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4章 事件解決編

4 伯爵令嬢は心を閉ざす

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「セリーナ様、大丈夫ですか?」

マリアーナが心配そうにセリーナを覗き込んだ。

「えっ、ええ、ごめんなさい。少し考え込んでしまっていました。それで…お詫びに訪れて、アーサフィス侯爵令嬢はそれを許したのかしら…?」

「…どうやら、和解したようです。なんでもアーサフィス侯爵令嬢が欲しがっていた有名ペストリーのエクレアを自ら並んで調達してお詫びに行かれたとか….。」

マリアーナは申し訳なさそうに述べた。

「ペストリー・エクランのエクレア…。」

それは数日前にコーエンからだとティナが持って現れた物だった。

とても人気があり、長時間並ばなければ入手困難と言われる代物をどうやって手に入れたのだろう…とは思っていたが、まさかコーエン自ら、しかも他のご令嬢に買う為に並んだ…そのついでに贈られた物だとは夢にも思って居なかった。

もし本当であれば、乙女心をわかっていないどころの話ではない。
完全にセリーナを馬鹿にしている。

「それからはお二人で会われているのが頻繁に目撃されてます。アーサフィス侯爵令嬢がブルーセン子爵令息を見せびらかすように、あちこちへ連れ歩いていると。」

「そう…話にくい事を話してくれてありがとうございます。」

「セリーナ様、私達は何か事情があるのでは無いかと思っています!だって、先日お会いしたブルーセン子爵令息は…それはセリーナ様の事を大切そうに見つめていらっしゃいました。そんなにすぐ、心変わりなど…。」

ドロシーは最後の言葉を断言出来ずにいた。
コーエンが色々なご令嬢方と同時に親交を深めていた事は、噂話の広がりやすい社交会では有名な話なのだ。

「大丈夫です、ドロシー様。私…別に怒っても、悲しんでもおりません。ただ…恋とは難しい物だなぁと思っておりました。身の丈に合わない事はする物ではありませんね。」

ドロシーとマリアーナを心配させない為に発した言葉だったのに、余計に二人の表情が曇ってしまい、セリーナは困り果ててしまう。

でも、怒りも悲しみも湧いてこないのだ。
強いて言えば呆れ…それも、初めて自分に降り注いだ物語の様な甘い話に浮かれていた自分に対する呆れだ。

そこまで考えて、ふとクッキーに向けて伸ばした手を止めた。

つい先日の夜会の時に、コーエンとアーサフィス侯爵令嬢に感じたあの嫉妬心はどこに行ってしまったのだろうか。
セリーナが恋の物語や他のご令嬢方の恋の話を通して知っている嫉妬心というものは、こういう時は激しく燃え上がるものだ。
それこそ、怒りや悲しみで我を失うものではないのか…。

なのに、今のセリーナの胸を占めているこの冷たい感情は何だろう。
考え込んでみても、一向に答えが出る気がしない。

糖分不足に違いないと、急にクッキーをガツガツ食べ始めたセリーナを、マリアーナとドロシーが心配そうに見守っていた。


ラナフィス伯爵邸から戻り、セリーナが部屋で寛いでいると、慌てた様子でティナが駆け込んで来た。

「セリーナ様、コーエン様がいらっしゃってます。」

たった今丁度、考えていた人物が訪ねて来たと聞き、セリーナの胸に苦い思いが広がった。

今更、私に何の話があると言うのかしら…。

でも、普段コーエンの事は確認を取らずに勝手に部屋に通すティナが、わざわざ許可を求めている事が気を遣わせている証拠だ。

ティナを心配させない為にも、普段通り振る舞うのが一番なのだろう。

「通ってもらって。」

そう笑顔で返せば、ティナが心配そうな様子のままコーエンを呼びに行った。
まさか、そのままコーエンの事を威嚇したりはしないだろうか…と自分の事より心配になるセリーナだ。

「セリーナ嬢、突然失礼します。アビントン伯爵領の事でご報告がありますので、リード殿下が執務室でお待ちです。」

姿を見せたコーエンは、普段と変わった様子を見せない優しい笑みで現れた。
その後ろに控えているティナは、コーエンに見えないところで、彼に鋭い視線を送っている。

やはりティナに感情を隠す事は難しい様だ。
普段はあんなに尊敬のこもった瞳でコーエンを見つめているのに、今はこうも分かりやすく敵意を露わにしている。

女官になるとしても、貴族令嬢として生きていくにしても、もう少しその辺りを上手く出来るように彼女に教えてあげなくては…などと、セリーナは現実逃避とも取れる事を考えていた。

「そうですか。では、参りましょう。ティナはここで待っていて。コーエン様も一緒だし…大丈夫だから。」

一人ではないので心配ないという意味と、コーエンと一緒でも平気だという相反した2つの意味を込めた大丈夫にティナは深く頷いて見せた。

「では、参りましょう。」

コーエンが差し出すエスコートの申し出に、セリーナも自ら手を重ねた。

そこに、以前は感じていた胸の高まりが一切感じられない事をセリーナは静かに認めるしか無かった。
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