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87. 絶望

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(シロム視点)

 あれから取り立てて進展の無いまま時間だけが過ぎて行く。皇都の近くもウィンディーネ様に捜索してもらっているが皇帝陛下は見つからない。もっとも一口に皇都の周りといっても広すぎるから数日では探しきれない。

 この数日で唯一の変化はジャニス皇女が奴隷となっていたゴリアスさんを買い取り自分の護衛としたことだ。ゴリアスさんには魔族やレイスのことは話していないが、ジャニス皇女から 「手柄を立てたら奴隷から解放してあげる」と言われ大いに張り切っている。現金な人の様だ。

 今日もジャニス皇女、ウィンディーネ様、チーアルと肖像画を飾った部屋で作戦会議だ。この大きな部屋ならウィンディーネ様も辛うじて実体化できる。もっとも膝を抱えて窮屈そうに座らないといけない。ゴリアスさんは扉の外に立って不審者が近づかない様に見張っていてくれる。

 皇帝陛下からジャニス皇女へ与えられた「聖なる山の神を味方に付けよ」という命令の期限はとっくに過ぎてしまった。ボルト皇子の思惑どおり、皇帝陛下が行方不明になったことにより僕達の作戦は失敗に終わったわけだ。側室が生んだジャニスの腹違いの兄妹達が皇帝陛下の命令を引き継ぐことになる。先日の夕食時に乱入してきたジョルジュ皇子もその1人だ。

「残念だけど、まだ次の皇帝に誰がなるか決まったわけじゃない。ボルト兄さんのクーデターさえ防げば何とかなるわ。父上がお戻りになった時に私が期限内に命令を遂行済みだと説得できればチャンスはある。」

「それではこのまま何もせず、皇帝陛下がお帰りになるのを待つのですか?」

「まさか、と言いたいところだけど父上が見つからない限りやれることは少ないわね。下手に動いて父上に何かされたら取り返しがつかない。今出来ることはボルト兄さんのクーデターの動きを探る事だけよ、すでに私の持っている間者を総動員させて探らせているわ。」

 いつの間にそんなことを....と言いたいが、この少女の知性と行動力は計り知れないのだ。もっともボルト皇子自身は国境近くで発生した反乱の鎮圧に出掛けており皇都にはいない。

 扉の外からゴリアスさんの声が聞こえた。

「待て! ジャニス様は今取り込み中だ。誰にもお会いにならん。」

「私はジャニス皇女の間者ガーニだ。大至急ジャニス皇女にお伝えすることがある。」

「ダメだ! 帰れ!」

 それを聞いたジャニス皇女が扉を開ける。

「ゴリアス、ありがとう。ガーニには会うわ、中に入れてちょうだい。」

 それを聞いたゴリアスさんがしぶしぶ扉の前から横にずれて通路を開ける。ガーニと呼ばれた人物はゴリアスさんの巨体を見上げながら部屋の中に入り、ジャニス皇女の前で跪いた。ウィンディーネ様とチーアルは実体化を解いてガーニさんには見えくなってもらっている。

「ご報告します。ボルト皇子が皇帝陛下を救出し馬車にて宮殿に向かわれております。」

「父上が救出された! 父上は無事なのね。」

「生きておられるのは間違いありませんが、現時点では詳細な情報は得られておりません。」

「分かったわ。とりあえず生きていると分かっただけでも朗報よ。引き続き情報を集めて頂戴。」

「承知いたしました。」

 そう言ってガーニさんが下がると、ジャニス皇女は僕達に向き直った。

「いよいよ動き出すわよ。恐らく今日か明日には宮殿に到着するわね。父上を人質に取られていなければ出来ることはある。」

「何をするのですか?」

「もちろん、私が既に聖なる山の神を味方に付けたとのアピールよ。父上への報告は遅れたけれどこの国への帰還は期限内だったわけだからね。父上が認めれば私が後継者に成れる。もっとも側室の子供達をバックアップしている貴族達が猛反対するでしょうから、父上としても頭の痛い問題になるだろうけど、何としても決心させるのよ。そのためにはシロムさんと仲が良い所も見せないといけないわ。今から練習をしましょうか? はいシロムさん、私を抱擁してキスをして。」

「はい? キ、キスですか?」

「そうよ婚約者なんだから当然じゃない。」

「ダ、ダメです。キスは本当に好きな人とすべきです。」

「あら初心なのね。私は皇帝になれるのなら売春婦でもなんでもするわよ。」

 どう考えても10歳の女の子のセリフじゃない。この後、僕はマジョルカさんに身体のコントロール権を渡して精神世界に閉じこもった。マジョルカさんが僕の身体を使ってどう対応したのかは知らないし、知りたくない。




 翌日の昼過ぎ宰相から皇帝陛下がボルト皇子と馬車に乗ってお帰りになったとの至急の連絡があった。ボルト皇子の功績を讃えるために今夜パーティが開かれるので出席して欲しいとのことだ。

 ジャニス皇女の予想通りボルト皇子が皇帝陛下を誘拐犯から救い出したのだ。これで皇帝の誘拐と救出がボルト皇子の自作自演なのは間違いないだろう。

 ジャニス皇女と顔を見合わせた。もちろんパーティには出席すると伝える。皇帝の無事の帰還を祝う祝賀会ではなく単なるパーティなのは、皇帝が不在だったことを公にしていないからだ。皇帝陛下が誘拐されたことは、あの場に居合わせた者と少数の重臣しか知らされていない。皇子や皇女にすら知らせなかったらしい。

 パーティの会場に入るとその大きさに圧倒された。舞踏会にも使われる大広間、この宮殿で一番大きな部屋らしい。ウィンディーネ様でも踊ることが出来るのじゃないかと思うくらい広く天井も高い。パーティの出席者はジャニス皇女の兄妹を始め皇帝の正室であるジャニス皇女のお母さん、5人の側室達、国の重臣や沢山の貴族達と多数だ。

 僕は身体のコントロールをマジョルカさんに渡して傍観モードだ。だって皇族や貴族なんかと付き合ったことはない(付き合いたくも無いけれど)、挨拶からしてどう対応したら良いのか分からない。元侯爵令嬢のマジョルカさんに任せるのが一番だ....と言うかそれしか無い。

 マジョルカさんは相変わらず横柄な神の御子モードで、周りの人を見下した対応を続けている。僕は精神世界の中で恐縮しまくりだ。特に僕に抱き付く様にくっ付いたジャニス皇女に、お母さんのエカテリーナ様に自分の愛する人だと紹介された時は罪悪感で泣きそうになった。エカテリーナ様は長男のガイラス皇子が謀反の罪で処刑され、次男のアキュリス皇子は行方不明(本当は神域でゴリアスさんに殺されたのだが)だから、自分の産んだ子供はジャニス皇女しか残っていないのだ。そのジャニス皇女が僕の様な横柄極まりない神の物となろうとしている。母親としては気が気では無いだろう。

「ロム様、初めましてジャニスの母エカテリーナと申します。我が娘が神に見初められるとは身に余る光栄にございます。まだまだ未熟な娘でございますが、なにとぞ可愛がってやってくださいませ。」

「ああ、気にするな。ジャニスが未熟者だとは承知しておる。そこがまた可愛い所でもあるのでな心配するな。」

 エカテリーナ様は笑顔で挨拶をして下さったが、心の中でどう思われていたかは分からない。
 
 いつもの様に悪い方悪い方に思考を巡らしていると、周りのざわめきが静まった。皇帝陛下がご登場になったのだ。会場に現れた皇帝陛下は肖像画とまったく変わらない姿だ。

「皆の者よく来てくれた。今宵この場に来てもらったのは皆に祝って欲しい出来事があったからだ。詳しい話は出来ぬが我が息子ボルトが大きな手柄を立てた。今日はその功績への褒美としてボルトに我のマントを与えようと思う。」

 皇帝陛下のこの言葉を聞いて周り中が一瞬静まったのち、ボルト皇子を讃える拍手が巻き起こった。

<< シロムさん、皇帝が自分のマントを誰かに与えると言うのは、その者を自分の後継者にするという意思表示です! >>

 マジョルカさんが慌てた様に話しかけて来る。ジャニス皇女の顔を見ると唇を硬く噛みしめていた。皇帝になるためだったら売春婦でもすると言い切ったジャニス皇女。その望みが目の前で絶たれようとしている。思わず抱きしめてあげたくなった。
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