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番外 新たな神殿編
心配の深さ
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アンディは部屋の中を意味もなく彷徨く主人を既に長時間見守っていた。
「とりあえず、一度お掛けになってはいかがですか?」
何度目かになる提案は、フィリップによって即座に否定される。
「こんな時間までカテリーナが戻らないなんて、おかしいと思わないか?」
先程までは考え過ぎだと彼を窘めて居たアンディも、今は表情を曇らせた。
今日、カテリーナは今後の神殿の方針について大切な話し合いがあるのだと言っていた。
だから、アンディも最初は話し合いが長引いているのだろうと思ったし、フィリップにもそう言い聞かせていた。
だが、そうやって主人に落ち着く様に言い聞かせているうちに日もとっぷり暮れて、辺りはすっかり真っ暗になってしまった。
既に過保護なフィリップで無くとも、カテリーナに何かあったのでは…と心配する様な時間なのだ。
「やはり神殿に向かう!」
「お待ち下さい。入れ違いになってしまう可能性もあります。まず、こちらから遣いを送りましょう。」
フィリップが身一つで飛び出して行こうとするので、アンディは慌てて止めた。
そもそも皇太子が城外へ出るとなればそれなりの護衛が必要になる。
アンディの主人は気楽にあちこちへ行ける身分ではないのだ。
もちろん、そんなアンディの制止で大人しく止まる様な相手でも無いので、身を挺して引き留めていると、トントンと扉のノック音が聞こえた。
やっとカテリーナが戻ったのかと、二人揃って扉を見たが、聞こえて来たのはフィリップの護衛についている近衛騎士の野太い声だった。
「神殿より伝令です。カテリーナ皇太子妃殿下は本日神殿にご滞在になる為お戻りになられないとの事でございます。」
アンディはさっきまでオロオロとしていたフィリップが、その顔に黒い笑顔を浮かべるのを見た。
「神殿に行くぞ。」
それは、普段優秀な主人のネジがぶっ飛んだという合図だった。
大体、カテリーナが僕の元に戻って来ないなんて事があるはずないのに、そんなマヌケな伝令を持ってよこした神殿も神殿だし、そのまま引き受けた近衛騎士も近衛騎士だ…。
フィリップだって神殿に聖女が寝泊まり出来るスペースがあるのは知っている。
つい最近まで先代の聖女がそこで暮らして居たのだから当然だ。
でも、カテリーナは一度だってそこに泊まった事もなければ、執務に必要な荷物以外は一切持ち込んでも居なかった。
それは彼女が聖女であると同時に、フィリップの妻…皇太子妃としての役目を果たそうとしてくれているからだと理解していたし、それ以上に彼女も自分と1日たりとも離れたくないのだと信じていた。
万が一にも、カテリーナが自分の意思で神殿に泊まると言っているなら、今度こそ彼女を二度と取れない鎖に繋ぎ、部屋に閉じ込めてしまいそうだ…。
いや、きっとそうしてしまうであろう自分が怖くさえある。
フィリップは苛立ちから思わず出てしまった貧乏ゆすりが、今や馬車の底板を踏み抜きそうな勢いになっている事に気付いた。
「カテリーナに万が一の事があれば、今度は再起不能な程に崩壊させてやる…。」
「…フィリップ殿下、心の声が漏れ出ておりますよ。」
向かいに座るアンディが一応窘めはするが、見れば彼も硬い表情をしていた。
王城から神殿までは馬車で30分程の距離だ。
たったこれだけの距離をすぐに駆け付ける事も叶わない…こういう時に皇太子と言う身分を煩わしく思う。
馬車が完全に停まり切るのを待たずに、フィリップは乱暴に扉を開けて馬車から降りた。
「皇太子殿下!?何故こちらに…」
「お待ち下さい。今は立ち入りを許された時間ではありません。」
急に王家の馬車が駆け込んで来て、中から皇太子が出て来たとなれば神殿の入口は騒然とした。
神殿は朝から夕方に掛けて教徒達に開かれているが、夜の時間は聖職者以外の出入りが禁じられている。
それは王族と言えど例外ではない。
「うるさいっ!通せっ!」
普段は温和である皇太子が、明らかに怒った状態で神殿に押し入ろうとしているのだから、気付いた司祭達はこの緊急事態に慌てて皇太子を止めに入った。
その騒ぎに、神殿を守る聖騎士達も集まり始める。
「皇太子殿下!?」
フィリップはふいに聞こえた聞き慣れた声に視線をそちらに向けた。
そこには突然のフィリップの登場に驚いているロイが立っていた。
何故、カテリーナの護衛が彼女から離れてここに居るのか…。
「ウェールズ!カテリーナは何処だ?聖女の部屋へ案内しろっ!」
やっと話の通じそうな奴が居た…。
フィリップは顔見知りの登場に声を張れば、ロイは集まった人々に自分に任せる様に言いながらフィリップに近付いて来た。
「皇太子殿下、どうされたのですか?聖女様なら本日は戻られないとお伝えしたはずですが…。」
ロイの表情には困惑が浮かんでいる。
「そんな話を聞きに来た訳ではない。カテリーナに会わせろ。…聖女の部屋はどこだ?」
案内しないなら自分で探すとばかりのフィリップの勢いに、ロイは困った様な表情で言った。
「聖女様でしたらお部屋にはいらっしゃいません。今は大司教室でお休みになられています。」
フィリップはあまりにも予想外の事態に、目の前が真っ白になった気がした。
「とりあえず、一度お掛けになってはいかがですか?」
何度目かになる提案は、フィリップによって即座に否定される。
「こんな時間までカテリーナが戻らないなんて、おかしいと思わないか?」
先程までは考え過ぎだと彼を窘めて居たアンディも、今は表情を曇らせた。
今日、カテリーナは今後の神殿の方針について大切な話し合いがあるのだと言っていた。
だから、アンディも最初は話し合いが長引いているのだろうと思ったし、フィリップにもそう言い聞かせていた。
だが、そうやって主人に落ち着く様に言い聞かせているうちに日もとっぷり暮れて、辺りはすっかり真っ暗になってしまった。
既に過保護なフィリップで無くとも、カテリーナに何かあったのでは…と心配する様な時間なのだ。
「やはり神殿に向かう!」
「お待ち下さい。入れ違いになってしまう可能性もあります。まず、こちらから遣いを送りましょう。」
フィリップが身一つで飛び出して行こうとするので、アンディは慌てて止めた。
そもそも皇太子が城外へ出るとなればそれなりの護衛が必要になる。
アンディの主人は気楽にあちこちへ行ける身分ではないのだ。
もちろん、そんなアンディの制止で大人しく止まる様な相手でも無いので、身を挺して引き留めていると、トントンと扉のノック音が聞こえた。
やっとカテリーナが戻ったのかと、二人揃って扉を見たが、聞こえて来たのはフィリップの護衛についている近衛騎士の野太い声だった。
「神殿より伝令です。カテリーナ皇太子妃殿下は本日神殿にご滞在になる為お戻りになられないとの事でございます。」
アンディはさっきまでオロオロとしていたフィリップが、その顔に黒い笑顔を浮かべるのを見た。
「神殿に行くぞ。」
それは、普段優秀な主人のネジがぶっ飛んだという合図だった。
大体、カテリーナが僕の元に戻って来ないなんて事があるはずないのに、そんなマヌケな伝令を持ってよこした神殿も神殿だし、そのまま引き受けた近衛騎士も近衛騎士だ…。
フィリップだって神殿に聖女が寝泊まり出来るスペースがあるのは知っている。
つい最近まで先代の聖女がそこで暮らして居たのだから当然だ。
でも、カテリーナは一度だってそこに泊まった事もなければ、執務に必要な荷物以外は一切持ち込んでも居なかった。
それは彼女が聖女であると同時に、フィリップの妻…皇太子妃としての役目を果たそうとしてくれているからだと理解していたし、それ以上に彼女も自分と1日たりとも離れたくないのだと信じていた。
万が一にも、カテリーナが自分の意思で神殿に泊まると言っているなら、今度こそ彼女を二度と取れない鎖に繋ぎ、部屋に閉じ込めてしまいそうだ…。
いや、きっとそうしてしまうであろう自分が怖くさえある。
フィリップは苛立ちから思わず出てしまった貧乏ゆすりが、今や馬車の底板を踏み抜きそうな勢いになっている事に気付いた。
「カテリーナに万が一の事があれば、今度は再起不能な程に崩壊させてやる…。」
「…フィリップ殿下、心の声が漏れ出ておりますよ。」
向かいに座るアンディが一応窘めはするが、見れば彼も硬い表情をしていた。
王城から神殿までは馬車で30分程の距離だ。
たったこれだけの距離をすぐに駆け付ける事も叶わない…こういう時に皇太子と言う身分を煩わしく思う。
馬車が完全に停まり切るのを待たずに、フィリップは乱暴に扉を開けて馬車から降りた。
「皇太子殿下!?何故こちらに…」
「お待ち下さい。今は立ち入りを許された時間ではありません。」
急に王家の馬車が駆け込んで来て、中から皇太子が出て来たとなれば神殿の入口は騒然とした。
神殿は朝から夕方に掛けて教徒達に開かれているが、夜の時間は聖職者以外の出入りが禁じられている。
それは王族と言えど例外ではない。
「うるさいっ!通せっ!」
普段は温和である皇太子が、明らかに怒った状態で神殿に押し入ろうとしているのだから、気付いた司祭達はこの緊急事態に慌てて皇太子を止めに入った。
その騒ぎに、神殿を守る聖騎士達も集まり始める。
「皇太子殿下!?」
フィリップはふいに聞こえた聞き慣れた声に視線をそちらに向けた。
そこには突然のフィリップの登場に驚いているロイが立っていた。
何故、カテリーナの護衛が彼女から離れてここに居るのか…。
「ウェールズ!カテリーナは何処だ?聖女の部屋へ案内しろっ!」
やっと話の通じそうな奴が居た…。
フィリップは顔見知りの登場に声を張れば、ロイは集まった人々に自分に任せる様に言いながらフィリップに近付いて来た。
「皇太子殿下、どうされたのですか?聖女様なら本日は戻られないとお伝えしたはずですが…。」
ロイの表情には困惑が浮かんでいる。
「そんな話を聞きに来た訳ではない。カテリーナに会わせろ。…聖女の部屋はどこだ?」
案内しないなら自分で探すとばかりのフィリップの勢いに、ロイは困った様な表情で言った。
「聖女様でしたらお部屋にはいらっしゃいません。今は大司教室でお休みになられています。」
フィリップはあまりにも予想外の事態に、目の前が真っ白になった気がした。
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