上 下
67 / 68
6章 聖女の恋愛編

4 伯爵令嬢は皇子の側近の話し合う

しおりを挟む
「セリーナ様、コーエン様がお越しですが…?」

もう太陽がオレンジ色に染まり、昼間の厚さも和らいだそんな過ごしやすい夕方を何をするともなく過ごしていたセリーナに、ティナが声を掛けた。
こちらの様子を窺うように声を掛けてくるティナ様子に、セリーナはハッと立ち上がった

ティナにまで気を使わせてしまっているのか…。

確かに、一日のほとんどを一緒に過ごすティナであれば、セリーナがリードだけでなく、コーエンも意図的に避けている事はわからないはずがない。

「どうしましょうか…?」
 
セリーナが会いたく無いと言えば、それをコーエンを伝えるのはティナの役割だ。
その心配がありありと表情に出ているところを見れば、普段は忘れてしまいがちなティナの年齢を思い出させ、それはセリーナに少しの余裕を与えるものだった。

「中にお通しして。」

こんな時刻にわざわざ訪ねて来たと言う事は、用事があるのだろう。
それにこれ以上、逃げ隠れするようにコーエンを避けることに、セリーナも言い知れない疲労感を感じていたのだ。


「なんだか、セリーナ嬢とこうして面と向かって話すのは久しぶりな気がしますね。」

応接用のソファーに通されたコーエンはそういうと自虐的とも言える笑みを浮かべた。

ティナでも気付いているのだから、当然コーエン本人も避けていた事に気付いているに決まっている。
あの優秀なコーエンであれば尚更だ。

「申し訳ありません…。」

セリーナは気まずさから思わず視線を下げるが、コーエンがそれを慌てて止めた。

「いえいえ、セリーナ嬢のお気持ちを考えれば、当然の反応でしょう。…今日は、ちゃんとお返事を頂きに来たんです。」

「返事…ですか?」

セリーナが顔を上げると、コーエンが視線を合わせるように優しく微笑んだ。

「えぇ、私がディベル伯爵家に婚約の申し込みをしたい…と言った際、セリーナ嬢は少し考えたいと仰っていました。…そろそろ、答えが出たのではないですか?」

コーエンの言葉にセリーナはハッとした。
その表情と言葉が、答えを既に知っていると…それどころか、セリーナの気持ちまで…リードを思っていると言うことまでわかっていると雄弁に語っていた。

「私…その…申し訳ありません。コーエン様からのお話をお受けする事は出来ません…。本当に申し訳ありません。」

「やめて下さい。セリーナ嬢が謝る事ではありません。謝られては余計惨めになるものですよ。」

コーエンはセリーナの言葉を受け止める様に頷くと、殊更柔らかく微笑んで見せた。

その笑顔はセリーナを更に申し訳ない気持ちにさせたし、自分の弱さからコーエンを避けてきた日々を思えば、尚更だ。

「そんな顔をなさらないで下さい。こう見えて、喜んでいる部分もあるんですよ。家臣として…そして乳母兄弟としては、貴女が殿下を選んで下さった事を誇らしいとも思っているんです。ですから、ご自身の選択に自信を持って下さい。」

「自信と言っても…私には人より優れた点など、占いしかありません。リード殿下は…この国の皇太子で、私は一介の伯爵令嬢に過ぎません。」

セリーナは膝の上の手をぎゅっと強く握った。

「殿下がセリーナ嬢に向ける感情は、一介の伯爵令嬢などと決して思っては居ない事…既にセリーナ嬢もお気付きでしょう。まずは、その気持ちを確かめ合って下さい。他の問題など…全て些細なことなんですから。」

コーエンが諭すように言うので、セリーナは彼の顔をじっと見返した。

全て些細な問題なのだろうか…。
私の身分が伯爵令嬢である事も。
私に皇太子妃など務まらないという事も。
実家であるディベル伯爵家に後継が居なくなるという事も。

私はがリード殿下に好意を持っていて、リード殿下も…仮に私に同じような感情を抱いてくれているとしたら…。

それらは、本当に些細な問題なのだろうか?

コーエンはセリーナの考えを全てお見通しだと言わんばかりに、ニッコリと頷いた。

「僭越ながら、これからリード殿下のスケジュールを確保しています。執務室までエスコートさせていただけますか?」

セリーナは先程からの拭えない疑問たちを頭に残したまま、有無を言わせない笑顔で差し出されたコーエンの手を掴んだのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魅了が解けたあと。

恋愛
国を魔物から救った英雄。 元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。 その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。 あれから何十年___。 仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、 とうとう聖女が病で倒れてしまう。 そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。 彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。 それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・ ※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。 ______________________ 少し回りくどいかも。 でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

【完結】4公爵令嬢は、この世から居なくなる為に、魔女の薬を飲んだ。王子様のキスで目覚めて、本当の愛を与えてもらった。

華蓮
恋愛
王子の婚約者マリアが、浮気をされ、公務だけすることに絶えることができず、魔女に会い、薬をもらって自死する。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...