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55. ソフィアに会うラミア娘達

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(アイ視点)

 人間の国の兵隊に襲われていた村を助けた夜、私は眠れなかった。目を瞑ると私のファイヤーボールを浴びて焼け死んだ兵士の叫び声がどこからか聞こえて来る気がする。あの苦痛に歪んだ顔...。私のことを恨んで死んでいったのだろうな...。

「アイ...」

と耳元でささやかれ、思わず「ヒッ」と言って跳び起きた。声を掛けて来たのはサラだ。

「なんだサラか、驚かさないでよ。」

「何だか怖くて眠れないの。お願いだから少し付き合ってよ。」

「サラもか、でもカンナやケイトさんがいるから静かにね。ちょっと外に出ましょうか?」

私はサラを誘い、カンナとケイトさんを起さない様にそっとテントの外に出た。今夜は満月で、月明かりで結構明るい。少し離れたところにある護衛の兵士さん達のテントの近くで小さな焚火が燃えており、兵士さんがふたり火の傍に座っている。交代で見張りをしてくれているのだ。

「ケイトさんの言っていたとおり、いい経験じゃなかったわね。」

とサラが言う。敵兵を殺したことを言っているのだろう。今日の戦いではサラもひとり殺している。

「そうね。でも仕方なかったと思う。もう一度同じことが起きたら、やっぱり戦うわ。」

「アイは強いなあ...。」

「強くは無いわよ。実はサラと同じで私も眠れなかったの。ケイトさんみたいになるにはまだまだね。」

「おじょうさんがた、どうかしましたか?」

と焚火の傍から兵士さんのひとりが話しかけて来た。マルクさんだ。マルクさん達も長い間一緒に旅をしている間に、すこし魔族語が話せる様になった。

「眠れなくて。」

とサラが答えると、マルクさんは納得した様に頷いた。

「それがふつうですよ。おれたちも、さいしょはそうでした。」

「私達も座って良いですか?」

と私が尋ねると、「もちろん」と返って来たので、サラと一緒に焚火の傍にすわる。マルクさんと一緒に見張りをしているカーリさんが、焚き木を少し放り込んで火を大きくしてくれる。

「今日は村人達の治療をありがとう。何人もの村人が命を救われたと聞いたよ。」

とカーリさんが言う。カーリさんは兵士さんの中で一番魔族語が上手になった。その理由はサラと仲が良いからと確信している。

「あれはケイトさんが渡してくれた回復薬のお陰よ。私達の回復魔法では限界があるもの。ケイトさんは不思議な人ね。ソフィア様のお作りになった回復薬をもっているなんて。」

とサラが言うと、マルクさんが口を開いた。

「ソフィアさまは、けいとさんが、ぼうけんしゃだったとき。なかまだったんです。おれも、いちどだけ、いっしょに、たびをしたことが、あります。」

なんとマルクさんは、もともとケイトさんと知り合いだったとは知っていたが、ソフィア様とも面識があったとは驚いた。それにしても、ソフィア様が精霊王様が住む森の深奥を出られてから、王都に来られるまで何をされていたのかは謎だと言う噂だったけど、ケイトさんと一緒にお暮しになっていたとは。なんとも驚くことばかりだ。だが本当の驚きはこの後にやって来たのだった。

 それから何日も旅は続き、私達はようやく谷底の道が見えるところまでやって来た。谷底の道に近づくと沢山のエルフの兵士達とすれ違う。これから人間の国との戦いに出向くのだろう。少数だがラミア族の兵士も混じっている。私たちが馬車の窓から手を振ると、エルフの兵士もラミアの兵士も嬉しそうに手を振り返してくれる。この人達が無事に帰って来ますようにと祈る。その内、ラミアの兵士のひとりが、

「今、谷底の道の出口にソフィア様がいらっしゃる。急げばお顔を拝見できるかもしれないぞ。ドラゴンを従えておられるから驚くなよ。」

と教えてくれた。ソフィア様のお姿を見ることができる! 戦場に出向く兵士達を見送りに来られたのだろうか? もちろん、私達は谷底の道に急いだ。そして、先ほどのラミアの兵士が教えてくれた通り、谷底の道の入り口には、巨大なドラゴンの姿と、その横に立つ金髪の人間の女性の姿が見えた。タイミング良く、ソフィア様のお顔が見えるところまで来た時は、ちょうどエルフの兵士の最後のひとりが谷底の道から出たところだった。

「ケイトさんはソフィア様とお知り合いなんですよね。私、ご挨拶したいです。紹介してもらえませんか?」

と思わずケイトさんに尋ねた。こんなチャンスは2度と無いだろう。すぐにサラとカンナが「私も」と言って来る。ケイトさんはちょっと考えていたが、笑顔で、

「いいわよ、私もソフィア様と話がしたいしね。」

と言ってくれた。

 私達は馬車を開けた場所に止めた。馬車に乗ったまま女王様に近づくなんて失礼極まりない。それから護衛の兵士さん達には馬車の傍で待ってもらって私達とケイトさんだけで、ソフィア様の方に近づく。兵士さん達を残したのはソフィア様に警戒されないためだ。

 だが、そんな配慮は不要だった様だ。ソフィア様は私達の方をご覧になったと思ったら、驚いた顔で、こちらに向かって駆けて来る。何? 何? 私達何か失礼なことをしたのだろうか? とドギマギしたが、ソフィア様はそのまま、

「ケイトさーん!」

と叫んで、満面の笑みでケイトさんに抱き付いた。知り合いだとは聞いていたが、想像以上に親しい様だ。ケイトさんの後で、私達はあわてて身体を低くして頭を下げた。

「ケイトさん、こんなところで会えるなんて夢の様です。直轄領で通訳の仕事をしていると村長さんから聞いていたので心配していたんですよ。無事でよかったです。」

と笑顔でケイトさんに告げるソフィア様。本当に嬉しそうだ。

「ソフィアこそ、女王様になったと聞いた時は驚いたわよ。それに子供が生まれたそうね、おめでとう!」

「ありがとうございます。サマルという名です。カラシンさんが名付けてくれました。」

「まあ、院長先生と同じ名前ね。」

「ええ、カラシンさんの尊敬する先生らしいです。」

「確かに良い先生だったわ。私達孤児のことを真剣に考えてくれていた。でも院長先生もまさか自分の名前が王子様に付けられるとは夢にも考えてなかったでしょうね。」

「王子様ですか?」

「そうよ、女王であるソフィアの子供なのだから当然じゃない。」

「そうか、そうですよね。まだ実感がなくて...。」

「まあ、急だったから無理はないけどね。それより、カラシンは元気にしてる?」

ケイトさん、ソフィア様だけでなく王配のカラシン様まで呼び捨てだよ...。

「ええ、でも...。」

「分かってる。今は将軍として直轄領の城に居るのよね。」

「そうなんです。私、心配で...。」

と言いかけたソフィア様は、私達が頭を下げているのに気付いたのだろう。慌てた様に言った。

「御免なさい。皆さん頭を上げて下さい。ケイトさんと一緒に身分証の発行に回って下さっていたラミア族の方達ですよね。」

「ラミア族のアイと申します。女王様にお声を掛けていただけるとは、光栄の至りでございます。」

「サラです。」

「カンナと申します。」

とサラとカンナも名前を述べる。

「とても優秀な子達よ、おかげで楽しく仕事ができたわ。戦争のために中断するのが残念だった。あと少しで任務完了だったからね。」

とケイトさんが口を添えてくれる。

「まあ、そうなんですね。アイさん、サラさん、カンナさん、身分証発行の仕事をしてくれてありがとうございました。そして、御免なさい。中断になったのは戦争をすると決めた私の責任です。」

「ソフィア様、とんでもありません。マルシ様を殺されて戦いにならない方がおかしいです。私達も兵士さん達と一緒に戦いたいくらいです。」

「アイさん、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいです。」

「それでソフィアは兵士を見送るためにここに来たの? 護衛もいない様だけど。」

とケイトさんが尋ねる。私も不思議に思っていた。いくらドラゴンが居るとは言え女王がたったひとりなんて考えられない。

「やはりバレちゃいましたか。実は...。」

とソフィア様が話した内容は大変なものだった。谷底の道の上の崖の崩落。それを起したドラゴンとも対等に戦う謎の敵。

「それは調べないといけないわね。ひょっとしたら人間の国の新兵器かもしれない。そのとんでもない威力からして、放って置いたら戦局を左右するかも。」

とケイトさんが言う。確かにその通りだ。これは私達の出番かもしれない。

「ソフィア様、その敵の死体があるのはこの近くなのですよね。この件は私達に任せていただけませんか? 人間や魔族がそれだけの威力の魔法を使えるとは思えません。きっと何かの魔道具を使ったのです。魔道具なら私達ラミアの得意分野です、調べれば何か分かるかもしれません。」

「それなら私も一緒に行きます。まだ他にも敵がいるかもしれませんから。」

「ソフィア!!! あなたはまだ自分の立場が分かっていないのね。あなたは女王なのよ、あなたに何かあったら魔族の国は大変なことになるの。それなのに、あなたはたったひとりでドラゴンに乗って飛んできた。今頃王都は大騒ぎになっているわ。あなたは直ぐに王都に返りなさい。危険だったらなおさらあなたは来てはいけないの。分かった?」

「ひゃぃ、ごめんなさい。」

 せ、説教した。ケイトさん、ソフィア様に説教したよ。完全に上から目線だ、不敬罪に問われるよ。でも、ソフィア様は素直に謝っているし...。

 その後のケイトさん主導の話し合いで、ソフィア様はドラゴンに乗ってただちに王都にお戻りになり、敵の死体は私達が調査すること、念の為にマルクさん達だけでなく、谷底の道を警護しているオーガの兵士3人に同行してもらうことが決まった。いや、決まったというよりケイトさんが決めた。完全にソフィア様よりケイトさんの方が立場が上だ。私はとんでもない人と知り合いになってしまったのかもしれない...。
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