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57. 苦言を言われるソフィア

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(ソフィア視点)

 ケイトさんに言われた通り、ドラゴンの姿のトムスに乗って王都に戻る。私が谷底の道に現れたことは護衛の兵士達から王都や各族長達に連絡が行っていたらしく、行方不明という事にはなっていなかったが、カミルとエミルには泣きながら2度としない様に嘆願された。「御免なさい」と謝ってなんとか勘弁してもらう。王都には、知らせを聞いたエルフとオーガの族長が駆けつけて来ていた。エルフの族長が私の顔を見るなり、

「ソフィア様、女王としてのご自覚をお持ちください。」

と苦言を言われる、心配させたのだろう。だが、オーガの族長は嬉しそうだ、

「ソフィア様のお陰で、援軍が谷底の道を通過できたとお聞きしております。その上、谷底の道を破壊した謎の敵も撃退してくださったとか。流石ですな。それでこそ我らの王です。ハッハッハッ!」

と笑い出した。

「オーガの族長! 笑いごとではありません。ソフィア様に何かあったらこの国がどうなるか...。いいですかソフィア様。ソフィア様はこの国の要なのです。ソフィア様の代わりはいないのです。決して危険なところには近づかれません様。お願い申し上げます。」

「そうかもしれぬが、自分の事だけを考えている王など国民が付いて来ぬよ。儂はソフィア様はこのままで良いと思うぞ。」

とオーガの族長が反論する。

「エルフの族長、御免なさい、今回のことは私の短慮でした。少なくとも族長の皆様に相談の上行動すべきだったと反省しています。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。でも、オーガの族長のおっしゃる通り、兵士の皆さんが命懸けで戦って下さっている時に、王だからと言ってひとりだけ安全な所に居るなどできません。今回の様に短慮に走ることはしないとお約束しますが、戦うべき時には私も戦います。それはご承知おき下さい。」

と私が返すと、少しは納得してくれた様だ。

「出過ぎたことを口にしたようです。思慮が足りなかったのは私の方かもしれません。ご容赦下さい。」

と言ってくれた。

 その夜、私はサマルに乳を飲ませながら考える。実際、自分でも女王としてどうすべきだったか確信はない。カラシンさんのことが心配のあまり短慮だったのは確かだ。でも、よく考えても同じことをしたのではないかなとも思う。族長達に連絡してからというのはあるが...。やっぱり、私の指針はサマルが大きくなった時に誇りをもって自分のしたことを話できるかどうかだな。

「サマル...、わたし立派なお母さんになれるかな?」

と話しかけた。




(宰相視点)

 ボルダール伯爵領に送り込んだ特殊部隊から、谷底の道の通行不能に成功したとの報告が入った。魔族の国では兵士の多くが城に集められているから、国境の監視が緩んでいるだろうと考えたが想像通りだ。もちろん谷底の道は魔族の兵士に厳重に守られていただろうが、まさかたったふたりの兵士で攻撃してくるとは想定していなかったに違いない。神の力の魔道具を欠陥品と判定した研究所の所長に見せてやりたいものだ。同じことを何百人という魔法兵で行おうとすれば道を破壊する前に発見されて戦闘になっていただろう。これでアルトン山脈の東側からの増援部隊はこちらに来ることが出来なくなった。もちろん魔族の国では必死になって道を修復するだろうが、修復されそうになったら再度破壊すれば良い。破壊だけなら神の力を使えば容易だ。

 これでボルダール伯爵領奪還の準備は整った。準備に時間を掛けていたのは、ひょっとしたらオーガキングを失った魔族の軍が勝手に瓦解してくれるのではないかとの期待があったからだ。オーガキングというカリスマがいなくなれば、魔族の種族間で意見が対立し、国としての統一行動がとれなくなる可能性が高い。国がその様な状態なら、こちらが大軍を国境に置けば城からも町からも逃げ出す魔族が続出するのではないかと期待した。だが偵察兵の話ではそのような様子は見られないという。情報収集のために捕まえた町や村の人間達から聞き出した話では、オーガキングの死後、女王が即位したらしい。以外にもその女王とやらが国をまとめている様だ。城に送った再三の降伏勧告にも乗って来る気配はない。最上の戦い方は戦わずに勝つことだ、戦わなければ味方に損失が発生しないからな。だが人生はそう簡単に思惑通りにはならない物の様だ。

 まあ良い、それなら戦うまでだ。こちらの兵力は35万。城を攻め落とすには十分だろう。心配なのはドラゴンだけだ。ドラゴンならアルトン山脈を飛び越えてこちらに来ることができる。だが、こちらにも神の力がある。神の力がドラゴンにも有効なことは王都の城を襲ったドラゴンで実証済みだ。それに、ドラゴンを操れるのはオーガキングだけだった可能性も強い。戦争が起きるというのに一匹も姿が見えないからだ。ひょっとしたらオーガキングが死んだ今、ドラゴンのことは心配する必要すらないのかもしれない。

 城にいる兵士は偵察兵の報告から多く見積もって1万だ。今の兵力なら勝つだけなら容易い。だが、兵達には出来る限りの魔族を生け捕りにするように申し付けてある。捕虜にした魔族に隷属の首輪をつけて、人間の軍隊から逃げて来た敗残兵としてアルトン山脈の東に送り込み、内部から谷底の道を占拠させる計画だ。一旦我が国の軍が谷底の道を抜けることができればこちらの勝利は決まった様なものだ。

 それにはどれだけの魔族を生け捕りに出来るかが鍵となる。だからすぐに攻めはしない。功を焦っては敵が玉砕覚悟で攻めてくるかも知れない。やるのは兵糧攻めだ。

 俺は城を大量の兵で2重、3重に取り囲ませた。このまま城内の食糧が尽きるのを待つ。飢えで体力を低下させ、満足に動けなくしてから攻め込めば生け捕りにするのも容易いだろう。長期戦になるが、こちらはこの領の農民達から食糧を奪えば良い。敵国の人間だ遠慮は不要だ。




(カラシン視点)

 遂に人間の国の軍隊が動き出した。こちらに引き付ける必要も感じないほど、全軍がまっすぐにこの城に向かってくる。こちらの思惑通りだが何か不気味だ。敵軍は城に到着すると、そのまま周りを取り囲み陣を敷き、攻めてこない。いよいよ闘いが始まると身構えていた俺達は狐に摘ままれた気分で敵を眺めていた。

「これは兵糧攻めをするつもりかもしれません。」

とトーマスが口にする。そうかもしれない。兵糧攻めは悪い手ではない。時間は掛かるが、うまくやればほとんど戦わずして敵に勝つことができる。だが、敵は判断を誤った様だ。こちらには農民の義勇軍が運び込んでくれた食糧がたんまりある。1年は粘れるだろう。心配なのは、この領の住民だ。特に農民は搾取の対象となりやすい。

「心配は無用です。すぐに援軍が到着します。既に谷底の道を抜けたと連絡がありました。ソフィア様が見送りに来てくださったそうですよ。」

とジョンが言う。ソフィアが? そんな話は聞いてなかったが、谷底の道までならそれほど危険は無いだろう。名前を聞くだけで、ソフィアとサマルに会いたくなる。だが、今は我慢だ。援軍が到着するまではこちらも動けない。

 それにしても敵の数は多い。30万以上いるらしい。流石にこれだけの兵力が相手では、増援部隊が到着しても勝つことは出来ないだろう。だがトーマスが言うには半分以上は貴族達の私兵だそうだ。確かに城壁の上から眺めると様々な色や形の鎧が混在している。と言うことはロジャー達義勇兵の作戦がうまく行けば、敵の数は半分に減るわけだ。農民達に頼ることになるとは思わなかったが、今は待つしかない。魔族の国もこれ以上の増援部隊を送るのは難しいらしい。

「それで、敵の本陣はあそこかな?」

と俺はある方向を指さす。明らかに正規軍と思われる鎧をつけた兵士が固まっている中に、豪華なテントが張られている。人間の国の国王、または宰相のギランがあそこに居るのだろう。

「そうだと思います。さすがにあそこに攻め込むのは困難ですが、戦いというのは何が起きるか分かりませんよ。」

とトーマスが訳知り顔で言う。

 それから半月、戦いらしい戦いの無いまま時が過ぎた。この城の守りは強固だ、門の前の堀に掛かる跳ね橋を上げてあるから敵はそれ以上近づけない。城壁も高く投石器を使っても城内を攻撃することは不可能だ。城に閉じこもっている限り敵は手出しできない。もっとも戦いが無いのは城の周りではと言う意味で。エルフの増援部隊には活躍してもらっている。エルフの増援部隊1万人は100人単くらいの部隊に分かれ直轄領の各地に散った。もちろんラミアの兵士が持参している通信の魔道具で連絡は密に取り合っている。彼らに依頼しているのは農民達の警護だ。

 人間の国の軍隊は30万を超える大部隊だ。当然必要とする食糧も膨大なものになる。兵糧攻めの様に長期戦を覚悟するならなおさらだ。正規兵の食糧は国が面倒を見るかもしれないが、貴族達の私兵の食糧まで面倒を見てくれるかどうかは疑わしい。ならば、貴族達は自分の領地から食糧を持って来させるか、現地で調達するかどちらかを選ばなければならない。恐らく後者を選ぶ貴族が多いだろう。狙われるのはこの領の農村だ。そう読んだトーマスの意見で、増援部隊には農村や町の防衛の役目を担ってもらっている。

 こちらの強みは三つ、ひとつ目は増援部隊のほとんど全員がファイヤーボールを放てる魔法使いであること。特にエルフの魔力は人間よりも強いからファイヤーボールの飛距離も長い。敵の矢が届かない距離からの攻撃が可能だ。もうひとつはラミアの兵士が持つ探査の魔道具。これで敵兵の位置と数を広範囲で正確に把握できる。これがあれば敵が暗闇に紛れて攻めてこようとしても、どの様に巧妙に姿をかくしても無意味だ。戦争において敵にこちらの情報を知られることは致命的とも言える。最後に農民や町の人達が味方であること。増援部隊は行く先々で歓迎され食糧の提供はもちろん、道案内等様々に協力してくれているらしい。少数ながら開拓村の人間も部隊に加わってくれているし、町には魔族語を話せる者がかなりいる。それらの人達が通訳として間に入ってくれているので農民とのコミュニケーションも可能らしい。

 さらに付け加えるなら、敵が弱いというのもある。貴族の私兵は下級冒険者に毛の生えた様なものだ。その上馬の数も少なく、ほとんどが徒歩で機動力は互角だ。人数も少ないことが多い。もともと貴族の私兵は小規模な部隊が多いことと、城の包囲に主力部隊を残さないといけないから、略奪隊はせいぜい数十人規模らしい。増援部隊はそれらを次々に各個撃破してくれている。貴族達はほとんど食糧の調達が出来ていないはずだ。
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