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皇后陛下の宮にある庭園は、ここ以外では見た事のないような花が沢山咲いており、ソフィアの大好きな場所でもあった。
以前、花について皇后陛下に聞いたところ、皇后陛下のお育ちになった国の花だと教えてもらい幼心に寂しい気持ちになった事をソフィアはよく覚えていた。
「ご無沙汰しております、皇后陛下。本日はお招き頂き、光栄でございます。」
令嬢らしくカーテシーを取れば、皇后陛下は嬉しそうに微笑んだ。
「ソフィア、よく来てくれましたね。さぁ、どうぞ、座って。サイラスはまだ授業が終わらな様だから、先に始めましょう。」
日の光を浴びて、燃え上がる様にキラキラと輝く皇后陛下の髪色は、この国では珍しい赤色で、その美しさは息子であるサイラスにしっかりと引き継がれていた。
隣国の人間である事を象徴するようなこの髪色を、寵妃様は「野蛮な民族の色」と言い、度々、皇后陛下やサイラスをラザフォード帝国に相応しくないと罵る材料にしていたが、皇后陛下はそれを全く気に留める様子を見せなかったし、ソフィアも気高い皇后陛下にピッタリの色だと思っていた。
セルジオの婚約者であるソフィアは、婚姻後は寵妃様が義母上とはなるが、ラザフォード皇室に輿入れをするのだから、皇后陛下も義母上となる…そんな微妙な立ち位置に居た。
もちろん寵妃様から呼び出される事もあったが、皇太子の婚約者なのだからもっと衣服を派手に飾り立てなくてはセルジオの威厳を損なうと叱られたり、皇太子の婚約者なのだからもっと優秀で無くては困ると叱られたり…しまいには、授業をサボったセルジオを注意した件について、女が口を出す事じゃないと叱られたり…。
「女は常に殿方を立てるものよ。貴女はセルジオを引き立てる為のアクセサリーみたいな物なんだから。美しく着飾って、ニコニコしていればそれでいいのよ。」
常々、寵妃様から言われるその言葉は、幼いソフィアに取っては手足に重りを着けられたかの様に彼女を不自由にしていて、ソフィアは寵妃様と過ごす時間はあまり好きでは無かった。
「そう言えば、外国語の教師がソフィアはとても優秀だと…もう3か国語を流暢に扱うと話していたわ。」
美味しい紅茶に舌鼓を打っていたソフィアは、皇后陛下に話し掛けられるとゆっくりカップを戻した。
「そんな…殿下の婚約者として、当たり前の事です。」
「たくさん頑張ったのね。努力して身に付けた力は、いつだって自分を助けてくれるわ。皇太子殿下の婚約者だから…ではなく、自分の為に学びなさい、ソフィア。」
皇后陛下はふんわりと笑う。
それは怒られている訳でも、窘められている訳でもない、けれどソフィアの心に深く残る、そんな言葉だった。
事実、終戦の証として皇后陛下が輿入れをされた当時は、つい先日まで戦争をしてきた敵国の姫である皇后陛下に、多くの臣民が反感の心を抱いていた。
そんな臣民の心を徐々に溶かしたのは、皇后陛下の聡明さだった。
皇后として皇帝陛下を支え、臣民を気遣い、自分を嫌う人達さえも慈愛の心で包み、そして自分が隣国からの捕虜にも近い立場であるという事をよく弁えていた。
寵妃様を中心に、最初は声高に彼女の存在を否定していた者たちも、徐々にその声を弱め、いつしか彼女は皇后陛下として誰もが認める存在になった。
賢く優れた皇后陛下と、我が儘の多い寵妃様。
皇帝陛下の寵愛が無ければ、今この宮に残っているのは皇后陛下だけであったかもしれないと、多くの臣民は思っていた。
そう皇后陛下は正に自分の力で、その地位を確立した方なのだ。
でも…。
その時、セリーナはずっと聞きたかった1つの疑問が心に浮かんだ。
「どうしたの?言ってごらんなさい。」
そんなソフィアの変化など、この皇后陛下にはお見通しである。
「あの…皇帝陛下のご寵愛が全て寵愛様に注がれている事は…お寂しくはないのですか?」
決して、誰も口に出来なかった質問。
それをソフィアが本人に向かって口にしたのは、彼女が幼かった為か…もしくは彼女自身が自分の将来に抱く切羽詰まった様な危機感の為か…。
うーんっと困ったように眉を下げた皇后陛下は、ソフィアの中の必死な様子に、若い日の自分を重ねた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「愛される事…それは、とても尊い事ね。でも、それは誰でも望めば手に入るものではないの。…わかるかしら?」
「…はい。」
「でも、愛する事は違うわ。自分の心一つで決められる事よ。確かに皇帝陛下にとって愛する人は寵愛様なのでしょう。でも、私は陛下を愛する事が出来るし、この国を、臣民達を愛する事が出来るわ。だって、その為にこの国に嫁いで来たんだもの。だから、私がこの国を愛して、少しでも誰かが私を愛してくれたら、それは私にとって…皇后として、とても幸せな事だわ。」
それは正にラザフォード帝国の皇后陛下…正しく国民の母である姿だった。
ソフィアは皇后陛下の笑顔が眩しく見えて、思わず目を細めた。
「ちょっと難し過ぎたかしら?」
皇后陛下が茶目っ気たっぷりにそう言ったので、ソフィアは慌てて首をブンブンと横に振った。
そんな様子が、普段はレディーであるソフィアにしては珍しく幼子の様で、皇后陛下はふふふと笑った。
「でもね、覚えておいて、ソフィア。愛し愛される事…それは本当に尊い事なの。どんな時でも愛される事を諦めてはいけないわ。」
優しく笑う皇后陛下は、目の前に座る幼い少女にゆっくりとそう語った。
まるで、自分自身に言い聞かせるように。
そこに赤髪の少年が慌てた様子で駆け寄って来た。
「母上、義姉上!遅くなりました。…何か、楽しいお話でもされていたのですか?」
「えぇ、ソフィアの将来が楽しみだって話よ。」
皇后陛下は息子に笑顔でそう返すと、彼にも席を進め、3人での和やかな時間を過ごした。
以前、花について皇后陛下に聞いたところ、皇后陛下のお育ちになった国の花だと教えてもらい幼心に寂しい気持ちになった事をソフィアはよく覚えていた。
「ご無沙汰しております、皇后陛下。本日はお招き頂き、光栄でございます。」
令嬢らしくカーテシーを取れば、皇后陛下は嬉しそうに微笑んだ。
「ソフィア、よく来てくれましたね。さぁ、どうぞ、座って。サイラスはまだ授業が終わらな様だから、先に始めましょう。」
日の光を浴びて、燃え上がる様にキラキラと輝く皇后陛下の髪色は、この国では珍しい赤色で、その美しさは息子であるサイラスにしっかりと引き継がれていた。
隣国の人間である事を象徴するようなこの髪色を、寵妃様は「野蛮な民族の色」と言い、度々、皇后陛下やサイラスをラザフォード帝国に相応しくないと罵る材料にしていたが、皇后陛下はそれを全く気に留める様子を見せなかったし、ソフィアも気高い皇后陛下にピッタリの色だと思っていた。
セルジオの婚約者であるソフィアは、婚姻後は寵妃様が義母上とはなるが、ラザフォード皇室に輿入れをするのだから、皇后陛下も義母上となる…そんな微妙な立ち位置に居た。
もちろん寵妃様から呼び出される事もあったが、皇太子の婚約者なのだからもっと衣服を派手に飾り立てなくてはセルジオの威厳を損なうと叱られたり、皇太子の婚約者なのだからもっと優秀で無くては困ると叱られたり…しまいには、授業をサボったセルジオを注意した件について、女が口を出す事じゃないと叱られたり…。
「女は常に殿方を立てるものよ。貴女はセルジオを引き立てる為のアクセサリーみたいな物なんだから。美しく着飾って、ニコニコしていればそれでいいのよ。」
常々、寵妃様から言われるその言葉は、幼いソフィアに取っては手足に重りを着けられたかの様に彼女を不自由にしていて、ソフィアは寵妃様と過ごす時間はあまり好きでは無かった。
「そう言えば、外国語の教師がソフィアはとても優秀だと…もう3か国語を流暢に扱うと話していたわ。」
美味しい紅茶に舌鼓を打っていたソフィアは、皇后陛下に話し掛けられるとゆっくりカップを戻した。
「そんな…殿下の婚約者として、当たり前の事です。」
「たくさん頑張ったのね。努力して身に付けた力は、いつだって自分を助けてくれるわ。皇太子殿下の婚約者だから…ではなく、自分の為に学びなさい、ソフィア。」
皇后陛下はふんわりと笑う。
それは怒られている訳でも、窘められている訳でもない、けれどソフィアの心に深く残る、そんな言葉だった。
事実、終戦の証として皇后陛下が輿入れをされた当時は、つい先日まで戦争をしてきた敵国の姫である皇后陛下に、多くの臣民が反感の心を抱いていた。
そんな臣民の心を徐々に溶かしたのは、皇后陛下の聡明さだった。
皇后として皇帝陛下を支え、臣民を気遣い、自分を嫌う人達さえも慈愛の心で包み、そして自分が隣国からの捕虜にも近い立場であるという事をよく弁えていた。
寵妃様を中心に、最初は声高に彼女の存在を否定していた者たちも、徐々にその声を弱め、いつしか彼女は皇后陛下として誰もが認める存在になった。
賢く優れた皇后陛下と、我が儘の多い寵妃様。
皇帝陛下の寵愛が無ければ、今この宮に残っているのは皇后陛下だけであったかもしれないと、多くの臣民は思っていた。
そう皇后陛下は正に自分の力で、その地位を確立した方なのだ。
でも…。
その時、セリーナはずっと聞きたかった1つの疑問が心に浮かんだ。
「どうしたの?言ってごらんなさい。」
そんなソフィアの変化など、この皇后陛下にはお見通しである。
「あの…皇帝陛下のご寵愛が全て寵愛様に注がれている事は…お寂しくはないのですか?」
決して、誰も口に出来なかった質問。
それをソフィアが本人に向かって口にしたのは、彼女が幼かった為か…もしくは彼女自身が自分の将来に抱く切羽詰まった様な危機感の為か…。
うーんっと困ったように眉を下げた皇后陛下は、ソフィアの中の必死な様子に、若い日の自分を重ねた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「愛される事…それは、とても尊い事ね。でも、それは誰でも望めば手に入るものではないの。…わかるかしら?」
「…はい。」
「でも、愛する事は違うわ。自分の心一つで決められる事よ。確かに皇帝陛下にとって愛する人は寵愛様なのでしょう。でも、私は陛下を愛する事が出来るし、この国を、臣民達を愛する事が出来るわ。だって、その為にこの国に嫁いで来たんだもの。だから、私がこの国を愛して、少しでも誰かが私を愛してくれたら、それは私にとって…皇后として、とても幸せな事だわ。」
それは正にラザフォード帝国の皇后陛下…正しく国民の母である姿だった。
ソフィアは皇后陛下の笑顔が眩しく見えて、思わず目を細めた。
「ちょっと難し過ぎたかしら?」
皇后陛下が茶目っ気たっぷりにそう言ったので、ソフィアは慌てて首をブンブンと横に振った。
そんな様子が、普段はレディーであるソフィアにしては珍しく幼子の様で、皇后陛下はふふふと笑った。
「でもね、覚えておいて、ソフィア。愛し愛される事…それは本当に尊い事なの。どんな時でも愛される事を諦めてはいけないわ。」
優しく笑う皇后陛下は、目の前に座る幼い少女にゆっくりとそう語った。
まるで、自分自身に言い聞かせるように。
そこに赤髪の少年が慌てた様子で駆け寄って来た。
「母上、義姉上!遅くなりました。…何か、楽しいお話でもされていたのですか?」
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皇后陛下は息子に笑顔でそう返すと、彼にも席を進め、3人での和やかな時間を過ごした。
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