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51. 戦争を始めるソフィア

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(ソフィア視点)

 ジョン隊長から通信の魔道具でオーガキングが亡くなったとの知らせを受けた時は思わず座り込んだ。だが、胸に抱いていたサマルに意識が及ぶと背筋が伸びる。私はこの子のお母さんだ。この子が生きて行くことになるこの国を守らなければならない。

 それから、ジョン隊長にオーガキングが亡くなった経緯を確認する。人間の国の王が乗った馬車の爆発、オーガキングやオーガの兵士に落ちた雷、そして空を飛んで逃げたと言う人間の国の宰相ギラン。馬車の爆発はどうやったのか分からないが、雷や飛行についての魔法には心当たりがある。雷の魔法は威力は劣るが私も使えるし、飛行の魔法はお母さんが得意だった。馬車の爆発にしてもいくつかの魔法を組み合わせれば可能だ。

 問題はどうやったら人間である宰相にそんな強力な魔法が使えたのかだが、人間の国に乗り込んだお母さんが返り討ちに会ったことを考えると、否定は出来ない。強力な魔法を使う何らかの手段があるのだ。でも制限があるのも確かだ。でなければ逃げ出す必要が無い。

 その後は、ただちにすべての族長に連絡を取る。全員が集まっている時間はない。オーガキングの屋敷にある会議用の通信の魔道具を使っての緊急会議だ。オーガキングが亡くなったことは既に連絡済みだが、全員で話をするのは初めてだ。

「ソフィア様、何としてもマルシ様の仇を取らねばなりません。宰相とかいうのが犯人ならば、我ら魔族の総力を上げて人間の国に攻め込むべきです。」

とオーガの族長が言う。

「待ってください。戦争に成れば多くの国民が傷つきます。それはマルシ様の望むことではありません。戦争は避けるべきです。マルシ様はそのために努力されていたのですから。」

とエルフ族の族長が意見を述べる。

「戦争を避けるならアルトン山脈から向こうは切り捨てるべきだろう。元通り魔族の国はアルトン山脈から東だけにするのだ、そうすれば人間共は攻めて来られない。」

とドワーフ族の族長が追加する。

「それはマルシ様の望まれることではないでしょう。直轄領の人間達は今や魔族の国の国民なのです。マルシ様は彼らを見捨てるなんてお望みになりません。」

とアラクネ族の族長が言う。ちなみにアラクネ族の族長も女性だ。

「ソフィア様、やはり精霊様方の助力は得られないのでしようか。」

とラミア族の族長が口にする。精霊王の養女である私に対して当然の質問だが、これについては質問したラミアの族長も答えは分かっているはずだ。精霊は魔族や人間の戦いに関与しない。これが精霊王であるお母さんが決めた理だからだ。

「儂は何が正しいのか分からん。ここはソフィア様にお任せするだけじゃ。」

と人間族の族長である村長が口にする。正直言って、私にも何が正しいのか分からない。だけど、幼いサマルが成長したときに、誇りをもって私達が何をしたか伝えられる様にしなければ、と思うと心は決まった。

「直轄領の人間達は見捨てません。彼らは既に魔族の国の国民です。彼らを見捨てるのは魔族の誇りを捨てる行為です。私は誇りを捨てたくありません。戦争は避けたいですが、そう出来る見込みは薄いでしょう。私達はマルシ様を殺されたのです、これ以上の宣戦布告はありません。このまま何もしなければ、すべての国民が納得しないでしょう。

 そして戦争をするならば、私達の愛する国を守るためになんとしても勝たねばなりません。多くの犠牲が出るでしょう。ですが、勝たなければその犠牲すら無駄になります。この戦いは魔族の総力戦です。オーガ族、アラクネ族の兵士だけでなく、ラミア族、エルフ族、ドワーフ族、人間族すべての人達に戦ってもらうことになります。でなければ人間の国に勝てないでしょう。

 族長の皆様、この国の未来のために、どうか私に力をお貸しください。」

 私が話し終えると長い沈黙が訪れた。そして、しばらくするとオーガの族長が静かに、そして嬉しそうに笑い出した。その笑いは他の族長達にも伝染してゆく。

「マルシ様の目は確かだった様だ。俺達は確かに次の王を授かった。」

とオーガの族長か口にする。

「その通りよ。我らエルフ族はソフィア様について行きます。どうかお心のままにお進み下さい。」

「人間の国の奴等に思い知らせてやろうぜ。」

「我らラミア族はソフィア様に従います。」

「アラクネの力を見せてさし上げますわ。」
 
そして、最後に人間族の村長が口にした。

「ソフィア様、前々から考えておりました。魔族の国が人間の国を征服したらどれほど多くの人々が救われるかと。やりましょう。命を懸けるだけの価値がある戦いです。」

どうやら全員の賛同が得られたようだ。本当は勝つ自信なんてない。300年前魔族の国は人間の国と戦って敗れた。今回も同じかもしれない。でも私はサマルが自慢できる母親になりたい。そのためには怖がってなんていられない。

 その後は戦争を前提にして打ち合わせを行う。まず、決定したのは十分な用意ができるまで、こちらから人間の国へは攻め込まないこと。300年前の戦いでは、オーガキングの軍は一気に人間の国の王都に向かい進軍した。そのため兵站線が長くなったところを人間の軍隊に突かれて敗れた。同じ愚を犯すことは避ける。長期戦覚悟で臨むのだ。

 次に決まったのは直轄領に軍を集結すること。最初の戦闘は旧ボルダール伯爵領、現在の魔族の王の直轄地で起きるのは間違いない。逆にアルトン山脈の東は谷底の道があるから人間達の軍隊は簡単にはやって来られない。まずは直轄領の防衛に全力を注ぐ。

 族長達との打ち合わせの後、我家に帰って出迎えてくれたカラシンに抱き付いた。身体全体が震えているのが分かる。

「カラシン、私、戦争始める。沢山の人が死ぬ...。ごめんなさい。」

カラシンはしばらくの間、黙って私を抱いてくれ、私の震えが止まるのを待って優しく言ってくれた。

「大丈夫だ。俺はいつでもソフィアの味方だ。ソフィアは戦争を始めるのが正しいと信じているんだろう。だったらやれば良いさ。」

「ありがとう。カラシン...」

 私はカラシンの胸に顔を埋める。カラシンさんがいて良かった。私ひとりでは重圧に耐えられない。私の決定は沢山の人を殺すことになる。もちろん敵だけでなく味方もだ。本当はドワーフの族長が言った様に直轄領の人間達を見捨ててアルトン山脈の東に閉じこもれば戦いは回避できる。直轄領の人間達だって、元の苦しい生活に戻るだろうが殺されはしないかもしれない。なにせ魔族の国の国民になったのは、人間の国がボルダール伯爵領を魔族の国に移譲したからだ。彼らが望んでそうなったわけでは無いのだから。でも、税が3割になって彼らがどれだけ喜んでいるのか開拓村の人達を見れば想像が付く。彼らにすれば、もし魔族達がアルトン山脈の東に逃げれば魔族の国に裏切られたと感じるだろう。自分達は見捨てられたのだと。私自身、アルトン山脈の東に閉じこもるのは彼らへの裏切りだと思う。そんなことサマルに話したくない、だから私は戦争をする。完全に私の我儘だ。私の我儘の為に沢山の人が死ぬのだ。
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