく背後に振り返った。
すると、一部ガラス張りになった店内に置いてある観葉植物の隙間から、別れる二人の姿が見えた。
「どうやらここで解散みたいですね」
恐ろしいほどに冷静なユアンさんの声が耳に届く。その声を聞き、私は彼の方へと振り返った。
「っ……」
振り返った私の顔が、きっと酷く情けないものだったのだろう。ユアンさんは私の顔を見るなり、痛ましげに表情を歪めた。
「エリーゼ様、今日は戻りましょう。私はあの女をつけますので、母と一緒に先にお帰りください」
「ええ……お願いします」
何とか彼の言葉に返事をした私は、ユアンさんとともに店を出ることになった。
幸い女性は、喫茶の目の前の建物に入っていった。
そのため、ユアンさんは女性を見失うこと無く、私をメリダさんが待つ馬車まで送ってくれた。
「奥様、まさかっ……」
馬車で待機していたメリダさんは、きっと店から出てきたリアスと女性を見たことだろう。
そして今、私とユアンさんの表情とその情報を照らし合わせ何かを察したのか、いつも温和なその表情を悲痛に染めた。
彼女は私が馬車に乗り込むと、嘆きながら私の手を包み撫でてくれた。
ただ、女性といるリアスを目の前にしても私にはまだ彼を信じたい気持ちがあった。
だからだろう。
そのメリダさんの優しく慰めるような手の温かみを感じるたび、私の心はひどく痛んだ。
現れてくれるなと思っていたリアスが来た。
それだけでなく、彼が謎の女性と密会しているという事実を、この目で見る日が来てしまったことが。
ここからは彼らの横顔しか見えないが、一瞬だけ見えた女性は異国情緒溢れる妖艶な雰囲気を纏った人物のようだった。
きっと、あの見た目だけで男性を陥落させるなど、彼女にとっては容易いことだろうと想像させるほどの余裕も感じる。
見間違いであることを祈って、もう一度彼らを一瞥する。だが、視界に映るのは間違いなく、愛する夫と少しあどけなさ残るエキゾチックな面立ちの美女の姿だった。
――まさか彼女と会うために、ここに来ていたの?
何を話しているかははっきりと聞こえないが、後方から時折女性の楽しそうな笑い声が聞こえる。
そのたびに、この女性はきっとリアスに好意を持っているのだと思い知らされた。
眉目秀麗、高身長、細身ながら鍛え抜かれた精悍な身体を持つリアスは、声も良いうえ賢さまで兼ね備えている。
しかも、彼のまさに黄金比と言えるほど、左右対称の完璧な顔の左目の下には、人間味を感じる小さな可愛いほくろがあるんだから、ほっとけない気持ちも分かる。
それでいて、優しくて健気なうえに真面目だから好きになっちゃうわよね……分かるわ。
――どうしたらいいの……?
あまりのショックに自分が何を考えているのかもよく分からなくなり、ユアンさんの顔を見る。
刹那、ある言葉が脳内でリフレインした。
『ああ、あのときはエリーゼ様への片想いで、恋煩っていたんです。まさに、今のような感じでしたよ』
――まさか、リアスの不調は恋煩い……?
新しく好きな人が出来たから、最近おかしかったのだろうか。そう考えると何だか辻褄があってしまうことに、とても嫌な気持ちが込上げる。
でも、でも……もしかしたら仕事の話をしているだけかもしれない。だって、彼は決して不倫なんてするような人ではないもの。
仮にほかに好きな人ができたとしても、絶対に私との関係を精算してから関係を持つ。
私の知るラディリアス・ヴィルナーとは、そういう男なのだ。
そう思った矢先、彼らの会話の一部が明瞭に耳に入ってきた。
「そんなに好きになって大丈夫? ふふっ」
「本能だから仕方ない……。好きなんて言葉じゃ足りないくらい愛してるよ」
ポタリっ……。
固く握り締めた手の甲に水滴が落ちる感覚がした。
ゆるゆると震える拳を広げ、そっと頬に触れる。すると、氷のように冷たくなった指先が涙で濡れた。
「エリーゼ様」
決して周囲には聞こえない、細心の注意を払ったユアンさんの声が耳に届く。
ハッとユアンさんに集中すると、青筋を立て、見たこともないほど怖い顔をした彼が口を開いた。
「あなた次第です。乗り込みますか? もしそうでしたら、私は全力であなたの味方になりましょう」
さあ、どうする――そんな視線でユアンさんが見つめる中、私は力なく首を横に振った。
「突入しません。もしするにしても、もう少し状況証拠を集める必要があるわ。それに……場所が悪すぎよ」
どれだけショックであろうと、感情任せに今すぐ勢いで突入しても、ろくな事にならないということだけは理解できる。
悪いことはあれど、良いことなど何も無いのだ。
すると、そんな私の意図が伝わったのだろう。
依然としていつもの色気など台無しなほど厳しい顔つきのままではあるが、ユアンさんは少し冷静さを取り戻した。
「確かにその通りです。すみません、少々頭に血が上っておりました」
「……」
大丈夫だとでも言ってあげた方が良いのは分かっている。だが、そんな声掛けをするほどの余裕は、今の私にはなかった。
「っ……! 二人が席を立ちました」
神妙な面持ちのユアンさんが、囁き声で報告してきた。
「一緒にですか?」
「はい。ただ……」
ユアンさんの返事と重なるように、カランカランと店の扉のベルが鳴る。きっと二人が出て行った音だろう。
私はユアンさんの返事を聞く前に、思い切って二人の動向を追うべく背後に振り返った。
すると、一部ガラス張りになった店内に置いてある観葉植物の隙間から、別れる二人の姿が見えた。
「どうやらここで解散みたいですね」
恐ろしいほどに冷静なユアンさんの声が耳に届く。その声を聞き、私は彼の方へと振り返った。
「っ……」
振り返った私の顔が、きっと酷く情けないものだったのだろう。ユアンさんは私の顔を見るなり、痛ましげに表情を歪めた。
「エリーゼ様、今日は戻りましょう。私はあの女をつけますので、母と一緒に先にお帰りください」
「ええ……お願いします」
何とか彼の言葉に返事をした私は、ユアンさんとともに店を出ることになった。
幸い女性は、喫茶の目の前の建物に入っていった。
そのため、ユアンさんは女性を見失うこと無く、私をメリダさんが待つ馬車まで送ってくれた。
「奥様、まさかっ……」
馬車で待機していたメリダさんは、きっと店から出てきたリアスと女性を見たことだろう。
そして今、私とユアンさんの表情とその情報を照らし合わせ何かを察したのか、いつも温和なその表情を悲痛に染めた。
彼女は私が馬車に乗り込むと、嘆きながら私の手を包み撫でてくれた。
ただ、女性といるリアスを目の前にしても私にはまだ彼を信じたい気持ちがあった。
だからだろう。
そのメリダさんの優しく慰めるような手の温かみを感じるたび、私の心はひどく痛んだ。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

龍神様の神使
石動なつめ
BL
顔にある花の痣のせいで、忌み子として疎まれて育った雪花は、ある日父から龍神の生贄となるように命じられる。
しかし当の龍神は雪花を喰らおうとせず「うちで働け」と連れ帰ってくれる事となった。
そこで雪花は彼の神使である蛇の妖・立待と出会う。彼から優しく接される内に雪花の心の傷は癒えて行き、お互いにだんだんと惹かれ合うのだが――。
※少々際どいかな、という内容・描写のある話につきましては、タイトルに「*」をつけております。

Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く
小葉石
BL
今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。
10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。
妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…
アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。
※亡国の皇子は華と剣を愛でる、
のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。
際どいシーンは*をつけてます。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる