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会場中の視線を集めて、セルジオが入場した。
その横には、婚約者であるソフィアではなく、エリアナ コンプトン侯爵令嬢が妖艶な笑みで付き添っている。

「これは、どういう事だ?」

ソフィアは背後から聞こえた馴染みのある声にゆっくりと視線を向けた。

「お父様…、いつの間にいらしたのですか?」

そこには入場前には遂に会う事が叶わなかった父であるエインズワース公爵が立っていた。

皇族の入場が始まっていたので、名前の読み上げは辞退してひっそりと入場をしたようだ。

「父上、全くもって同意見です。天使の様に可愛いソフィーをほっておいて、あの様な娼婦紛いの女を連れ歩くなど…。」

突然現れて怒りを露わにする父に、トレヴァーが追随した。

「あぁ、この場で打ち捨ててやろうか…。」

公爵の言葉に、ソフィアとその場に居合わせたサイラス、プリシラは顔を青ざめた。

軍部のトップであるエインスワーズ公爵が、皇太子を打ち捨てると言っているのだ。

これは立派なクーデターだった。

「お父様、落ち着いて下さいませ。あぁ、なぜ夜会なのに帯刀しておいでなのですか?」

「エインズワース公爵、兄の非礼はこの通り、私が詫びよう。まずは落ち着いてくれ。」

「サイラス殿下が頭を下げる必要はございません。いい加減、私も我慢の限界ですから。そろそろセルジオ殿下にも自分で蒔いた種は自分で責任を刈り取らなくてはならないとお教えしなくては…と思っていた所ですので。」

エインズワース公爵の剣はすでにその半分程が姿を表している。

夜会での抜刀などご法度だ。

「おっ…お父様!今日は私のデビュタントですよ。折角のパーティーで騒ぎを起こされては…悲しいです。」

ソフィアは最後の手段に出た。
この自他ともに認める親バカな公爵は、ソフィアのお願いにとにかく弱いのだ。

ソフィアがそれはそれは悲しそうに眉を下げると、公爵は抜きかかった剣を素早く鞘に戻した。

「そうだな。私のソフィーの待ちに待ったデビュタントだ!あんな馬鹿皇子を気にするだけ時間の無駄だったな。」

エインズワース公爵の変わり身の早さに、見守っていたサイラスとプリシラはほっと息を吐き、トレヴァーだけは小さく舌打ちをした。

ソフィアは目の前で婚約者が別の女性をエスコートしていると言う出来事にショックを受ける暇も与えられないのだ。

気付けば、皇帝陛下と皇后陛下、寵妃様がそれぞれの座に入場を終わらせており、ファーストダンスの始まる時間となった。

セルジオは当たり前の様に、エスコートするエリアナを伴いダンスホールの中央へ向かった。

「義姉上…。」

サイラスが気遣わしげにソフィアを見た。

「何をなさっているのですか?サイラス殿下も行かれて下さい。お二人の素敵なダンス期待してます。」

これ以上、この優しい弟皇子に心配を掛ける訳にはいかない。
ただでさえ、皇太子への口答えが許されない立場の彼が、セルジオに夜会に出る様にと進言までしてくれたのだ。

その結果、セルジオは他のご令嬢とファーストダンスを踊ろうとしている。

…欠席されるよりはマシな結果だわ。

ソフィアは心の中で自分に言い聞かせた。
これ以上、父や兄を怒らせる訳にも、弟皇子に心配を掛ける訳にもいかない。

セルジオとプリシラは丁寧にエインズワース公爵家の面々に頭を下げると、ダンスホールへと向かった。

程なくして、ワルツが流れ始める。
王宮の夜会は皇子とそのパートナーのファーストダンスで始まる。

「あれを…上手く見える様に踊らせるのは大変だね。」

トレヴァーが苦笑いでソフィアに話し掛けた。

視線の先では、セルジオとエリアナがお世辞にも上手とは言い難いダンスを披露している。

セルジオは自分勝手な動きを繰り返しているし、エリアナはそれに上手く合わせる事が出来ずに表情には焦りも見える。

「えぇ…セルジオ殿下はダンスがお得意では無いので…。」

ソフィアもセルジオと踊った回数は数回だが、公式の場で彼が恥をかく事がない様に…と人一倍練習したので、その腕前はダンス教師をも凌ぐ程だった。

「あの皇太子殿下にお得意な事があるなら教えて欲しいよ。」

トレヴァーは心底呆れ返った様子で言った。

誰かに聞かれては不敬になるのでは…とソフィアがヒヤヒヤしている事などお構いなしだ。

これ以上、トレヴァーに相槌を打っても不敬な発言しか出てこないだろうと踏んだソフィアは、トレヴァーへの返事を曖昧に濁し、ダンスホールへ視線を向けた。

ぎこちないダンスを踊るセルジオ達の横で、サイラスとプリシラが初々しいダンスを披露している。

きっと二人が一緒に踊るのは初めてなのだろう。
でも、お互いを見つめ合い、気遣い合う様に踊る姿が何とも微笑ましい。

例えば、周りが決めた婚約であっても、お互いを気遣い合う事は出来るのだと、目の前の二人が証明しているようで、ソフィアはこの会場に入って一番惨めな気分になるのだった。
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