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笑われる白魔道士と赤くなる黒剣士

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「ほら、泣くな泣くな。 もう大丈夫だからな」

 地面にしゃがみ込んだ大地が涙の止まらない目を手で押さえるとわの背中を優しく撫でる。

「いや、でも気持ちは分かるよ。 俺、自分も泣いてないのが不思議なくらいだ」

「私は魔法使いながら涙ちょちょぎれたわ。 というか、おしっこをこぼさなかったのが奇跡だわ」

 両足を広げて座る小太郎も壁に背中を預けて座る花火も俯きながら話す。 初めてモンスターを倒した喜びなんてなく、ただ感じた恐怖の大きさに衝撃を受けた。

「・・・俺もそれは分かる、ギルドの売店でパンツを売ってた理由が早くも分かっちまったぜ」

 冗談めかす大地の言葉に目元を隠したままのとわが小さく吹き出す。

「おっ、笑ったな。 もっと笑え笑え」

 とわの背中を撫でていた大地の手が脇腹をくすぐる形に移行する、やー、と身をよじる姿に笑顔を向けてから「しかし」と真面目な顔で小太郎を見る。

「よくあのタイミングで動けたよ、小太郎さん。 本当に凄いと思うぜ」

 褒められた小太郎はキョトンとしてから破顔する。

「本当になー、自分が一番凄いって驚いてるんだよ。 身体が勝手に動くとかこの事かーってなってる。 とわ君が凄い綺麗に転んだのが視界の端っこで見えててさ、あっと思ったらもう斬ってたみたいな感じでさ」

 首を傾げながら笑う小太郎に「おー!」と大地が手を叩く。

「うー、小太郎さん、ありがとうございます。 小太郎さんが助けてくれなかったら僕、僕・・・」

「わー!! 思い出して泣くなよ!!」

「ははは、でも逆に自分もとわ君に助けられたのかもしれない、あそこでとわ君が転んでくれなかったら自分は動けなかった気がするんだ。 本当にとわ君の転び方が綺麗でさ、こう伸びた両腕とかさ、スローモーションで脳裏に焼き付いてる」

 恐怖が一周回っておかしさに変わってきたのか「くくく」と小太郎の笑いが止まらない。

「私だってビックリしたのよ! とわが私の前を一生懸命走ってるのに凄く遅くて、あれっ? って思ってる内に追い越しちゃってそしたら悲鳴が聞こえて、後ろを見たらとわは転んでるし小太郎さんはゴブリン斬ってるし、まだゴブリンはいるし、凄い怖かったんだから!」

「いやいや、花火も凄かったからな! 本当に凄くて俺も魔法職にすればよかったって思ったぜ!」

「ふふん、そうでしょ。 でもね、今思い出すと必死に走ってるのにどんどん後ろに行くとわ君がベルトコンベアで運ばれてるみたいで、あはは、もうダメ!」

 手で口を隠しながら大笑いする花火につられて大地と小太郎も腹を抱えて笑いだす。

「そうなんだよな、あれ? とわ? とわ!? ってどんどん近付いてくるんだぜ、また遅いのに走るフォームは綺麗なのがさ!」

「本当それ、とわ君!? って思ってる内にどしんって転ぶんだよ!! 今思うとあれを笑わなかった自分を褒めたい!! あー動画撮りたかった!」

 最終的には笑いすぎて地面を転がる三人にとわは顔を真っ赤にして唇を力なく震わせた。




「あーあ、すっかり拗ねちゃって」

 花火の斜め後ろを歩くとわはローブのフードを深く被ってそっぽを向く。

「そうやってると女の子みたいよ、とわは華奢だから」

「えっ、本当に?」

「ホントホント」

 とわと花火のやりとりに前からも「ホントホント」と同意の言葉が飛んでくる。

「・・・」

 なで肩気味の肩を更に下げながらとわはフードを外した。

 再び歩き始めた4人の隊列は少し変わって、先頭を大地が一人で歩き小太郎・花火・とわと続く。

 次は俺が戦う! と大地が手を上げたからだ。

 そして現れる新たなゴブリン、今回は二匹。

「行く!」

 短く宣言して走り出す大地、低い体勢で飛び出して一気にトップスピードに、そして跳んだ。

「セァッ!」

 長い跳躍距離からお手本の様な跳び蹴りがゴブリンに突き刺さって吹っ飛ばす、跳んで落ちてゴブリンが地面を滑る。
 相方を吹っ飛ばされたゴブリンの目が大地の動きに追い付いたのは着地した大地の放つ回し蹴りがゴブリンの頭を打ち抜く寸前だった。

 回し蹴りからの連続攻撃で呆気なく消えるゴブリン、跳び蹴りを食らったゴブリンも既に消えた後「うしっ!」大地の小さいガッツポーズには大きな喜びが込められていた。

 小太郎は拍手をしながら大地をねぎらう。

「お疲れ様。 こんなに簡単に倒されちゃうとさっきのは何だったんだろうってなるね」

「・・・あれは黒歴史だな。 ただ、やっぱり落ち着いて戦えば貰ったステータスで楽に勝てるな・・・ん?」

 勝利を喜んでいるとそれぞれの端末、ステータスブックからピコンと音がした。

「わっ、レベルが2になってるよ!」

 自分のステータスブックを手にして喜びの声を上げるのは花火。

「本当だ、4人でゴブリン5匹倒してレベルアップか」

「私魔力の成長率がAなんだけど、レベルアップでステータスが15も上がるんだ」

「やっぱり花火は魔力重視なんだな、俺はバランス重視だから最高でも成長率Bなんだよな」

「自分もバランス重視だけど、筋力はAにした。 専用スキルよりステータスに重点を置いたからな」

「その辺は考え方次第だよな。 スキルを取るかステータスを取るか。 俺はスキルに夢を詰め込んだけどな」

 誇らしげに胸を張り親指で自分を指す大地、「それは楽しみだ」と小太郎は笑う。

「僕、ステータスの成長率一番良くてもCなんだよな」

 ぼそりと呟いたとわの言葉にビクッと花火が動きを止める。

(ステータスが最高でもC? だって専用スキルも戦闘に使えないんでしょ? 私達は選べる能力は平等な筈なのに、とわは何を強化してるの? 見た目? 確かに可愛い整った顔だしスタイルもいいけど・・・ううん、あんまり詮索するべきじゃないな)

 自分がされて嫌な事は人にするべきではない、そう思って花火は頭を振る、揺れるツインテールを見ながらとわは首を傾げた。

「さて、そろそろペースを上げようか。 自分的にはみんなで行動するうちに10階のボスは見ておきたいんだ」

「そうだな。 俺もスキルを使うならボスかなって思うし早く試したい」

「大地もか、自分のスキルも試したいけどゴブリンにはオーバーキルでな」

 早く自分の専用スキルを使ってみたいとワクワクする大地と小太郎の足は自然と早まり4人はダンジョンを進んでいく。





「ん、おかえり」

「何、あなたずっとそこに座っていたの?」

 仮の住居の共同スペースのテーブルに居座る桃色髪の美少女かんなを黒髪の少女が細めた目で呆れた様に見る。

「ちゃんと、出かけてきたよ。 大通りに屋台が並んでたから牛串みたいのを食べてきた」

「そう・・・」

 話す事もないとそのまま自室に戻ろうとする黒髪の少女に割烹着姿で丸トレーを手にした四鬼が声をかける。

「おかえりなさい朝子さん、何か飲みます?」

「・・・あるならコーヒー牛乳お願い」

 聞かれた朝子は桃色少女の前にあるコーヒーカップを確認してから飲み物を頼む。

「ありますよ、座っててください。 何か軽い食べ物も用意出来ますよ?」

「クリームパン」

「ありますよ」

 自分の好物がこの世界にもある事にニヤリとしながら朝子はかんなの斜め向かいの椅子を引いて座る。

「朝子さんって言うんだ。 私は結城かんな、一応よろしく」

 ひらひらと手を振るかんなに冷たい視線を向ける朝子。

「そうね。 一応よろしく」

「朝子さんどこ行ってたの?」

「・・・ダンジョンよ」

 朝子の前にグラスに入ったコーヒー牛乳と皿に乗ったクリームパンが置かれる「ありがとう」軽く頭を下げて礼を言った。

 目の前にあるクリームパンはよく見る平べったいものではなくロールパン型だった、初見のクリームパンに対する期待でソワソワした気持ちでかじる。

「ダンジョンか一人で行ったの? どうだった?」

「なかなか・・・いいわね。」

「ん?」

「クリームパンの話」

 かなり好みの味だったのか優しい雰囲気でニヤリとする朝子にかんなは「そ、そう」と気圧されながらも一気に攻めてきた可愛さにドキドキと胸が意識せずに高なる。

「・・・ダンジョンは、そうね。 面白かったわ、いい感じに難易度も上がって来たし、今日は10階のボスを倒して止めたけど、もしかしたらその先は少しキツいかもしれないわね」

「ふーん、もうそんなに進んだんだ、ボスってどんなの?」

 何も知らないかんなはあっさりと流すがその話を聞いて驚いたのは四鬼である。

(一人でこの短時間にボスまで倒す!? 不可能ではないけど・・・でも朝子さんの専用スキルは今はただ武器を創り出すだけのハズレスキル、そういえば彼女はかなり戦いなれていたけど)

「ゴブリンっていうの? 緑色の小さいアレの大きいのが鎧兜を付けて刀を持ってたわ」

「へー、ゴブリンいたんだ。 大きいのはゴブリンキングってヤツなのかな」

「・・・キングというよりは将軍といった感じね」

 ゴブリン談義を始める二人をよそに四鬼は口に指を当ててぶつぶつと一人考える。

(彼女も・・・もしかして現生異端保持者? ここで戦った時はそんな様子はなかったけど、調べてみたら方がいいかも)

「あなたも行ってみればいいわ。 楽しめるから」

 綺麗な流し目からの誘う様な言葉にかんなはボンヤリとしながら視線を外す。

「・・・私はいい。 戦うつもりないから」

「そう、あなたの好きにすればいいけど。 だけどきっとこの世界では戦わなくてはいけなくなる、勘だけどね」

「やめてくれよ、真っ黒系美少女の勘とか、当たりそうじゃない」

 かんなは小さく笑って力なく息を吐く。

「人がどんなに努力しても勝てない奴はいるんだよ、努力なんてしてないし勝ちたいとも思ってないのに、勝ち続ける奴が。 なにもかも捩じ伏せてさ、そういうのって虚しいじゃん」

 その言葉に朝子は真っ直ぐにかんなを見つめ、嬉しそうに笑った。

「そういうのもあるわよね。 私がその捩じ伏せる側だから、うん、確かにあるわ」

 考えもしない言葉をあまりにも真っ直ぐに言われてしまって、呆然とかんなは停止する。

「私は誰にも負けないから。 あなたもいつでも捩じ伏せてあげるわ」

 確たる自信を持って宣言するその姿はあまりにも眩しくて、かんなが今まで見てきた何よりも美しくて。

「それはいいね。 そうだといいな」

 かんなは目元を手で隠しながら口元を笑わせる。

「ハハハ、本当にそうだったら、その時は結婚してほしいぜ」

「・・・嫌よ! あなた、鏡を見て言いなさい!」

 常に隙のない表情の朝子も、突然のプロポーズには顔を真っ赤に年相応の少女として声を上げた。
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