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本編
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それから、私は暗くなるまでエリオット殿下と話していた。
話していたと言っても、先程の婚約破談に関わる話はどちらも口にしない。
ただ日が暮れるまでお互いの事を質問しては答えて、答えては質問して…。
最初こそガチガチに緊張していたが、今日初めて言葉を交わし、おこがましい話ではあるが、殿下の言葉を借りると友人になったのだ。
私にとっては王宮についての話も物珍しく、気が付くとすっかり日が落ちていた。
「大変…こんな時間!私、帰らないと。」
ライブラリーへは家の馬車で来たので、お父様やお兄様は私の居場所は把握されて居るだろうが、怒り気味の2人の機嫌をこれ以上進んで損ねる必要はない。
「こんな時間まで引き留めてしまってすまない。私がご家族に事情を説明しよう。どうか、私の馬車で送らせてくれ。」
話しているうちにエリオット殿下は、最初の敬語が嘘のように口調が砕けていた。
そして、私はそれを嬉しく、好ましく感じていた。
でも…王家の馬車に乗るなんて、恐れ多い。
「そんなに悩む必要はないよ。友人の馬車に同乗するだけじゃないか。」
何と言って断るべきか悩んでいると、私の考えを先読みしたように殿下が微笑む。
そう言われると、断れない。
エリオット殿下が手を差し出すので、おずおずとエスコートに身を任せると、スムーズなエスコートで立派な黒塗りの馬車へと導かれる。
王家の紋章入りの二頭立ての馬車に怯んで、今からでも断れないか…と、チラリと後ろを振り向くと、そこには静かに5人もの騎士様方が控えて居た。
いつの間に…と言うか、本当に居たんだ。
そんな当たり前の事を考えて思わず立ち止まると、手を引く殿下もこちらを振り返る。
「あぁ、ビックリさせてしまったね。すまない。お前達、サラサ嬢が怯えているじゃないか。もっと下がっていろ。」
後半の騎士様に向けた部分は、私と話す砕けた口調よりも王子然としている。
いえ…怯えていたわけではなくて、騎士様の完璧な仕事ぶりに感服しておりました。
心の中でそう思っていると、近衛騎士の皆様が少し離れてこちらに頭をさげている。
「あっ、いえ…そうではなく…。」
「サラサ嬢、手を。」
近衛騎士の皆様に非常に申し訳なく、殿下の勘違いを訂正しないと…と振り絞った勇気は、殿下のエスコートで遮られた。
言われるがままに殿下の手に、自分の手を重ねると、先程まで乗るのを躊躇していた馬車の中へとあっという間に誘導される。
「うわぁ…。」
中に入ると、威厳ある外見から想像していた以上に広く、煌びやかで、快適そうな内部が広がっており、乗るのを辞退しようとしていた事などすっかり吹っ飛んでしまった。
王子様にエスコートしてもらって、こんな素敵な馬車に乗るなんて…お姫様みたい。
ガラにもなく、そんな事を考えていると、殿下に柔らかいシートへエスコートされ、腰を下ろす。
って、このままじゃ殿下を下座に座らせてしまう…。
進行方向に向かった席にエスコートされたが、本来であれば私の席は向かいで空席となっている進行方向に背を向けて座る席だろう。
慌てて立ち上がろうとする私をよそに、ストンと私の横に腰掛けるエリオット殿下。
あっ…隣にお掛けになるのね。
予想外の事にキョトンとしてしまうが、テレサとカイルと3人で出掛ける時などは、カイルが隣に座る事もあるため、友人とはそう言うものか。と納得する。
カイル以外に男性の友人など居た経験が無いので、こんな事で意識していては、かえって殿下に失礼だろう。
動き出した事も気付かせない程、乗り心地の良い馬車に殿下と並んで座っている。
今朝までの私には想像も出来ない状況だ。
今朝からの出来事を順を追って思い返していると、今日既に何度も耳にした殿下の笑い声が間近から聞こえてくる。
「すまない。百面相するサラサ嬢が可愛らしかったので。」
「あっ、すいません。殿下と居るのに考え事など…。」
恥ずかしくて少し下を向くと、殿下が横から覗き込む様にこちらを窺う。
「いや、そんなに改まらずに、自由にしてくれる方が嬉しいよ。それと…家に着くまでに一つだけ確認したい事があるのだけど…。」
こちらが驚く様な事もマイペースに発言してきた殿下にしては、珍しくこちらの同意を求める様な躊躇した口ぶりだ。
「はい。どの様な事ですか?」
「サラサ嬢は…レオナード殿との婚約解消は望んでいても、その…他の誰かと将来的に婚姻を結ぶ気はあるのだろうか?」
長らく婚約破談についての話には触れていなかったので、突然のことに戸惑いながらもゆっくりと首を縦に振る。
婚約破談が成立したら、どなたかをご紹介でも頂けるのだろうか。
そんな考えが頭を過ぎる。
「…えぇ。家の為と言う事もありますし、将来的にはどちらかへ嫁ぎたいと思っております。」
家の為と言うなら、大人しくレオナード様と婚姻を結べ…と言われかねない発言ではあるが、今日1日を通して、エリオット殿下がそんな極めて常識的で、でも私個人を傷付けるような発言をする人でないとは理解していたので、素直に想いを告げる。
「そうか。わかった。」
そう短く答える殿下が、今日一番嬉しそう笑顔で微笑むので、何故かそれから何も言い返せなくなってしまい…静かな馬車に2人きり。
家までの道のりが急に長く、気まずく感じるのだった。
話していたと言っても、先程の婚約破談に関わる話はどちらも口にしない。
ただ日が暮れるまでお互いの事を質問しては答えて、答えては質問して…。
最初こそガチガチに緊張していたが、今日初めて言葉を交わし、おこがましい話ではあるが、殿下の言葉を借りると友人になったのだ。
私にとっては王宮についての話も物珍しく、気が付くとすっかり日が落ちていた。
「大変…こんな時間!私、帰らないと。」
ライブラリーへは家の馬車で来たので、お父様やお兄様は私の居場所は把握されて居るだろうが、怒り気味の2人の機嫌をこれ以上進んで損ねる必要はない。
「こんな時間まで引き留めてしまってすまない。私がご家族に事情を説明しよう。どうか、私の馬車で送らせてくれ。」
話しているうちにエリオット殿下は、最初の敬語が嘘のように口調が砕けていた。
そして、私はそれを嬉しく、好ましく感じていた。
でも…王家の馬車に乗るなんて、恐れ多い。
「そんなに悩む必要はないよ。友人の馬車に同乗するだけじゃないか。」
何と言って断るべきか悩んでいると、私の考えを先読みしたように殿下が微笑む。
そう言われると、断れない。
エリオット殿下が手を差し出すので、おずおずとエスコートに身を任せると、スムーズなエスコートで立派な黒塗りの馬車へと導かれる。
王家の紋章入りの二頭立ての馬車に怯んで、今からでも断れないか…と、チラリと後ろを振り向くと、そこには静かに5人もの騎士様方が控えて居た。
いつの間に…と言うか、本当に居たんだ。
そんな当たり前の事を考えて思わず立ち止まると、手を引く殿下もこちらを振り返る。
「あぁ、ビックリさせてしまったね。すまない。お前達、サラサ嬢が怯えているじゃないか。もっと下がっていろ。」
後半の騎士様に向けた部分は、私と話す砕けた口調よりも王子然としている。
いえ…怯えていたわけではなくて、騎士様の完璧な仕事ぶりに感服しておりました。
心の中でそう思っていると、近衛騎士の皆様が少し離れてこちらに頭をさげている。
「あっ、いえ…そうではなく…。」
「サラサ嬢、手を。」
近衛騎士の皆様に非常に申し訳なく、殿下の勘違いを訂正しないと…と振り絞った勇気は、殿下のエスコートで遮られた。
言われるがままに殿下の手に、自分の手を重ねると、先程まで乗るのを躊躇していた馬車の中へとあっという間に誘導される。
「うわぁ…。」
中に入ると、威厳ある外見から想像していた以上に広く、煌びやかで、快適そうな内部が広がっており、乗るのを辞退しようとしていた事などすっかり吹っ飛んでしまった。
王子様にエスコートしてもらって、こんな素敵な馬車に乗るなんて…お姫様みたい。
ガラにもなく、そんな事を考えていると、殿下に柔らかいシートへエスコートされ、腰を下ろす。
って、このままじゃ殿下を下座に座らせてしまう…。
進行方向に向かった席にエスコートされたが、本来であれば私の席は向かいで空席となっている進行方向に背を向けて座る席だろう。
慌てて立ち上がろうとする私をよそに、ストンと私の横に腰掛けるエリオット殿下。
あっ…隣にお掛けになるのね。
予想外の事にキョトンとしてしまうが、テレサとカイルと3人で出掛ける時などは、カイルが隣に座る事もあるため、友人とはそう言うものか。と納得する。
カイル以外に男性の友人など居た経験が無いので、こんな事で意識していては、かえって殿下に失礼だろう。
動き出した事も気付かせない程、乗り心地の良い馬車に殿下と並んで座っている。
今朝までの私には想像も出来ない状況だ。
今朝からの出来事を順を追って思い返していると、今日既に何度も耳にした殿下の笑い声が間近から聞こえてくる。
「すまない。百面相するサラサ嬢が可愛らしかったので。」
「あっ、すいません。殿下と居るのに考え事など…。」
恥ずかしくて少し下を向くと、殿下が横から覗き込む様にこちらを窺う。
「いや、そんなに改まらずに、自由にしてくれる方が嬉しいよ。それと…家に着くまでに一つだけ確認したい事があるのだけど…。」
こちらが驚く様な事もマイペースに発言してきた殿下にしては、珍しくこちらの同意を求める様な躊躇した口ぶりだ。
「はい。どの様な事ですか?」
「サラサ嬢は…レオナード殿との婚約解消は望んでいても、その…他の誰かと将来的に婚姻を結ぶ気はあるのだろうか?」
長らく婚約破談についての話には触れていなかったので、突然のことに戸惑いながらもゆっくりと首を縦に振る。
婚約破談が成立したら、どなたかをご紹介でも頂けるのだろうか。
そんな考えが頭を過ぎる。
「…えぇ。家の為と言う事もありますし、将来的にはどちらかへ嫁ぎたいと思っております。」
家の為と言うなら、大人しくレオナード様と婚姻を結べ…と言われかねない発言ではあるが、今日1日を通して、エリオット殿下がそんな極めて常識的で、でも私個人を傷付けるような発言をする人でないとは理解していたので、素直に想いを告げる。
「そうか。わかった。」
そう短く答える殿下が、今日一番嬉しそう笑顔で微笑むので、何故かそれから何も言い返せなくなってしまい…静かな馬車に2人きり。
家までの道のりが急に長く、気まずく感じるのだった。
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