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3章 疑惑の夜会編

15 伯爵令嬢と公爵令嬢は夜会に向けてめかし込む

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「まぁ、そのドレスも素敵!黄色もよく似合うわね。」

クラリスは既に何着ものドレスに袖を通し、少し疲れた様子のセリーナに満面の笑みで伝えた。

「もう…どれがどう違うのか、わからなくなってきたわ…。クラリスの見立てにお任せしてもいいかしら…?」

「もちろん、任せて!コーエンからも予算は問わないから、とびきり美しく着飾る様にって言われてるの!」

ハフトール公爵邸の一室には、街のブティックを凌ぐほどの数のドレスが取り揃えられ、微調整を施す為にデザイナーやお針子達が待機していた。

公爵家はやはり規模が違う…。

ドレスを見に行こうとクラリスから言われていたセリーナは、てっきり2人で街へ出るのだと思っていたけど、まさかブティックが向こうから見せに来てくれるとは思っても居なかった。
ドレスのブティックだけでなく、宝飾品や小物まで何でも揃っている。

クラリスがセリーナの着ているドレスを指差しながら、デザイナーや侍女達になにやら指示を出しているのを見るに、どうやらこの黄色のドレスをメインにコーディネートをしてくれているらしい。

「微調整をしますので、一度お召し替えを…。」

侍女にそう言われるままにドレスを着替え、お茶菓子の用意されたソファーに沈み込むように座れば、クラリスもその正面にゆったりと腰掛けた。

「もしかして、今日の占いを意識して黄色のドレスを…?」

セリーナは午前中のお茶会の様子を思い返した。

「何か、2人の関係がスムーズにいくおまじないはあるんですか?」

占い結果に流れる気不味い空気を破る様にドロシーがそう言ったのだ。

「そうね…、コーエン様との関係に特化した事じゃないけど、黄色を身に付けると人からの理解を得やすいし…何かが始まるって色でもあるからいいかもしれないわ。」

「お二人の関係はまだ初々しい物だと仰ってましたし、丁度いいですね!じゃあ、その黄色を身に付けて、今よりもっとブルーセン子爵令息を魅力すると言う事ですね!」

「その辺りは私に任せてね。コーエンの好みをバッチリ押さえたコーディネートに仕立てるから。」

そこから、またドロシー嬢の恋の話になり、お茶会は何とか明るい雰囲気で終わっていた。

自分の占いのせいで気不味い雰囲気のまま終わったとなっては、主催者であるクラリスに申し訳ないので、セリーナは気の利くドロシーとマリアーナに心の中で感謝していた。

「もちろんよ!今日は黄色のドレスを美しく纏ったセリーナを見て、あの冷静なコーエンが動揺するところを絶対にこの目で見るんだから!」

そう楽しそうに笑うクラリスの言葉に、セリーナは意識を引き戻された。

その後、クラリスは慣れた様子で手早く自分のドレスを選ぶと、その後2人はしばらくの間、他愛もない話に花を咲かせるのだった。


変なところが無いか何度も確認するセリーナを、クラリスは自信満々と言わんばかりの笑顔で肯定した。

社交界ではご令嬢方の憧れの的である、あのクラリス ハフトール公爵令嬢が満足のいく仕上がりだと言っているのだから、信じないと言う方が失礼だろう。

セリーナ自身も鏡の中に映る自分を再度確認した。
普段は自分でも選ばないようなレースが何重にも重なるドレスは、そのレースの素材のお陰で全く重さを感じさせず、まるで花が開いたかのように、もしくは鳥が羽を広げたかの様に軽やかで美しかった。

ボリュームのあるドレスとは対照的に、オレンジ色の髪の毛はスッキリまとめられ、首元に輝くネックレスがセリーナのデコルテを美しく魅せていた。

昨日のシルバーのドレスが聖女を象徴するような神秘的なものであったとするなら、今日の装いは普通の令嬢のそれで…普通の…と言っても社交界では最先端を行く装いをセリーナに合う様にまとめられたその装いは、彼女が聖女であると同時に、1人のうら若い令嬢だと言う事を皆に思い出させるに十分な物だった。

現にクラリスと一緒に見送りに出て来てくれたアドルフからも、クラリスの存在を知らなければ、うっかり勘違いしてしまうような歯の浮きそうな褒め言葉を貰ったばかりだった。

「きっとコーエンも驚くわ。きっとすぐにポーカーフェイスを気取るだろうから、馬車から降りて来て、セリーナを見付けた瞬間の表情を見逃さないようにしなくちゃ。」

クラリスが何度目かになる決意を表明したタイミングで、1台の馬車がゆっくりと公爵邸のエントランスへ滑り込んで来た。

「あら?」

馬車を見てクラリスが声を上げた様に、セリーナも目の前の状況に軽く首を傾げた。

目の前に停まったのは見慣れた皇室の馬車だ。
コーエンが聖女であるセリーナの為に皇室の馬車を用立てて来たと考える事も出来るが、見慣れたそれは皇族…しかも、皇太子の専用馬車であり、中に乗っているのがリードだと言う事を示していた。

ゆっくり扉が開いて、中からリードが降りて来る。

ハフトール公爵家の人々の目もあるので、セリーナは皇族に対するカーテシーを取り、リードを迎えた。

「皆、楽にしてくれ。」

リードの声にゆっくり顔を上げれば、目が合った途端にリードが驚いたように目を見開いた。

何に驚いているのか…。
驚きたいのはこちらだと言うのに…。
いや、私だけじゃない。皇太子が前触れもなく突然現れるなんて、公爵家の皆さんも慌ててるに決まってるわ!

セリーナはそう思いチラリと後方を確認すれば、全く慌てた様子を見せずに、優雅にお辞儀をする公爵家の使用人の人々が視界に入った。

流石、公爵家…。使用人への教育が徹底されてるのね。

セリーナはそのままクラリスとアドルフに視線を移すと、2人は何故か悪戯が成功したみたいな顔で笑い合っていた。

「あの…コーエン様は?」

リードの後から降りて来るのかと思ったが、一向にその様子がないので、セリーナは恐る恐る尋ねた。

「あ…あぁ、実はコーエンには急ぎの仕事を頼んでしまった。今日は戻るのが難しいかもしれない。」

「そう…でしたか。では、なぜリード殿下はこちらに?」

コーエンに見せる為にドレスアップをしたのだ。
流石にここまで気合を入れているのに、パートナーもなく夜会に出るのは寂しい気がして、セリーナはショボンと肩を落とした。

「コーエンがお前の迎えにと馬車と騎士を手配していたが…騎士では護衛は出来ても、夜会のエスコートは出来ないだろうと思ってな…。コーエンを来させてやれなくて、申し訳なかったな。」

リードがセリーナの方は見ずに、口早にそう伝えた。
どうやら、コーエンの代わりに今日のエスコート役を買って出てくれたようだ。

彼なりにセリーナに対して気を使ってくれたのだろう。

「そうだったんですね。ありがとうございます。」

「わかったなら、さっさと行くぞ。」

リードがそう言い手を差し出すので、セリーナも手を重ねる。
何故かギュッと強く握られた気がしたけど、そもそもリードにエスコートされる事などあまり機会がないから、優しく丁寧なコーエンのエスコートに慣れてしまってそう感じるのだろう。

「まぁリード殿下、お待ちになってください。」

リードが馬車に乗ろうと身を翻したところで、それまで見守っていたクラリスがにっこりと笑いながら声を上げた。

「なんだ、クラリス嬢。」

セリーナは、リードがクラリスを敬称を付けて呼ぶ事に違和感を覚えたが、クラリスの隣に、彼女の腰をグッと引き寄せる様にアドルフが立っているのを見れば、その理由は考えるまでもなかった。

そうか…だから、こんなに急いで…。
そうよね、好きな人クラリス恋人アドルフと一緒にいる姿なんて、見たくないはずよね。

何故か自分まで胸が苦しい気がする。
エスコートの為に重ねた手から、リードの気持ちが伝染したのだろうか。

「コーエンの代わりにセリーナをエスコートするなら、紳士として、ちゃんと、仰らないといけない事があるはずですよ。」

クラリスは人差し指を立てて、それはにこやかに言った。

何の事だか分からず首を傾げるセリーナとは対照的に、リードはなぜか少し耳を赤らめている。

「その…あれだ…。」

何故かこちらに向き直り、ぎこちない様子で話し出したリードに、セリーナの疑問は深まるばかりだ。

「あれ…とは?」

「その…ドレスが良く似合っている。黙ってさえいれば、淑女に見えなくもない。」

早口にそう言ったリードは、耳だけでなく顔まで赤くなっている。

…そりゃそうだ。
好きな人クラリスの前で、私を褒めなくてはいけなくて、それをクラリスとアドルフ殿下に見られるなど、リード殿下にとっては屈辱に違いない。

セリーナは早くこの場を終わらせてあげるのがリードの為だと心得ていた。
だから、敢えて「黙っていれば…」等と条件付きで褒められた事には言及しなかったのだ。

「光栄です。至らない点もあるかと思いますが、本日はよろしくお願い致します。」

何だか自分でも説明のつかない複雑な気持ちでリードに微笑めば、セリーナは先程よりも強く手を握られ、クラリスへの挨拶の暇もなく馬車へと乗せられたのだった。


馬車が走り去った後には、クラリスとアドルフが取り残された。

「ね?だから言ったでしょ?クラリスの元婚約者殿は、もう既に気になる異性がいる様だ…と。」

「あのリード殿下に限って…と半信半疑でしたけど…。」

「でもクラリスも見ただろう?セリーナ聖女を見た時のリード殿の反応を。まるで自覚のない初恋を患った少年のようじゃなかったかい?」

うーん。と少し考え込んだ後に、クラリスも首を縦に振るしか無かった。

「リード殿下の事は幼い頃から知っておりますが、あんな表情は初めて見ましたわ。でもセリーナはコーエンと…。殿下の初恋を喜んで差し上げるべきなのに、複雑な心境だわ…。」

難しそうにシワのよったクラリスの眉間に、アドルフは軽いキスを1つ落とした。

「私は強力な好敵手ライバルが1人減ってくれたようで嬉しいよ。まぁ、そちら方面には2人揃って見るからに不器用そうだけどね。さぁ、私達もそろそろ夜会へ向かおう。今日はずっと側で私の姫をエスコートさせてもらうよ。」

目の前でお嬢様とその婚約者がイチャ付き出しても、全く動じない公爵家の使用人達は、やはり教育が徹底されているのだ。
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