彼の記憶を君の心に落とす

霜咲

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彼の記憶物語

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これからこれを読む君たちに。









僕は君たちの全てを理解しきれない。








声も、性格も、何も知らない君たちを僕が理解できたらそれはすごいこと。












突然のことだけど






これから君たちにある国のごく普通な彼の記憶を読んでもらおうと思う。










これはこの人の大切な思い出、でも君たちにも理解できるところがあると思うんだ。





でいい、










きっと読み終わる頃にはこの言葉の意味がわかるから。




















数分の間だけ僕を信じて。



















では、彼のことを少しずつ君の心に落としていこう。


































~~~~~~~~~~~~~~~~~










自然な出会いではない、普通に生活していたら君とは出会わなかったと思う。


そんな君と一緒に過ごしてからのほんの一部、

それをこれからこの紙切れと僕の頭の中にだけ留めて置きたい。




作家としての悪い癖だが書き記して置きたいんだ。
君には申し訳ないと思う。でもこれが僕の生き方なんだ。







今まではお酒を呑んでるつもりがお酒に呑まれて誰かに助けてもらう人を迷惑な人だなって思ってた。でも君が酔って帰ってきた時すごく心配になって手を貸してしまった。これはきっと君だからなのかも知れないね。






年に数回ある姉の八つ当たりに凄く腹が立った。
でも僕は月に一度はお腹を抑えて自分にはわからない痛みと怒りを我慢する君を見て何かしてあげなきゃと思って温めるものを渡したり、変に負担をかけたり怒らせたりしないように少し距離を取り続けた。
遠目で見守る僕を君は見つめ返して痛くて辛いのにそっと隣に座ってくれたよね。





喧嘩してごめんねを言えないままベッドに入って、朝になったらお互い無意識で手を繋いでたこと。
仕事が休みの日に遊びに行こうって約束して張り切って準備してくれたのに僕が寝坊してしまったこと。
それでも。どんな状況でも君の使った「僕には分からない魔法」のおかげでまた君に向き合っていけてたような気がする。







お互いが好きという感情に慣れた頃から小さな歪みができていたのかもしれないね。
どんなに好きな物でも慣れてしまうと好きがなんだか分からなくなる。
好きという感情は次第に特別から当たり前になってしまう
当たり前になった時にはもう「好き」という感情は怪物の片鱗を見せ始めているんだと思う




不満が日々増えていき、僕と君は怪物に成り果てた感情に飲み込まれてしまった。


なんで洗い物してくれないの
料理担当は君でしょ
テレビくらい消してよ
電気の付けっぱなし多すぎる






こんな身近な些細なこと、でも二人が苦手なことから歪みが大きくなり始めた






お互いの価値観の間違え探し
言葉の綾を責めるような言葉の応酬
自分の意見を曲げることを負けだと思った
お互いの教養のなさだけが目立つ日々の中でのやりとり
そんな日々で君は「僕には分からない魔法」を使えなくなっていた
それは僕が君から魔法の杖を奪ったのかもしれない。
君が魔法の杖を置いてしまったのかもしれない。













そんな君の魔法は「笑顔」だったんだね。
















僕の手の中から君が居なくなったと気づいた時にはもう手遅れだった。
ずっと前から君の中から僕は居なくなっていたのかな。
僕がもう少し向き合ってたら何か変わってたのかな。











僕は禁煙を始めました。君を思い出す煙をなくそうと思った。




禁酒も始めました。お酒を飲むと連絡先のない携帯を眺めて悲しくなって。来るはずのない君からの連絡を期待して虚しくなるから。




一緒にやってた趣味もやめました。もう別の人と
やることもないと思う。




夜更かしもやめました。夜は寂しくなるから早く寝ようと思った。




















色々なことを辞めて、君を忘れようとしています。



























でもね。辞められないこと、忘れられないことがあるんです。






















今も僕は君が好きです。大好きです。言葉がもう交わることはないから。この言葉がもう二度と届くことはないから。







今更だけど僕なりの言葉を並べさせてください。
















君が幸せになることを心から願えるほど僕は大人じゃない
だから君の未来を勝手に思い描きました

それはきっと僕には分からない幸せの形
僕と君の二人だと作れなかったもの
誰かと巡り合うたびに君は一段と変わっていくと思う




君の人生の一部に僕はいてもよかったのかな









作家なのに溢れる涙で紙を濡らしてしまう僕を君は笑うのかな






でもこの紙も僕の思いも誰にも届かないからいいよね。









ある国の言葉で素敵なものがいくつかありました。

十人十色
千差万別
三者三様



全て違う言葉だけど全て同じで人それぞれという意味だと本に書いてありました。






考え方や感じ方、価値観、肯定するものと否定するもの全てが同じ人はこの世にはいないとも書いてありました。






でも僕はそれが悪いことだとは思わない。








出会いと別れを繰り返して多くの人の考えや価値観を学ぶことができるのが数ある種の中でも人間にしかできないこと。





君のことは理解できなかったわけじゃない、自分と違う君を理解したくないとどこかで思っていた。





失うことは悲しいことだね。
きっと今日は僕が君を失って、明日は別の誰かが何かを失う。
それはどの時代でも変わらないことだろう。


もう怪物の片鱗に僕自身が呑まれてしまうのが怖い。
だからもう怪物を僕の心に住み着かせないようにしようと思う。












   
                   」





愛してくれてありがとう。大好きでした。





僕は作家だ。だから作家らしく終わらせなければいけない。
これは他の誰かの言葉ではなく僕の言葉。
最後にこの言葉を記しておこう









「自分の見えてる世界にいとも簡単に色をつけるのは必ず自分以外の誰かである」







fin

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



僕が君たちに見せたのはこの世界の誰かの記憶。

読み取りにくいところもあったかもしれない。




君たちに問う。

重なる部分、共感できる部分、理解できる部分はどこにある?
難しい問いかもしれない。
何も感じない人もいたかもしれない。



失うことへの恐怖感や特別が当たり前になること、悲しい一面と不安な一面に共感した君たちの一部に問う。


君たちにとって失った数を数えることは出会った数を数えるより簡単なことではないかな。
ないものをねだる子供を見てどう思う?
失ってすぐに前を向く者を見てどう思う?




全ての答えに正解はない
全ての答えが間違っていることは誰にも証明はできない
だから一緒に考えよう、これからのことはいくらでも変えられると他の誰でもない自分に証明していこう。僕も君たちに付き合うよ。






手を繋いで起きたこと、痛みに我慢して隣に来てくれたこと、

嬉しい一面やホッとした一面に共感した君たちの一部に問う。


この彼はどこで間違いを犯してしまったのだろうか?
些細な間違いか、大きな間違いか。
君たちは彼をどう評価するか。







そのほかにも思うこと、感じることがあったなら君たちがよければ教えてほしい。











彼の一部を理解して何かを感じた君たちはきっとこの先の人生で「誰かの人生に色をつける」ことになる。










彼の涙は無駄じゃないこと
君たちが彼の記憶を読んだことが無駄じゃないこと







僕には証明ができない。僕は幻想だから。
君たちが噛み砕いて君たちの世界で証明してくれることを信じている。






僕は僕なりに彼の記憶を読んで感じたことがある










彼の涙で読めない文章が彼の記憶から君たちの心に落とせていない
記憶を見せてもらった彼に敬意を表して、彼の涙を受け止めた文章を届けようと思う。




































片鱗を見せた怪物は常に僕のことを全て理解している。
全てが理解できているのはその怪物の本当の姿が心の中の僕自身だからなのかもしれない。
涙が溢れるのは僕自身が君を失うことをどこかで考え、求めていたからだろう。























彼が自分の涙のことを書き記しが終わった後から書き足したことは僕にもわかる。












君たちは誰かにはなれない唯一無二の存在だから。後悔だけの日常には慣れないでほしい。














今度はきっと君の記憶をまた別の人に僕が読ませる。
彼女と同じように「笑顔の魔法」
彼女には使えなかった「誰かを認める魔法」
その二つの魔法を大切にしてほしい














僕はこれで失礼するよ。








疑問ばかりをぶつけられて君は少し疲れただろう。














ゆっくり休んで、ふとした時に彼の記憶のことを考えてくれると最初に伝えた僕の言葉を理解する瞬間になると思う。















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