上 下
20 / 68
2章 聖女のお仕事編

4 伯爵令嬢は侍女と共に馬車に揺られる

しおりを挟む
どこから訂正するべきか…。
相変わらず目の前でキラキラとした瞳を向けてくるティナに、セリーナは苦笑いを浮かべた。

ボーランド地区へ向かう一行は馬車2台に、荷馬車が1台、護衛のために騎乗して移動する近衛騎士が2人…皇太子が移動しているとは、誰も信じないであろう質素なものだった。

特に護衛は2人で良いのか…馬車に乗る前に、近衛騎士とリードを交互に見れば、セリーナの様子に気付いたコーエンが説明してくれた。

「ボーランド地区まで行けば、現地の警護担当も居ますし、私もリード殿下も帯剣しているので問題ありません。こう見えても剣の腕には覚えがありますので。何かあっても、必ずセリーナ嬢をお守りします。」

確かにコーエンは文武で言えば、どちらかと文の印象が強いが…って、そうではなくて!

セリーナは脳内で処理出来ずに一度聞き流そうとした話題に触れた。

「私ではなく、リード殿下を守ってあげて…。」

「リード殿下ですか?殿下に掛かれば、私など何の助けにもなりません。その辺の賊程度であれば、何十人襲ってこようとリード殿下お一人で解決してしまいます。…それは賊が可哀想になる程に…。」

腕に覚えがあると自称するコーエンに、そう言わしめるリードの剣の実力とはどの程度の物なのか…。

聞きたい気持ちはあるが、コーエンの何かを思い出すような苦い表情を見て、セリーナは思い留まったのだ。

そんな訳で、皇太子を護衛するはずの近衛騎士が2人、セリーナとティナの乗る馬車の横に付き従っていた。

小窓からリードの護衛はしないのか?と確認したセリーナに、近衛騎士は2人揃って先程のコーエンの様な反応を返した。

どれだけリードが強いのか、益々気になりつつも近衛騎士の説得を諦めて座り直したセリーナの目に飛び込んで来たのが、ティナのキラキラした瞳だった。

「聖女様は本当にお優しいのですね!ご自身の身の危険を顧みず、護衛を皇太子殿下に譲ろうとは…流石です!」

どこから訂正するべきか…。
セリーナは先程も考えていた事を頭の中で復唱した。

「ティナ、私の事は聖女様ではなくて、セリーナと呼んで欲しいんだけど…。」

「そんなっ!恐れ多い事です…。」

コーエン様は私の事を何と説明したんだ…。

「恐れ多くなんてないわ。聖女なんて適当に付けられた肩書だし、私はただのセリーナとしてティナと…出来れば友人のように接して行きたいんだけど…。」

「あぁ、やっぱりセリーナ様は聖女です。ご自身の立派な肩書を鼻にかける事もなく、私のようなものにまで平等に接して下さるなんて…。流石に友人という訳には参りませんが…では、恐れながらセリーナ様と呼ばせて頂きます。」

セリーナは何だか説明するのにも疲れて脱力した。

とりあえず、今は名前で呼んでもらえるようになっただけで良しとするしかない。

「ティナは何歳なの?コーエン様は、最近城で仕え始めたと言っていたけど。」

「13歳です。13になった半年前からお城でお勤めをさせて頂いてます。」

「13歳!?」

若そうだとは思っていたが、セリーナより3歳も年下らしい。

確かに13歳と言えば、城への仕官が認められる年齢ではあるが…その歳から仕官を希望する者は多くはない。

13歳のご令嬢と言えば、デビュタントを済ませ、今から結婚相手探しに乗り出そうというその歳だ。

「私は男爵家の長女ですが、お恥ずかしながら家は貧乏で、下には弟や妹もおりますので、こうしてお城でお世話になってます。」

セリーナの疑問を敏感に感じ取ったティナが自ら説明した。

なるほど。それであれば納得がいく。

金銭的に余裕のない家では、年長者が働き、家に仕送りをするという事は、貴族社会と言えど子爵や男爵家になれば、まれにある事だった。

「じゃあ、弟さんや妹さんの為に?」

何と…ティナこそ聖女のような優しさではないか…。

「はい。それに、将来は城の女官を目指しているんです。今から侍女としてお城で勤める事が出来て凄く嬉しいです。」

ティナが曇りのない笑顔を見せれば、セリーナはその純粋さに心を打たれる。
自分より3歳も歳若いのに、将来をしっかり見据えるティナに尊敬の念さえ湧いて来ていた。

「ティナは凄くしっかりしているのね。私も見習わないと。」

「そんな事ありません!セリーナ様こそ、そのお若さで聖女と言う立派な職務をお務めではないですか!」

まぁ、これはなりたくてなった訳では…。
セリーナが小声で反論すると、聞こえていないのか、ティナが興奮気味に続けた。

「それに、セリーナ様はコーエン様とお付き合いされているんですね。お仕事も、婚姻の為のお付き合いも両立なさって…本当に素晴らしいです!コーエン様も普段お仕事をされている時とは雰囲気が違うので驚きました。」

「お付き合い!?」

純粋な少女から繰り出されるヘビーな勘違い攻撃に、セリーナは思わず大きな声が出てしまった。

そんなセリーナの様子を、どう受け取ったのか、ティナは顔をサッと青くした。

「あっ…失礼しました。主人の恋愛事情を口にするなど…あまりにお似合いだったので、つい…。申し訳ございません!」

「いえ、謝らなくていいの。友人のようにと言ったのは私よ。ただ、私とコーエン様はそう言う…お付き合いしている関係ではないわ。」

お似合いなどと言われては、セリーナはどのように反応して良いかわからない。
それ程までに、彼女の恋愛経験値は低いのだ。

「えっ!?でも…あっ、まだ想いを伝え合われてないと言う事ですね!そう言う事なら、このティナにお任せ下さい。きっとお二人の想いを成就させてみせます!」

あぁ…もう何を言っても正しく伝わらない。
それはティナの純真さのせいか、それともこの状況の異常性のせいか…。

ボーランド地区に到着するまで小一時間、セリーナは揺れる馬車で、何故か歳下のティナから恋愛指南を受けることになるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】4公爵令嬢は、この世から居なくなる為に、魔女の薬を飲んだ。王子様のキスで目覚めて、本当の愛を与えてもらった。

華蓮
恋愛
王子の婚約者マリアが、浮気をされ、公務だけすることに絶えることができず、魔女に会い、薬をもらって自死する。

【完結】魅了が解けたあと。

恋愛
国を魔物から救った英雄。 元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。 その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。 あれから何十年___。 仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、 とうとう聖女が病で倒れてしまう。 そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。 彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。 それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・ ※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。 ______________________ 少し回りくどいかも。 でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...