魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

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41. 代行官になったジョン隊長

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(ジョン視点)

 まったく人生何が起きるか分からないものだ。今、俺は元ボルダール伯爵家が所有していた城にいる。身分はオーガキングの代行官、ボルダール伯爵家が所有していた領地の最高責任者だ。俺以外に適任者はいなかったのかよと愚痴りたくなる。

「領主がそんな顔するものじゃない。指揮に関わるぞ。」

と参謀のトーマスが言う。彼は元々は魔族の国に近い町のギルドマスターだった。俺とは冒険者時代からの長い付き合いで、俺がオーガキングからこの領地の代行官に任命されたとき、なぜかケイト達の仲間になっていた彼に頼み込んで参謀になってもらった。組織運営に明るい貴重な人材だ。彼が居なければとてもここまでやって来られなかっただろう。

「領主じゃない代行官だ。俺を貴族様みたいに言うんじゃない。」

「そうは言ってもな。周りから見ればお前は立派な領主様さ。しかも評判も悪くない。」

「それはトーマスのお陰だよ。」

「そうでもないさ。俺は提案は出来るが決定権と責任は領主にあるからな。」

 事の起こりは半年前に遡る。ボルダール伯爵が王の返書を持って魔族の国に向かったとオーガキングに連絡を入れた後のことだ。数日してボルダール伯爵が開拓村まで到着したとの知らせが入ったと思ったら、その日の内にソフィアがボルダール伯爵の馬車で攫われそうになったと報告が入った。なんと、ソフィアは先王の一人娘ソフィリアーヌ様だったらしい。当然ながらオーガキングとボルダール伯爵の交渉は決裂し、ボルダール伯爵一行と誘拐の実行犯であるライルとか言う薬師は魔族の国で拘束された。

 さらに、精霊王様が空を飛んで人間の国の国王を殺しに向かったとの知らせが入った時には背筋が凍った。いくら愚王であっても、いきなり国王が殺されれば、この国がどうなるか分からない。王子達はまだ幼く、王は後継者の指名をしていないのだ。おそらく次の王を誰にするかで、それぞれの王子を後押しする貴族達が揉め出すだろう。揉めるだけなら良いが内戦に発展する可能性すらある。

 だがいつまで経っても王が殺されたとの噂は伝わってこない。その代わりに王城に野生のドラゴンが1匹入り込み、城壁を少し破壊した後どこかへ飛び去ったとの話が伝わって来た。ドラゴン? 精霊王ではないのか? 訳が分からないまま時が過ぎたが、ある日突然、町に宰相の一行がやって来た。しかもこれから魔族の国に向かうらしい。ただちにオーガキングに通信の魔道具で知らせたが、宰相の目的を尋ねられても俺自身が教えて欲しいくらいだ。

 だが、俺の疑問は魔族の国にたどり着いた宰相がオーガキングに語ったことで明らかとなった。なんと宰相は国王の代理としてオーガキングに詫びに来たのだ。宰相が言うには、ソフィリアーヌ様を誘拐しようとしたのは国王の意思ではなく、ボルダール伯爵の独断だったらしい。国王は姪であるソフィリアーヌ様を害する気は全くなく。今回のボルダール伯爵の行いには強い怒りと、それを防げなかったことに対して後悔の念を持っているとのことだ。

 人間の国の国王としては、当初の予定どおり魔族の国と平和的に交流を持ち共に友人として助け合いたいと考えている。そのこともあり、今回の出来事の詫びとしてボルダール伯爵の領地をオーガキングに譲りたいと申し出たという。

 宰相の主張はソフィアの誘拐は国王の指示だったと主張するボルダール伯爵の言と完全に食い違っている。オーガキングは宰相の言葉を信用したわけでは無いものの、おそらく戦争を回避したかったのだろう、国王の申し出を受諾しボルダール伯爵の領地は魔族の国の一部となった。オーガキングはボルダール伯爵領を王の直轄領とした。そしてこの新たな領地を治める責任者として白羽の矢が立ったのが俺と言うわけだ。まったく貧乏籤もいい所だ。

 もちろん、ボルダール伯爵領が魔族の国に移譲されるにあたって騒ぎが無かったわけでは無い。この領地が魔族領になることが伝わると。貴族や金持ち、それに役人や兵士達の多くは我先に領地を逃げ出した。後に残ったのは金もなく行く当てもない貧乏人ばかりだ。一方で農村では逃げ出す者は多くなかった。この領の人口の大部分を占める農民達の減少がわずかで済んだのはありがたかった。逃げ出しても野垂れ死にするだけだと分かっているのもあるだろうが、開拓村の人達だけでなく軍の依頼を受けて最初に魔族の国の開拓村を訪れた農民達の村の人達が総出で、残っても大丈夫だと宣伝して回ってくれたお蔭だ。

 代行官に任命されて、俺が真っ先に手掛けたのは3つ。ひとつ目は行政組織の確立だ。オーガキングは沢山の魔族を俺の部下として送ってくれようとしたが、それは必要最低限にしてもらった。魔族の人達は人間と言葉が通じないし、オーガが町や村に来たら怖がられるのが目に見える。そこで俺が目を付けたのが冒険者ギルドの職員だ。この領が魔族領となった途端、冒険者ギルドはこの領からの撤退を決めた。だがギルドの幹部は逃げ出せても職員たちはそうはいかない。俺は冒険者時代の伝手を頼って残った職員に声を掛けて回った。冒険者ギルドは領内のすべての町にある。職員も優秀な者が多い。一方、職員の方でも急に職が無くなって困っていたところだから利害が一致し、元冒険者ギルトの職員と建物を利用して行政組織を構築した。拝み倒して参謀となってもらったトーマスのお陰で何とか形になりつつある。治安維持のための兵士には低級冒険者達を採用するのに成功した。ギルドを通じて領地に残っていた冒険者達に呼びかけたのだ。低級冒険者にとって兵士は安定職としてあこがれの職だからここでも利害が一致したわけだ。

 ふたつ目は不作で食糧が不足している農村への食糧の供給。これは城の食糧蔵に入っていた膨大な食糧や逃げ出した貴族の家の倉庫に貯めこまれていた食糧から供給した。これにより魔族領になったことで戦々恐々としていた農民達の信頼を獲得することが出来た。

 3つ目は魔族の身分証の発行だ。住民全員に身分証を発行すれば、人間の国から来た人間と魔族の国の人間との区別が魔道具で容易く分かる様になる。人間の国から来た者の中にはソフィアを誘拐しようとしたライルの様な間者が紛れ込んでいる可能性があるから、この領の防衛のためにも急務だ。俺の要請に応じて、オーガキングは身分証発行用の魔道具を携えたラミア3人のチームを100チーム派遣してくれようとしたが、ここで問題が発生した。言葉の通じないラミア達が村や町を回ればトラブルになるのが目に見える。ラミアの中にも怯えている者が多いと言う。トクスが通訳として俺の部下になってくれているが、彼ひとりで全チームの面倒は見られない。そこで俺は開拓村の村人達に協力を呼び掛けた。開拓村の人達は魔族語を覚えようと努力してきた。たった半年ほどのことだから流暢にとはいかないが片言なら話せる者が結構いる。彼らに通訳として同行してもらおうと考えたわけだ。だが人数はせいぜい30人だ。だからラミアのチームも30チームくらいしか来てもらえない。これでは身分証の発行が終わるまでに1年くらいかかるかもしれない。魔族語を話せる役人の養成も急務だと痛感した。

 ちなみに税金や農村の税については、すぐに税率は変えないが納税者が生活できるだけの物は納税者の手元に残すと宣言した。例えば農村で平年並みの収穫があれば今まで通り半分を税としていただくが、不作で平年の6割しか収穫できなければ税は平年の収穫量の2割とし、納税者の手元には平年の収穫量の4割を残す。農民が生活するには最低でも平年の収穫量の4割が必要として、これだけの量は不作の年でも農民の手元に残すとしたわけだ。基本的に農民以外であっても納税者が生活できるだけの物は納税者に残すという考えは同じとした。この方針は領民から大いに歓迎された様だ。もちろん考えたのはトーマスだ。行政側は税収が不安定になるが、そこは税収の多い年に備蓄して、税収の少ない年に回せばよいとトーマスから説明を受けた。

 さらに領地運営開始から半年経った今、税率を今までの5割から3割に減らせる目途が立って来た。税金を湯水の様に使っていた領主や貴族達が居なくなったから支出が減ったのだ。税率を3割に下げると発表すればきっと領民は喜ぶだろう。

 ここまでは運が良かった。大きなトラブルもなく、おれは良き領主として評価されている。だが問題はこれからだと承知している。俺は正直言って人間の国の国王を信頼していない。ボルダール伯爵がソフィリアーヌ様を誘拐しようとしたことに対しての詫びとしてこの領地を差し出したなど信じられない。きっと裏がある。そうは思うが、だったら国王の狙いは何だと言われると答えられないのが歯がゆい。
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