大草原の少女イルの日常

広野香盃

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54. ラナさんのお母さん救出作戦 - 3

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 それから5日後、私とラナさんは南の小国家群にあるラナさんの生まれ故郷、ラダーナ王国に向かって出発した。もちろんヤラン兄さんが今回のことに賛成して、ラナさんを説得してくれたのだ。もっとも、最初はラナさんとふたりだけでは危ないと言われたのだが、トスカさんと途中で落ち合って同行してもらうことになっていると言ったら了承してくれた。

 瞬間移動での移動距離は1回で500キロメートルくらいにした。もっと長距離を跳べる気はするのだが、まだまだ成長した魂の魔力量に慣れていないので用心の為だ。何せトワール王国から居住地に戻る時は、居住地に戻るのにちょうどの距離で転移することが出来ず、何度も跳びすぎてしまい。力加減が分かるまで居住地を中心に行ったり来たりを繰り返して疲れた経験がある。

 2回目の瞬間移動で大草原と南の小国家群を隔てるトシマル山脈の麓まで到達した。トシマル山脈は高山が東西に連なる山脈で、トワール王国から大草原を通って南の小国家群へ続く街道が人の通うことの出来る唯一の道となっている。大草原を抜けて来た街道はここから山道となる。トシマル山脈は3000~5000メートル級の山が連なっている。その山脈を越えないといけないのだ。もちろん街道は可能な限り歩きやすい場所を通っているが、それでも1000メートルくらい登らないといけない。トワール王国と南の小国家群を結ぶ街道の最大の難所だ。道は険しく、ここからは馬やラクダルは辛うじて通れるものの、馬車や荷車は小型の物しか通過できない。積載量も加減しないとそれを引っ張る馬やラクダルが途中でへばってしまう。この街道を通ってのトワール王国との交易が、沿岸諸国が行っている船での交易に切り替わりつつあるのはこの理由が大きいそうだ。小さな馬車や荷車では1回に運べる荷物は限られる。その点、船は一度に沢山の荷物を運ぶことが出来る。移動時間だけでみれば陸路の方が早いのに、船が選ばれるのはそういう理由があるらしい。

 また、トシマル山脈の北側と南側で気候も大きく異なる。アトル先生の話では、海から大草原の方向に吹く湿った風がトシマル山脈に遮られるためらしい。大草原側の麓が乾燥地帯で草木も余り生えていない殺伐とした風景であるのと対照的に、南の小国家群側の麓は多量の雨が降る影響で広大な密林地帯となっている。噂では魔物も生息するらしく、ここもひとつの暗黒地帯だ。

 次の瞬間移動で街道に近い山の頂上に移動した。ここから眺めると山脈の南側に広がる原生林は想像していたより遥かに広大で、いかにも魔物が住みそうな雰囲気である。試しに探査魔法で探ってみると強い魔力を持った生き物が生息しているのが分かる。だが今日はそちらに向かうわけでは無いので関係無い。瞬間移動をここで一旦区切ったのは、ここでトスカさんと落ち合うことになっているからだ。トスカさんはまだ到着していない様だ。それとも私が場所を間違えているのだろうか? 何しろここに来るのは初めてだ。トワール王国からトシマル山脈を越えて南の小国家群に続く街道に一番近い山の山頂と聞いただけなのでちょっと不安ではある。何しろ山脈は山が連なった物だから山頂は他にも沢山ある。

 心配になって念話で呼びかけてみるが、トスカさんからの応答がない。おかしい。私達一族の居住地からですら念話が届いたのだ、ここから届かないはずが無い。落ち合う約束をしているのだから、私の念話を無視することも無いだろう。何かあったのだろうか。

 火魔法で暖を取りながら2時間ほど待ってみたが、相変わらずトスカさんから応答は無い。困った。私とラナさんで先にラナさんのお母さんに会いに行って、そこでトスカさんからの連絡を待つのも手だが、問題がある。ラナさんの故郷がどこにあるのか分からないのだ。ラナさんは檻に入れられて草原に連れて来られるまで、自分の生まれた農園から外に出たことが無かったらしい。だから、自分の住んでいた村がドレプ村と呼ばれていたことぐらいしか分からない、幸い、村の名前を言ったらトスカさんには心当たりがあるとの事だったので案内してもらうつもりでいたのだ。

 しばらく考えてから、あることを試してみる。ラナさんと念話で繋がった状態で故郷の風景を頭の中に描いてもらい、その風景を元に私が探査魔法で同じ風景の場所を探してみるのだ。

 通常、探査魔法はもっとはっきりとした物を探すのが普通だ。一番探査し易いのは、念話で話をしている相手だ。念話が繋がっていればほぼ距離無制限で探査できる。次に分かり易いのが魔力。魔力が大きければかなり遠距離でも感知できる。以前、ソラさんから、私の魔力をトワール王国の魔法使い達が感知したとの話を聞いたことがあるが、大草原に居た私の魔力を何百キロメートルも離れたトワール王国で感知されたのはこの所為である。もっともあの時は魔力遮断結界も解除して、全力の魔力を使ったからというのもある。魔力の持ち主が魔力遮断結界を張っていれば探査魔法でも感知出来ない。現在トスカさんの居場所を感知出来ないのもその所為だろう。それ以外には人の魂。魂にはそれぞれ特徴があり、特定の波長を発している。知っている人の魂であれば、数十キロメートルの範囲で探査可能だ。後は特定の種類の動物や植物、良く知っている物という制限はあるが、例えば特定の薬草を草原の中から探したりするときには重宝する。これだと範囲は数キロメートルだ。

 ラナさんに探査魔法の説明をして、生まれ育った農園の風景をイメージしてもらう。今までこの様なイメージで探査魔法が成功した経験はないが、私の魂が成長して探査する能力も高まっているはずだから試す価値はある。先ほど説明した探査魔法の探査距離も私の魂が成長する以前の話で、現在ではもっと広範囲が探査できるかもしれない。

 10分ほど掛けてゆっくりと探査する。やっぱりダメかなと諦めかけた時、ついにヒットした。思わず心のなかで「やった!」と叫ぶ。探査魔法の新しい活用法を発見したよ。ラナさんの故郷はここから30キロメートルくらい離れた場所にある。トスカさんのことは気になるが、とりあえずそちらに向かうことにした。

 ドレプ村に到着した私は、今度はラナさんのお母さんの居場所を探査魔法で探る。ラナさんのお母さんは奴隷だから、来客の相手をするような自由は無い。会うにしてもこっそりと会わないとお母さんに迷惑が掛かる。先ほどと同じようにラナさんにお母さんをイメージしてもらい、そのイメージを元に探査魔法を使う。今度は対象との距離が短いからか、すぐにヒットした。どうやら、農園の片隅にある奴隷用の宿舎に居る様だ。その話をラナさんにすると顔色が曇り、

「こんな時間に農園で働いてないなんて、母に何かあったのかもしれません。」

と心配そうに言う。それならば、なおのこと急いで会った方が良い。もし病気だったら私の回復魔法で治療できるからね。幸い、今なら宿舎にお母さん以外には誰も居ないことも探査魔法で分かっている。こっそりと奴隷用の宿舎に近づき、いざ中に入ろうとした時、間の悪いことに誰かが宿舎に近づく足音が聞こえた。私とラナさんは急いで物陰に隠れる。隠れていると宿舎の扉が開閉する音がした。中に入った様だ。私は長耳の魔法を使って宿舎の中の音を聞く。同時にラナさんと念話を繋いで、ラナさんにも中の音が聞こえる様にする。ラナさんだって気になるだろうからね。

「ドリア、体調はどうだ? 粥を持ってきたんだが食えるか?」
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