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7 サイラスside

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ふんわりとボリュームある柔らかいピンク色のドレスの裾を持ち、プリシラは丁寧なお辞儀を披露した。

「サイラス殿下、本日はよろしくお願い致します。」

そう言って向けられた笑顔を見れば、サイラスもなるほど、皆が口々に可憐と言う理由がわかる気がする。

「プリシラ嬢、本日は婚約の発表の場でもあるが、それより貴女にとっては大切なデビュタントだ。楽しく過ごして貰えと嬉しい。」

デビュタントと言う言葉を口にして、サイラスはソフィアの顔を思い浮かべた。

兄上はちゃんと義姉上のエスコートに向かっただろうか。

「お噂に聞く通り、お優しいのですね。素敵なティアラをお贈り頂き、ありがとうございます。」

そう言われて、彼女の頭に視線を向ければ、水色の宝石が輝く美しいティアラがある。

もう少し深い色を選んでいては、ドレスから浮くところだったな…。

サイラスは、ティアラを身に付けたプリシラを見て、初めて自分がこれを誰の為に選んだかを自覚してしまった。

このティアラであれば、彼女ソフィアのシルバーブルーの髪に映えただろう…と、今もそんな失礼極まりない事を考えてしまっているのだ。

「よく似合っている。そこまで似合うと贈り甲斐があるよ。」

心にもない言葉がスラスラと出るのは、兄に対する普段からの特訓の成果だろう。

義姉上は兄上からティアラを受け取ったのだろうか。
いや、一度はエスコートを拒否したくらいだ…。

その望みは薄いだろう。
まぁ、エインズワース公爵が愛娘にティアラを用意していないという事は、万に一つも無いとは思うが。

「サイラス第二皇子殿下、エインズワース公爵家の皆様のご入場が終わりましたので、お支度下さい。」

扉の前から侍従が声を上げた。

「では、参りましょうか。」

手を差し出せば、婚約者となるプリシラがちょこんと手を添えて来た。

手を握る事に特に不快感は覚えない。
これまでの彼女の態度や仕草を見るにしても、婚約者が彼女で良かったと思う。

どうせ、一番好きな人とは絶対に結ばれないのだから、せめて不快感の湧かない相手を妃に迎えたいとは前々から思っていた。

そうだ、夜会が始まれば、義姉上ににダンスの一つでも申し込んでみようか…。
義弟として、それくらいは許されるだろう。

ソフィアのデビュタントにダンスを共に出来るというのは、サイラスにとって、大きな慰めになる気がしていた。


「サイラス第二皇子殿下、プリシラ オリファント公女、ご入場です。」

入場前にプリシラの様子を確認すれば、笑顔で頷き返される。

意外にもこの可憐なご令嬢は度胸も備わっているらしい。

益々悪くはない…。

ゆっくりと会場に入れば、皆の視線がプリシラに集まる。
今夜がサイラスの婚約発表だとは聞かされていても、相手の情報は出回っていなかった。

ザワザワと会場が騒がしいのは、プリシラが意外性のある人材だからだろうか…。

サイラスはそうは思わなかった。
由緒はあるが、力は持たない公爵家。
第二皇子にはうってつけの相手だろう。
そういう意味でも、サイラスはプリシラを悪くないと思っているのだから。

なら、この会場の騒めきは何だ…?

サイラスは素早く視線を走らせ、皆の視界の先に女神を見付けた。 

義姉上…。

遠目であれ、サイラスがソフィアを見間違えるはずがなかった。

自身の美しさを際立たせる極限までシンプルな装いは、デビュタントのベールと相まって、空から降りて来た天女の様だ。

しかし…。
何故、義姉上が私より先に入場を?
兄上との入場であれば、この後のはず…。

よく見れば、ソフィアの手を引くのが彼女の兄であるトレヴァー エインズワース公子だとわかった。

「…、まずはエインズワース公子に挨拶に行こう。」

小声でプリシラに伝えれば、笑顔が返ってくる。

第二皇子として、筆頭公爵家の公子に1番に話し掛ける事は不自然ではないだろう。

「本日はご婚約おめでとうございます、サイラス殿下。」

「オリファント公女も、おめでとうございます。お祝い申し上げます。」

サイラスとプリシラが近付けば、トレヴァーとソフィアが素早く礼を取った。
皇族に対する臣下の礼だ。

ソフィアをエスコートしていたのがセルジオであれば、ソフィアには無用の礼である。

「トレヴァー殿も義姉上も楽になさって下さい。今更その様に改まられては、かえって寂しいです。」

サイラスの言葉を聞くや否や、トレヴァーは姿勢を正した。
その態度に、賢明なトレヴァーにしてはわかりやすく怒っている事がわかる。

理由は明白だ。

「この度は、兄上に失礼があったようで…私の方からも夜会に出席して下さるようお願いしたのですが…お力になれず、申し訳ございません。」

会場に入った時の騒めきは、2人の前に辿り着くまでに大体把握した。

サイラスの婚約者がプリシラである事対する納得。
ソフィアのその優れた容姿に対する感嘆。
そして、皇太子の婚約者でありながらエスコートを受けないソフィアへの嘲笑。

サイラスはソフィアがそんな好奇の視線に晒されて、話の的となっている状況が許せなかった。

「まぁ、サイラス殿下が?それは…私事でご迷惑をお掛け致しました。」

ソフィアがそう言って恐縮するが、トレヴァーからの圧が消える事はない。

「エインズワース公女ですね。プリシラ オリファントと申します。先日は丁寧なお便りをありがとうございました。」

隣でプリシラがそう言った事で、彼女を紹介し忘れていた事を思い出した。

あまりの事に周りが見えなくなっていたようだ。

「いえ、差し出がましくは無かったかと心配しておりました。」

「そんな事はございませんっ!エインズワース公女のお心遣いに感動致しました。」

「心遣い?」

話の内容が全く見えず、サイラスは思わず口を挟んだ。

「えぇ、エインズワース公女が先日お手紙を下さったのです。婚約の内定のお祝いと、今日着るドレスの色をお尋ねになる物でした。」

「ドレスの色を?」

「そうです。その手紙には本日は私の婚約発表であるので、主役に当たる私とドレスの色が被らないように…と事前にご配慮下さったのですよ。」

その話は初耳なのか、トレヴァーも驚いた様な表情をした。

本来であればソフィアは皇太子の婚約者であり、筆頭公爵家の公女だ。
皇后陛下と寵妃様、そしてソフィアの母である公爵夫人を除けば、ソフィアは帝国内で一番地位の高い女性である。

いくら第二皇子の婚約発表と言えど、彼女がプリシラに何かを譲る必要など一切ないのだ。

むしろ、ソフィアがプリシラのドレスが気に入らないと言えば、プリシラは予備のドレスに着替えることも辞さないだろう。

そんな立場にあるソフィアが、プリシラのドレスと被ることがない様にとわざわざ事前に自分から手紙まで送ったとなれば、驚かざるを得ない。

「いえ、本日のオリファント公女の装い、とても素敵ですわ。」

ソフィアは心底嬉しそうだ。

「良ければ、プリシラとお呼び下さい!」

「まぁ、では私の事はソフィアと。これからよろしくお願いしますね、プリシラ様。」

サイラスは目の前で、思い人と婚約者の間に友情が芽生えるのを黙って見ていた。

複雑な気分ではあるが、王宮に嫁ぐ者同士、仲良くなっていて損はないだろう。

その時、やっと和やかに流れ出した夜会の流れを止める声が響いた。

「セルジオ皇太子殿下、エリアナ コンプトン侯爵令嬢、ご入場です。」

先程よりも会場が大きく騒めいた。
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