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本編

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コン、コンと聴きなれない音で目が覚めて、ベッドの上で半身を起こした。

何かが窓に当たった音の様だけど、もう夜も更け切った時間の為、部屋の中も、窓の外も真っ暗で、音の正体はわからない。

気のせいかもしれないし、このままもう一度眠ろう。

そう思って、ブランケットを整え直した時に、再度コンっと何かが窓に当たる音が聞こえた。

流石にこのまま眠るには気になってしまう。

ゆっくりベッドから這い出て、ナイトガウンを羽織り、恐る恐る窓から外を見れば、月と星の明かりだけの中、フィールズ公爵が真っ直ぐにこちらを見上げていた。

何をしているのか…それを問えるほど無神経ではない。
私に話があるのだろう。

フィールズ公爵からの婚約の申し出を断り、エリオット様と婚約する事は、既に伝えられている筈だ。

「…」

「…」

地上と2階の距離で、お互い無言で見つめ合った。

ここで離れた所に立つフィールズ公爵に向けて喋れば、夜中と言えど、誰の目に留まるかわかったものではない。

本当は見なかった事にして、帰ってもらうべきだとわかっている。
それでも、フィールズ公爵がこちらを見る目があまりにも真っ直ぐで、私は周囲を忍びながら庭園へと出た。

屋敷の入り口に立つフィールズ公爵の所へ近付けば、奥にはいつもの黒い愛馬が繋がれている。

闇夜にまみれるにはうってつけの色だと、そんなどうでもいい事を考えたのは、自分の行動の後ろめたさから逃れる為だったかもしれない。

「ここでは人目に付きます。こちらへ。」

言葉を発する事も、表情を変える事もしないフィールズ公爵を庭園に招き入れた。

招いたとは言っても、小振りながらもお気に入りのティーテーブルへ案内する訳にも行かず、ちょうど背丈くらいに茂る木々と塀の間に出来たスペースへと潜り込んだ。

「こんな時間に訪問するのが非常識な事はわかってるけど…謝るつもりはないから。本当はもっと早く声を掛けたかったけど、さっきまで君の屋敷を王宮の騎士がウロチョロ護衛してて、声が掛けられなかったし。」

ここであれば人に見つかる心配がないと判断したのか、フィールズ公爵がやっと口を開いた。

私を屋敷まで送り届けてくれた近衛騎士か、はたまた別の方が来ていたのか、
ユーリス様のお話し通り、護衛が付いているらしい。

フィールズ公爵の言葉の響きは硬く、何とも居心地の悪さを感じさせるもので、冗談でも言って空気を和ませたい衝動に駆られる。

「フィールズ公爵は謝るのがお得意ではありませんからね。」

そう言って笑い掛ければ、公爵は心底傷付いた表情になり、どうやら私の冗談は望んだ事と反対の効果をもたらしたらしい。

「何…その呼び方。エリオット殿下と婚約するから、俺とはもう関わりたくないって?今日は君の気持ちを直接確かめたくて来たんだ。相手が相手だし、何か断れない事情でもあったんじゃないかって…でも、無駄足だったようだね。」

早口に紡がれるフィールズ公爵の言葉に、まだ寝起きの頭がついて行かない。

「君にとって俺って何だったの?ビルグリンのバカ息子と婚約破棄するのにちょうど良く使っただけ?」

ガッと肩を掴まれ、我に返った。

「そんな事は…」

ありません…と言葉が続かなかった。

間近に見たフィールズ公爵が泣きそうな顔をしていたから、それ以上言葉を紡げなかったんだ。

何でそんな表情を…。

「わかってるよ。君は何も言ってない。俺が勝手にやった事だ。自分に惚れた男が勝手に無茶する様子は見てて楽しかったかい?」

私に惚れた…?

フィールズ公爵は決して冗談を言っている雰囲気ではない。

でも、フィールズ公爵が私に求めていたのは、公爵家の夫人になるに相応しい賢さだったはずだ。

それであれば、私が婚約の申し出を断ろうとも、気にも止めずに誰か別の方を探すだろう…そう思っていたのに。

「何で今更そんな驚いた顔するかな…。まさか、気付いて無かった訳無いよね?俺が君のことを好きだって。」

目の前にいるフィールズ公爵の真剣な表情が、私の立てた仮定が全て間違っていた事を教えてくれる。

「本当に…気付いてなかったんだ。好きだよ。好きだ、サラサ。君を愛してる。」

フィールズ公爵がそう言って歩み寄れば、私は背中が塀にトンと当たる。

「ウォルター様…。」

もう呼ばないと決めていた彼の名前を思わず呼べば、応えるように夜気に冷やされた彼の冷たい手が頬に触れた。

胸が苦しいくらいに締め上げられる。

「自分でもどうしたのかと思うくらい君に惹かれるんだ。今なら、無理矢理でも君を手に入れようとした馬鹿なビルグリンの気持ちもわかりそうだ…。」

悲しげなウォルター様の顔が近付いてくる。

逃げなきゃ…と思っているのに、ウォルター様の瞳を真っ直ぐに捉えると、まるでそこに縫い止められたかのように動けなくなり、私はゆっくりと瞳を閉じた。

「何受け入れてんのさ。って、逃げられない程怖がらせたのは俺か。」

吐息を直接感じる程の距離感からウォルター様の声が聞こえて、ハッと目を開けると、キスほどの距離に痛々しく歪んだ彼の顔がある。

「頭を冷やすよ。怖がらせて悪かったね。…お幸せに…はまだちょっと言えそうにないや。」

そう言い残し、去っていくウォルター様を言葉もなく見送った。

ウォルター様の手の熱が離れ、冷え冷えとする頬を触れば、その手は涙に濡れて、初めて自分が泣いている事に気付く。

そして、自分の気持ちにも今更気付いてしまった。

私…彼が好きなんだわ…。
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