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92. ジャニス、皇帝になる

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(アーシャ視点)


 シロムさんがコトラルから奪い取った記憶から、レイスの魂を奪う方法を知っているのはコトラルだけだと分かった。コトラルは魂の力を奪う方法を自分が独占することで仲間内で絶対的に優位な立場を確立していたらしい。他の仲間達はコトラルから力を分けてもらっていたわけだ。すなわちコトラルが消滅した今、魂の力を奪う方法を知っている人間はいない。これは大きな安心材料だ。

 もちろんコトラルに協力した人間達を野放しにするつもりは無い、コトラルはガニマール帝国だけでなく他の国でも同じようなことをしていたらしいから時間は掛かるだろうがきっちりと償いをしてもらうつもりだ。少なくともコトラルの仲間は、人工のレイスを作り出す手段を有し、かつレイスの力を奪って自分の力にする方法が存在すると言う事実を知っている。人間は侮れない、その方法が存在するという知識はそれを探求する強力な動機になる。いつの日か自分達でその方法を見つけ出すかもしれないのだ。彼らに時間を与えることは危険だ。

 そんなことを考えていると豪華な衣装を着た男性が私達の前に進み出て跪いた。

「ロム様、ガニマール帝国皇帝ガジャロでございます。ロム様が我が国にお越しになったのは魔族から我が国を守って下さる為であったとジャニスより聞きました。誠に感謝に堪えません。」

「気にするな。ジャニスの為でもあるしな。それに其方には気の毒だがボルトは最早帰って来んと思え。済まなかったな。」

「ロム様がお気にされることはございません。すべては私の不徳故でございます。実の息子に命を狙われるなど有ってはならぬこと....それも2人の息子に命を狙われたのです。私の育て方が間違っていたとしか思えません。優秀な子供に育てたい故に兄妹間で競争を煽ったのが失敗だったのかもしれません。同じことを繰り返さないためにも一刻も早く皇帝の座をジャニスに譲り、私は引退する所存でございます。」

「そうか、よくぞそこに気付いた。流石は皇帝である。」

 マジョルカさんが調子に乗って受け答えしている。色々あったけど結果オーライとなった様だ。ちなみに私や魔族の姉妹たちはシロムさんに仕える眷属、精霊王様とウィンディーネさん、それにチーアルはシロムさんに仕える精霊としておいた。シロムさんの評価が上がれば、そのシロムさんの婚約者であるジャニスの立場も有利になるだろう。




(シロム視点)


 あれから一月経った。今日はジャニス皇女の戴冠式だ。これでジャニスは名実ともにガニマール帝国の皇帝となるわけだ。

 ちなみにジャニス皇女がコトラルの仲間達を撃退できたのは魔道具研究所の職員達がジャニス皇女の設計図に基づいて作成した魔道具のお陰だったらしい。

「シロムさんとマジョルカさんがカリトラス大神の巫女達に攻撃された時、赤い光が結界を貫いたと言っていたでしょう。あの赤い光は大したエネルギーを持っていない、それなのに結界を貫いたとなれば結界にも弱点があるに違いないと思ったわけ。もし魔族と人間が戦いになるなら相手の結界をどうやって無効化するかが鍵になる。だからあの赤い光を発する神器を参考に、結界を無効化できるまで出力を増やした魔道具を設計したわけよ。魔道具研究所の人達にはその魔道具を出来る限り多く作ってもらう事をお願いして、アニルには私を支援してくれる貴族達からの資金集めをしてもらったの。魔道具の動力源として高価な魔晶石が大量に必要だったからね。あとは宮殿の警備隊長のガルムに魔道具を渡していざという時に使う様にお願いしておいただけよ。結界が無ければ相手は空を飛ぶとは言えたったの100騎。やっつけるのは難しくなかったわ。」

 はあ....と溜息をつくしかない。ジャニス皇女はずっと僕と一緒に行動していたはずだ、いつの間にそんなことをしていたのだろう。宮殿を襲撃した騎馬兵達は大した力を与えられていなかったことも幸運だったとは言え、ジャニス皇女やはり只者ではない。この子は皇帝に成る為に生まれて来たのかもしれない。

 それにしても誘拐された皇帝陛下は影武者で本物はずっとこの宮殿にいたとは恐れ入った。僕とジャニス皇女が皇帝陛下の執務室に駆け付けた時、最初に「大変だ! 皇帝陛下がおられない! 」と叫んだ人物が本物の皇帝陛下だったのだ。他の人達が騒いだのは咄嗟に皇帝陛下の芝居に合わせたと言う事らしい。完全に騙された。その上ジャニス皇女が宰相に皇帝陛下の命令を達成したことを報告した時、皇帝陛下も壁際に控えた兵士に混じって一緒に聞いていたらしく期限内に皇帝陛下への報告も済んでいたと言う事だ。この事もあってジャニス皇女が皇帝の地位を継ぐことについての他の兄妹やそのバックにいる貴族達からの苦情はその場で却下された。流石はジャニスの父親、親子揃って一筋縄ではいかない人物だ。

 戴冠式が済むとアーシャ様は魔族の4姉妹と一緒に魔族の残党狩りに向かわれ、僕は後に残った。これからジャニス皇帝の政治体制が安定するまでジャニスの婚約者として傍に居て彼女を守ることになっている。僕なんか何の役にも立たないだろうが、ウィンディーネ様とチーアルがいれば大抵のことは対処できるだろう。チーアルは常にジャニス皇帝の傍に居て周りを警戒している。食べ物に毒が入っているかどうか見分けることも出来るらしいから安心だ。

 ウィンディーネ様は沢山の妖精を国中に放って怪しい動きが無いか警戒してくれている。妖精達の司令塔として残ったウィンディーネ様は僕と同じくらいのサイズになって僕と一緒に居る。ウィンディーネ様に恋している僕としては嬉しい限りだが、一方でウィンディーネ様が感情的になって暴走しないかとヒヤヒヤしっぱなしだ。何せ小さくなったウィンディーネ様は精神と知性のレベルが大きく下がって、まるで子供の様に感情のままに行動する。ジョジュル皇子の時の様に誰かが僕の悪口を言っただけで攻撃しかねない。

 ちなみに今一番の頭痛の種は精霊王様だ。魔族の姉妹と共にコトラルの魂の力を奪い取った時かなりの部分が僕の物になったらしい。あの時は大精霊様と精霊王様の力を借りていたからその力に見合うだけの分を奪ったと言う事だろう。

 問題は僕がコトラルやカルミさんから奪った力を全く使う事が出来ないと言う事だ。そんな僕が不満なのか毎日やって来ては僕に魂の力を使うための修行をさせる。僕がそんな力は使えなくても構わないと何度言っても、精霊王である自分の主人になったのだからそのくらい出来なくては恥ずかしいと言われる。

「まったく....魂に秘めた力だけならウィンディーネやアーシャの上をいくのだぞ。それを全く使えんとは猫に小判も良い所だ。精霊王である私が直接教えてやるのだありがたく思うが良い。」

 そう言って毎日訳の分からない修行をさせられる。宮殿の庭を何周も走らされたり、座禅をさせられたり、変なポーズで瞑想するように言われたりとクタクタだ。修行の後に風呂に入ってウィンディーネ様に背中を流してもらうのが至福のひと時だ。

 もっとも僕の力がウィンディーネ様やアーシャ様より上だと言ったが、僕は2人の様に自分で神力を生成することが出来ないから、力は使えば使うだけ減って行くらしい。僕としてはこんな力さっさと使ってしまって元に戻りたいのだが、いかんせん使えないのでまったく減ってくれない。

 ひとつだけ利点を上げれば、僕の魂の力が強まった関係で契約精霊の行動範囲が広まったことだ。以前はカルロの町くらいの範囲が限界だったのだが、今はガニマール帝国くらいの範囲であれば僕から離れても問題ないらしい。お陰でどうしようかと悩んでいた精霊王様の居場所を見つけることが出来た。皇都から少し離れた所にある活火山の火口だ。精霊王様は火の精霊なのでマグマの上が居心地が良いらしい。夜にはそこに帰って頂けるので少なくとも夜はウィンディーネ様と2人切りでリラックスできる。なお2人切りといっても決してやましいことはしていないから誤解の無い様に。
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