神の娘は上機嫌 ~ ヘタレ預言者は静かに暮らしたい - 付き合わされるこちらの身にもなって下さい ~

広野香盃

文字の大きさ
上 下
33 / 102

32. 鉱山の町

しおりを挟む
(シロム視点)

 そんなこんなで、シンシアさん、マリアさんと別れ、再びドラゴニウスさんに乗ってガニマール帝国の皇都を目指して数日経った。常に念話でアーシャ様に呼びかけながら進むのでスピードは出せないが着実に皇都に近づきつつある。

 残念ながら今のところアーシャ様の手掛かりは無い。途中の町でマークが聞き出してくれた情報によると、皇帝の正室の子供が聖なる山の神様を誰が最初に味方に付けるかで争っているらしい。正室の子供は3人、一番上がガイラスで僕達が祭壇で会った大男だ。二番目はアキュリス皇子、三番目がジャニス皇女らしい。このジャニスがアーシャ様を連れ去った可能性が高い。

 ジャニス皇女は現在10歳。8歳にして国立魔道具研究所の所長に抜擢されたという天才らしいが、この辺りに来ているという噂は無いらしい。流石に10歳という歳でこんな辺境まで自ら赴くとは考えにくい。自分は皇都にいて部下にアーシャ様を連れ去らせたのだろう。

「!!」

 それは突然だった。その時僕はドラゴニウスさんの背中で、例によってアルムさんに背中から抱き着かれていて良い匂いに少々夢見心地になっていたが、一瞬で我に返った。

「マーク、前方左手から神気を感じる。」

「なんだと! アーシャ様か!?」

「分からない。だけどあんな遠方から神気が届くなんてアーシャ様以外思いつかない。」

「行ってみるか?」

「も、もちろん。」

 神気となればアーシャ様の可能性が高い。ドラゴニウスさんにお願いして神気がやって来る方向に進路を変えてもらう。街道から外れるとやがて深い山脈地帯に入った。標高も高くなり夏だと言うのに山々の山頂には雪が残っている。ここまで来るとマークも神気を感じてくれた。僕の勘違いで無かったことにホッとする。

「寒くなって来たな」

 マークがそう言って脱いでいたローブを羽織る。僕とアルムさんもマークに倣った。途中で寄った町でアルムさんのローブを買っておいてよかった。

「ここはどこの国なのかな?」

 と疑問を口にするが答えてくれる者はいない。周りは見渡す限り山ばかりで町や村はありそうにない。無人地帯なのかもしれない。気温が低いからこんなところで野宿はしたくない。一刻も早くアーシャ様のご無事を確認して戻らなければ。

 更に進むと、山々に囲まれたわずかな平地に家々が密集しているのが遠くに見えた。こんな所に町がある.....。しかも神気は町のすぐ近くから発している様だ。

「マーク、ドラゴニウスさんがあそこに見える町で一泊した方が良いといっているよ。でないと野宿になるって。」

「あれか....。こんな所に町があるなんて不思議だな。」

「大丈夫かな.....。町に入ったらいきなり拘束されるなんてことはないかな?」

「その時は私がシロム様をお守りいたします。その為に剣を持たせていただいたのですから。」

 アルムさんがそう言うが、短剣を購入したのはアルムさんの護身のためであって僕を守ってもらうためじゃない。第一アルムさんだって剣を持つのは初めてと言っていたじゃないか。

「シロムの杖があるから大丈夫じゃないか? いざとなれば身体を透明化すれば逃げ出せるさ。」

「僕か?」

 僕が当てにされるとは.....心細い事この上ない。ドラゴニウスさんが一緒に来てくれたら心強いが騒ぎになるに決まっている。だが、マークの「大丈夫だって」の言葉に押し切られた。

 と言う訳で、例によって身体を透明化して着陸してくれたドラゴニウスさんから降りた僕達3人は歩いて町を目指す。心細くなって来た携帯食料の補充が出来るかもしれないとの期待もある。

 ここは小さな町で城壁ではなく木の柵に囲まれている。門には兵士がいたが、入町税としてひとり当たり銀貨1枚を払ったら問題なく通してくれた。不愛想だが、悪意があるという感じでもない。少しばかり被害妄想が過ぎた様だ。兵士からマークが聞き出した話では宿屋は2軒しかないらしい。

 神官長様に頂いたお金がかなりあるから、少しくらい高くても快適な方が良いと高そうな方の宿を選んだ。高い方が安全な気もするしね。アルムさんが何か言いたそうにモジモジしていたが、どうやらお金を持っていないことを気にしているらしい。

「大丈夫、アルムさんは僕の従者なのでしょう。主人が従者の衣食住を面倒を見るのは当然ですよ。」

 そう言うとアルムさんの顔が花の様に喜びに満ちた。

「シロム様、それでは私を従者にして頂けるのですね! ありがとうございます! 精一杯務めさせていただきます。」

「と、とりあえず旅の間はです。」

 アルムさんの件についてはある程度妥協するしかないというのが、悩みに悩んだ末に僕が出した結論だ。もちろんアルムさんと結婚する気はない。本当は直ぐにでもジーラさんの元に送り届けたいのだが、それをすれば往復で数日、アルムさんの説得に時間を取られればそれ以上の時間をロスすることになる。アーシャ様の行方について貴重な手掛かりが得られた今は時間のロスを避けたい。となればアルムさんの件はアーシャ様が見つかるまで先送りにするしかない。従者にするというのは、僕がアルムさんの旅の費用を出すのに気兼ねをさせないための方便だ。

「いらっしゃいませ、3人様ですね。お食事ですか、それともご宿泊ですか。」

 中に入ると直ぐに声が掛った。カウンターの奥にいる中年のちょっと小太りな女性だ。

「宿泊です。部屋はふたり部屋とひとり部屋をそれぞれひとつお願いしたいのですが、大丈夫ですか?」

 マークが女性に答える。僕はもちろんマークだって宿屋に泊まるのは初めてだろうに、まるで旅慣れている様な口ぶりだ。ちなみに今までは町には立ち寄ったものの夜はすべて野宿で過ごした。ドラゴニウスさんが発見される可能性を考えてのことだ。

「ほい、部屋はいつでも開いているよ。ひとり1泊朝食付で銀貨10枚さ。おや、フードを被っていたから分からなかったけど皆若いね。悪いけど前金でお願いできるかい?」

 僕達が子供だからお金を持っているか不安に思ったのかもしれない。アルムさんは僕達より何歳か年上なのだが小柄なので幼く見える。マークが銀貨10枚、僕がアルムさんの分も含めて銀貨20枚を払うと安心した様に微笑んだ。

「お兄さんたちは見かけない顔だね。恰好からして鉱山の関係者でもなさそうだけど。」

「鉱山ですか?」

「おや知らないのかい。近くに魔晶石の鉱山があってね、良質の魔晶石が取れるので結構有名なんだよ。」

「そうなんですね。僕達は遠くから来たので知りませんでした。ちょっと人を探してまして。」

「おやまあ、こんな所まで人探しとはご苦労さんだね。ゆっくり休んでいっておくれ。後で身体を拭くための湯を持って行くよ。それと宿泊には朝食は付くが、夕食は別料金だ。宿の食堂で食べても良いし、外に食べに行っても良いよ。もっとも小さな町だからね、食堂たって3軒しかないけど。」

「分かりました。」

 その後、部屋の鍵を受け取り2階の自分達の部屋に入ろうとしたのだが、何故かアルムさんがふたり部屋の方に入って来る。

「ア、アルムさんの部屋は隣です。」

 と言うと驚いた顔をする。

「そ、そうなのですね。てっきりシロム様と私の部屋だと.....。でも同じ部屋でないと従者としてシロム様にご奉仕できません。」

 ご奉仕って? いやいや、アルムさんと同じ部屋に泊まったりしたらマリアさんに殺されそうだ。

「ぼ、僕はひとりで大丈夫です。」

「とりあえず食事にしょうぜ、腹がへったよ。この宿の食堂で良いよな。」

「そうだね。アルムさんもそれで良いですか?」

「じ、従者の私もご一緒してよろしいのですか?」

「あー、まどろっこしいな。シロム、お前が連れ出したんだから、もう責任取って結婚しちまえ。」

「なっ! 何を? そんなこと出来るわけ無いだろう。僕にはカンナがいるんだ。」

「カンナとも結婚すれば良いじゃないか。法律上は何の問題も無い。」

「そんなこと出来るわけないだろう。」

 いくら親友とは言え無茶を言い過ぎだ。確かにカルロ教国の法律では男性は3人まで妻を持つことができる。これはカルロ様が3人の妻を持っていたことに基づくものだけど、実際に複数の女性と結婚する人はほとんどいない。そんなことをしたら周り中から白い目で見られるに決まっている。

「それは一般人の場合だ。」

「僕は一般人だよ。」

「違うな。シロム、お前は一般人じゃない。300年ぶりに我が国に現れた預言者様だ。カルロ様の再来で神に近い存在なんだ。その預言者様が何人妻を持とうがとやかく言う奴がいるわけが無い。」

「アルムさん、違いますからね。マークの言う事は信じないで下さい。僕はそんな大それた者じゃありませんから。」

「はい、私はシロム様にお従いするだけです。」

 アルムさんはそう返すが、嬉しそうな顔を隠しきれていない。心の中でマークを呪った。僕にそんな度胸があるわけないじゃないか......。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

処理中です...