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唯一の相手

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カテリーナは玉座の間へ向けて、長い廊下を歩いていた。

城の侍女達が手を貸してくれるが、痛めた腰のせいで、確かにフィリップの言った通りまともに歩けない。

先程まではカテリーナを大切に抱えて運んでくれたフィリップも、カテリーナを王城の一室に案内するなり、彼女を残して部屋から出て行ってしまった。

「疲れたよね?しばらくこの部屋で休んで居て。必要な物は侍女達に言い付けて。僕は国王陛下と話さなければならない事があるから。」

「陛下とお話しされるのでしたら、私も一緒に…。」

「いや…今はカテリーナにゆっくり休んで欲しいんだ。また後で迎えに来るから、それまでいい子にしてるんだよ。」

彼の去り際の様子を思い出す。
神殿での出来事をどう思い返しても、フィリップの方が疲れているはずだ。

その点、カテリーナは聖石の前以外では、終始フィリップに抱えられていた身だ。
まぁ…確かに羞恥から来る心のダメージと言う点では痛手を受けたと言っても差し支えない状況だが…。

とにかく、フィリップが休めと言い張るなら、そうするしかないカテリーナは、侍女達が部屋に用意してくれた食事を一人で食べ、軽装に着替えると、部屋に備え付けられたベッドで一人横になって時間を潰した。

それは丁度、前夜の行為が激しかった時の貴族婦人の正しい過ごし方であるが、カテリーナはそんな事知る由もない。

そして太陽がしっかりと沈んだ頃、お呼びが掛かったのだ。

「カテリーナ聖女様、国王陛下がお呼びです。」

そして、身支度を整えたカテリーナは自由にならない身体を引き摺るように玉座の間へ向かっていた。

国王陛下は今回の事をどの様に受け止めていらっしゃるのかしら…?

国王陛下とは幼い頃から何度も会ったことがあるし、その度に甘やかして貰ったと記憶している。

でも、今回の騒動に、大切な後継者であるフィリップを巻き込んだのは、他でもないカテリーナだった。

もし陛下がお怒りだったら…。

カテリーナはそう考えて、青くなった。

神殿との話し合いは、全てフィリップの思う通りに進んだのだろう。

だからこそ、カテリーナは神殿に閉じ込められる事なく、今ここに居る。

でも、フィリップとの婚姻は別の話だ。

二人の婚約は、王家とラングフォード公爵家が決めた事なのだ。
国王陛下の一言で白紙に戻る可能性も否めない。

その事に思い至って、カテリーナの足取りは一層重たくなる。

迎えに来ると言っていたフィリップが、部屋に現れず、侍女達と玉座の間に向かっているこの現状が全てを物語っている気がするのだ。


「カテリーナ ラングフォード聖女、ご入室です。」

城の従者長の声が聞こえ、中から扉が押し開かれた。

カテリーナは国王陛下がどんな表情をしてるのか確認したい衝動に駆られるが、許しなく陛下のお顔を見るのは不敬に当たる。

鈍い腰の痛みに耐えてカーテシーを取るが、普段の彼女の優雅なそれに比べると、ぎこちない物だった。

「カテリーナ、無理はしなくていい。事情は…その…わかっている。顔を上げておくれ。」

頭上から降り注ぐ陛下のお声は、カテリーナが想像していた物よりも随分と優しい。

カテリーナはゆっくりと頭を上げた。
玉座の間には国王陛下、王妃陛下、そして従者長を始めとする城の使用人が数人いるだけだ。

人間の少なさから、この話し合いがごく内輪の人間だけで行うべき物である事が推測された。

カテリーナは国王陛下、王妃陛下に失礼の無い程度に視線を室内に走らせると、そこにはロープでグルグルと縛られたフィリップが不貞腐れたように座り込んでいる。

「フィリップ殿下!?」

その光景に、思わず驚きの声が漏れる。

「あぁ、そこに居る愚息の事は気にしないでくれ。どうしても見届けたいと聞かないので、ここに残る事を許可したが、一切の口出しは許していないからな。」

国王陛下が鋭い視線をフィリップに向ける。

やはり…国王陛下はお怒りなんだわ!

「あの…失礼だとは承知ですが、フィリップ殿下は罰を受ける様な事は何一つしていません。」

なのに、ロープで縛り上げるなど…国王陛下は誤解をなさっているのだ。

「こんな目に遭ったのに、まだフィリップを庇ってくれるとは…。はぁ….カテリーナよ、今回は我が愚息が大変失礼な事をした。申し訳無かった。」

国王陛下が突然頭を下げたので、カテリーナがギョッとすると、隣の王妃陛下までそれに倣ったので、カテリーナは大慌てどころの騒ぎではない。

「あ…頭をお上げ下さい!陛下っ!」

「いや、国王である前に、一人の父親として謝罪させて欲しい。今回フィリップのしでかした事は許される事ではない。事情があったとしても、婚姻前のご令嬢を相手に…他にも手段はあったはずだ。」

「あの…私は本当に謝っていただく様な事は…。」

されていないとも言い切れないカテリーナだ。
国王陛下はカテリーナのその歯切れの悪さを見て、言葉を紡いだ。

「もし、カテリーナが望むなら、フィリップにはどの様な罰でも与えよう。婚約を白紙に戻す事はもちろんだし、それこそ廃嫡する事も厭わない考えだ。」

国王陛下は大真面目であるが、彼の提案したそれはカテリーナへの罰だった。

カテリーナは聖女になるよりも、ずっとずっと前から、フィリップが立派に即位し、それを妃として支える事を夢見て、望んでいたのだから。

カテリーナは気付けば、瞳から涙を溢れさせていた。

「嫌です。国王陛下!フィリップ殿下は立派な王位継承者でいらっしゃいます。この国の将来の為にも、殿下の廃嫡など、あってはなりません。出来る事ならば、私も…隣で殿下をお支えしたく思っておりました。ですが、国王陛下が許されないと仰るなら、私がどんな罰でもお受けします。ですから!フィリップ殿下の廃嫡だけは、どうかお許し下さい。」

カテリーナがそう言うと、突然後ろからギュッと温もりに包まれる。

「もう十分でしょう、父上。いくら父上と言えど、僕のカテリーナを泣かせるなんて…許されませんよ。」

カテリーナのすぐ耳元でフィリップの声が聞こえる。
ゆっくりと振り返れば、フィリップもこちらを見てふんわりと微笑んだ。

先程までフィリップが居た場所に視線を向ければ、丁度アンディが小さなナイフを内ポケットに仕舞うところだった。
あれでロープを切ったのだろうか。

「…カテリーナ、今の言葉に偽りはないか?」

国王陛下がフィリップの言葉を無視してカテリーナに問いかけた。

「この清らかな涙を見れば、偽りなどあり得ないとわかるでしょう。僕達は本当に、愛し合っているんです。」

カテリーナを包み込む腕にギューっと力を入れて、フィリップが答える。

「お前には聞いておらん。カテリーナ…どうだ?カテリーナはフィリップの事を…愛しているか?」

質問されたカテリーナは、国王陛下を真っ直ぐに見つめ返した。
その眼差しはとても優しく、愛おしい彼のそれととても良く似ている。

「えぇ、愛しています。フィリップ殿下は、尊敬と信頼に値するお方で…私が唯一愛おしいと思える男性です。」

国王陛下の優しい眼差しを受けたカテリーナは、ただ素直に自分の気持ちを口にした。

「…わかった。では、フィリップとカテリーナの婚姻の成立を今ここに認める。」

国王陛下が穏やかな口調で宣言した。
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