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12. アーシャ、イタリ料理の店を目指す

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(アーシャ視点)

 心の中で謝りながらシロムさんについて道を進む。イタリ料理店は神殿街にあるらしく、町の反対側なので少し距離がある。

 途中で古い城壁の開口部を通過する。この町の周りにあるとうさまが作った城壁の半分の高さも無い。シロムさんの説明によると、この城壁が神殿街と下町の堺になっているそうだ。

「この城壁はここが町になった時に最初に作られた城壁です。当時住んでいた人達の手で作られたものです。当時この町の人口は少なくて、この城壁の内側だけで充分だったらしいです。でもその内に人が増えて土地が足りなくなって困っている時に、神が現在の城壁を作って下さり町を広げることが出来たと聞いています。」

 これを人間が作ったのかと驚く。石を運んで来るだけでも大変な作業だっただろう。人間の力も侮れないな。半分人間の私は少し嬉しくなった。現在この城壁は使われておらず、開口部に有ったはずの門扉も取り払われており、下町と神殿街は自由に出入り出来る様だ。

 城壁を通り過ぎ、大きな通りに沿って歩を進めていると突然、

「キャーーーー!」

と言う悲鳴が前方で上がった。

「子供が馬車に曳かれたぞ!」
「馬車の前に飛び出したんだ。」
「動かしてはダメだ。」
「医者だ! 早く医者を!」

 色々な声が辛うじて聞こえて来た。千里眼で状況を確認すると、停止した馬車の傍に5~6歳の男の子が横たわっている。背中の上を馬車の車輪が通過したらしく背骨や内臓にかなりの損傷がある。右手にもかなりの怪我があり辛うじて繋がっているという感じだ。放って置けば命はない、でも私なら助けられるかもしれない。

「こっちに来てください。」

 私はシロムさんとカンナさんを引っ張ってすぐ傍にあった路地に入り込んだ。路地に入ってからふたりを見つめて言う。

「子供が死にかけています。姿を消して助けて来ますので、私が消えるのが見られない様に私の前に立って隠して下さい。」

 それを聞いてシロムさんは直ぐに理解してくれたが、当然のことながらカンナさんは戸惑っている。

「何? どうしたって言うの?」

「カンナには僕から説明します。お早く。カンナ、後で説明するから今は言う通りにしてくれ。」

シロムさんが私の前に立ち、カンナさんを引っ張って自分の横に立たせる。

 私は建物の壁とシロムさんとカンナさんに囲まれる形になり人々の視界から隠れる。大丈夫なことを確認してから身体を透明化し、そのまま宙に浮かんだ。

 事故を起こした馬車の周りに集まっている人達の上を飛び越えて、怪我をした子供の傍に降り立つ。地面に横たわる子供からは沢山の血が流れ出ていて一目で危篤状態だと分かる。

「カイル、カイル、もうすぐお医者様が来るからね。しっかり。」

 子供の傍では顔を真っ青にした女性が声を掛けながらしきりに子供の身体を揺すっている。恐らく母親なのだろう。

「動かしてはいけません。今から治療しますので少し離れて下さい。」

私が声を掛けると女性は辺りを見回すが、透明化している私を見つけることは出来ない。余計に混乱させた様で硬直して動かなくなってしまった。

 仕方がない、私は少しだけ透明化を解除する。これならここにいると分かっても、容姿までは認識できないはずだ。

「私は聖なる山の神の娘です。さあ早く。」

そう追加すると女性は弾かれた様に場所を開けた。同時に周り中から驚きの声が上がる。

御使いみつかい様だ! 」
御使いみつかい様がなぜこんなところに」
「透けて見える!」

 周りの声は無視。今は治療だ。

 子供の胸に手を置きそこから神気を流し込む。血管を繋ぎ、神経を繋ぎ、骨や関節を修復する。それからダメージを受けた組織の修復に手を付ける。人体の修復はほとんど経験がないから何度も確認しながら慎重に.........。

「通してくれ、神官様をお連れしたぞ!」
「私は回復の奇跡が使えます。通して下さい。」

 遠くから声が聞こえた。回復の技を使える神官が駆けつけた様だ。でもこの怪我は人間には治せないだろう。後遺症を残さないためにも最後まで治療すると決めた。

 神官は金髪の女性だった。こちらを見るなり私に跪いて祈りの姿勢になる。私の神気が見えるのだろう。邪魔をしないでくれるのはありがたい。

 しばらくして組織の修復も終った。あとは無くした分の血液を増やして完了だ。

「もう大丈夫。カイル君起きて下さい。」

そう声を掛けると子供は目を開け、きょとんとした顔で上半身を起こした。

「こんどから飛び出してはダメですよ。」

と頭を撫でながら言うと恐怖に固まった顔でコクリと頷く。なぜ? と思ったが、自分が今半透明なのに思い至った。こんな人間がいきなり目の前に現れたら驚くよね。

 子供を立たせて歩行にも異常がないことを確認してから母親の方に押しやると、「ママ~」と叫びながら両手を広げて待ち構える母親の胸に飛び込んだ。

「御子様、感謝いたします。」

と母親が頭を下げる。

「気にしないで下さい。神官さん、せっかく駆けつけて下さったのに勝手なことをしました。御免なさいね。」

「とんでもございません。出血の量を見れば私の力では足りなかったことは明白でございます。」

「そう言っていただけると助かります。それではこれで失礼しますね。」

「お待ちください。どうか神殿までお越しいただけないでしょうか。神官長からもご挨拶を........」

 申し訳なく思ったけれど、神官が話し続けるのを無視して空中に浮かび、こちらを見上げる人達に手を振りながら上昇する。そして身体を完全に透明化して姿を消すと、神気を発さない様に注意しながらシロムさんとカンナさんの傍に降り立った。

「お待たせしました。元に戻りますのでもう一度後ろに隠れさせてくださいね。」

そう言ってから、ふたりと建物の壁との間に滑り込み透明化を解除する。

「さあ、イタリ料理の店に行きましょうか?」

ふたりの後から抜け出してそう声を掛けた。

「あ、あのアーシャ様、私大変失礼なことを何度も.......」

「ストップ! 話は歩きながらしましょう。それにカンナさんは失礼なことなんて何もしてないですよ。私こそ二葉亭に案内してもらったり、今日は服を買うのに付き合ってもらったりして感謝しています。さあ出発しましょう。」

 そう言って歩きだすと、カンナさんは慌てて付いて来る。先ほどの事故現場まで来ると、沢山の人達がまだ興奮して互いに話をしている。あまり大騒ぎしないで欲しい......。

御使いみつかい様を目にすることが出来るなんてな。すごい幸運だな。」
「空を飛ぶなんてすごい。流石は御使いみつかい様だ。」
「なぜ透明だったのかな。」
「そりゃ御使いみつかい様だからだろう。」
御使いみつかい様じゃなくて御子様らしい。神の娘だとお名乗りになったって話だ。」
「御子様か! きっとお美しいお方なのだろうな。」

 緊張しながら足早で進む。

「キルクール先生だわ。」

カンナが先ほどの神官の方を見て口にした。

「本当だ。先生の家はこの近くなのかな。きっと怪我人が出たと聞いて駆けつけてくれたんだ。先生は回復の奇跡の技が使えるからな。」

 回復の技か.......人間の中には弱い神力を使える者もいると聞いたことがあるけど、実際に会ったのは初めてだ。いや、念話も神力が無ければ使えないからシロムさんもそのひとりだな。

 キルクール先生は興奮した様子で先ほどの母親と話をしていて、こちらには気付いていない。これ幸いと、カンナさんとシロムさんに合図して声を掛けずに通り過ぎた。先生は御使いみつかいの声を聞いているから、私の声を聞いたら同一人物と気付くかもしれない。
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