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89. ボルト皇子との闘い

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(シロム視点)


「ご主人様、魔族を放置しては置けません、私は後を追いかけます。それと様付けはお止め下さい。私はご主人様の契約精霊なのですから。」

 ウィンディーネ様はそう言い残すや否や、僕の返事を待たずに飛び去った。こんな事は珍しい。そう言えば3000年前には魔族に沢山の配下を殺されたと言っていたから感情的になっているのかもしれない。だけどいくらウィンディーネ様でも1人では危険だ。それに契約精霊は契約者から離れ過ぎると急速に力を無くす。

「ジャニス皇女、ボルト皇子と一緒にコトラルのレイスがいました。僕も後を追います。このまま逃がす訳にはいきません。」

「了解よ、気を付けてね。」

 だが僕が杖の力で宙に浮かんだ時、1人の兵士が大広間に駆け込み大声で叫んだ。

「皇帝陛下! 空を飛ぶ馬に乗った騎馬兵100騎が突然現れこちらに向かっております。警備兵が応戦中ですが、周りに透明な壁があるがごとく射かけた矢がすべて跳ね返され、兵士は近づくことすら出来ません。すぐにもここに攻めて来るかもしれません。直ちにお逃げ下さい。」

 空を飛ぶ馬に透明な壁....間違いなくレイスの魂の力を得た人間達だろう。くそっ....ボルト皇子とコトラルはいざという時の為に仲間を皇都に潜ませていたのだ。

「ロム様、コトラルを倒さねばこの世界に未来はありません。すぐに追いかけて下さい。ここは私が何とかします。」

 ジャニス皇女が僕に向かって叫ぶ。何とかするって??? ジャニス皇女は天才だが普通の人間だ。レイスの魂を得た者達に敵うわけがない。だがジャニス皇女は僕を見つめながら囁いた。

「大丈夫、準備は整っているわ。私を信じて!」

 真剣な目で言われ思わず気圧された。

「わ、分かりました。ゴリアスさん、ジャニス皇女をお願いします。」

「おう、任せとけ!」

 ゴリアスさんの力強い返事に背中を押され僕は飛び立った。




 ウィンディーネ様も心配だがジャニス皇女も心配だ。身体が2つ欲しいと真剣に思う。でも今はジャニス皇女の言葉を信じるしかない。

 ウィンディーネ様の後を追いながら焦ってアーシャ様に連絡を取る。例によって要領良く説明できない自分に腹を立てながらもなんとか状況を理解してもらえた。アーシャ様達もウィンディーネ様の後を追ってくれるらしい。良く知っているウィンディーネ様なら居場所を知ることは容易らしい。それに宮殿には精霊王様配下の精霊達を急行させてくれるそうだ。

 アーシャ様に連絡を取っている間もウィンディーネ様との距離は開くばかりだ。杖の力だけでなくチーアルにも外に出て手伝ってもらっているが、それでもウィンディーネ様の方が早い。いくらウィンディーネ様の水流が強力でもボルト皇子がこんな遠くまで飛ばされたはずは無いから、ボルト皇子が逃げていると言う事だろう。これは多分....ボルト皇子はウィンディーネ様を宮殿から引き離そうとしている....理由は先ほど送ってきた空飛ぶ馬に乗った騎兵達の邪魔をさせないため。そう考えるとますますジャニス皇女が心配になって来た。

 だがすでに皇都を離れて砂漠地帯の上を飛んでいる。僕が宮殿に戻ったらウィンディーネ様と距離が離れすぎてウィンディーネ様が力を無くしてしまう。最短時間で決着を付けて宮殿に戻るしかない。

「シロムも飛ぶのに力を使うのよ。そうすればもっと早く飛べるわ。」

「そんなこと言われても、力の使い方なんて知らないよ。」

 確かに僕はカミルさんの力を奪っているから魂に借り物の力が宿っているらしい。だけどそんな力使おうなんて思わなかったから、試したことすらない。

「ぐだぐだ言ってないでやって見なさい。ウィンディーネ様がどうなっても良いの?」

 それは困る。僕は必死に飛ぶ速度を上げようとするが、まったく効果がない。

「前にウィンディーネ様の精神世界で杖を光らせたでしょう。あの要領よ。」

 そんなこと言われてもどうやったなんて覚えていない。とにかく必死に早く飛ぶように祈ったがダメだ。

 だが幸運なことにウィンディーネ様のスピードが急に落ちた。前方でボルト皇子が停止してウィンディーネ様を待ち構えている様だ。ここで一戦交えようと言う事だろうか? そう考えた途端、恐怖で身がすくんだ。

 必死の思いでウィンディーネ様に追い付き横に並ぶ。ボルト皇子の傍には先ほどのレイスが見当たらない。恐らく元通りボルト皇子の精神世界に入ったのか? でもこれはチャンスかもしれない、ウィンディーネ様もそうだが精神世界に入ったままでは本来の力を発揮できないはずだ。

「ご主人様危険です。私の後に。」

 そう言ってウィンディーネ様が僕を庇う様に前に出る。

「まさか精霊が出て来るとはな....。だが俺も今更後戻りは出来んのだ。これ程の美女を殺すのは惜しいが覚悟してもらおう。」

 ボルト皇子が自らに言い聞かせる様に言い放つ。

「魔族に遠慮はしません。覚悟してください。」

 ウィンディーネ様がそう返して2人が睨み合う。

 先に手を出したのはウィンディーネ様だった。突然ボルト皇子の周りを巨大な水球が取り囲み、次の瞬間には凍り付いた。内部に閉じ込められたボルト皇子も凍り付いているのかピクリとも動かない。

 だが暫くすると氷の表面にヒビが入り、次の瞬間砕け散った。中から出て来たボルト皇子は肩で息をしながらウィンディーネ様を睨みつける。

 再度水球がボルト皇子を取り囲もうとするが、ボルト皇子は素早く横に移動してウィンディーネ様の攻撃を避けると、掌から光の球を発射した。だが光の球はウィンディーネ様に届くことなく爆発する。きっとウィンディーネ様も結界を張っているのだ。

 だがボルト皇子の攻撃はそれで終わらなかった。ボルト皇子はウィンディーネ様の周りを素早く飛び回りながら光の球を出し続ける。球の数がますます増え、ウィンディーネ様の周り中で爆発が起きる。そして遂にその内の1つが結界を貫いてウィンディーネ様の顔に命中した。

ボンッ!!! と音がしてウィンディーネ様の頭部が吹き飛んだ。ウィンディーネ様の首から下が妖精に分解しながら順に消えて行く。

「止めろー!」

 そう叫んでボルト皇子に向かって炎を放つが結界に止められ、まったく効果がない。ボルト皇子は更に光の球を発射し続ける。ついにウィンディーネ様の上半身が消滅した。

「ウィンディーネ様!!!!」

 思わずそう叫んだ時、ボルト皇子の身体を巨大な手が両側から鷲掴みにする。消えたと思ったウィンディーネ様の上半身がボルト皇子の背後に出現していたのだ。

「ご主人様、様付けはお止め下さい。」

 ウィンディーネ様がそういった途端ボルト皇子の身体が一瞬で凍り付き、次の瞬間砕け散った。勝負あった様だ。流石は大精霊、僕なんかはもちろんボルト皇子とも格が違う。

 だがこれで済んだわけでは無いことは僕も理解している。僕とウィンディーネ様が固唾を飲んで見守る中でコトラルのレイスがボルト皇子の身体があった空間から浮き出る様に現れた。
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