カーキボーイ

柿崎ゴンドウ

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歪んだニーズに応える

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彼女は小さな廉価タブレットに映し出された契約書を拡大して見せた。
何度読んでも理解できない、何が言いたいのかわからない文章が出てくる。

『デビューの条件として。。あの子が大人と寝るように言われたんです』
『なんだって?!』

枕営業を子供にも強要するのか。アコは驚き以上に怒りが出た。

『カオルが、レッスン後になっても教室から出てこなかったんです。
だから。。呼びに行こうとしたとき、普段見ない人に呼び止められて。。』

デビューのための契約書を送ったと言われ、目を通そうとしたらその場でサインを強要された。
あまりに早急すぎるため、理由を尋ねる前に脅迫された。

『サインしなければ、カオルを返さないって。。』
『。。。警察には、、』

急に母親が声を小さくした。

『つけられて、るんです。。。』

自然と周囲を見回すと、店内で他の従業員が注文を受けている。
その二人の客はファミレスを利用するとは思えない高価な身なりをしていた。
冷たい、鋭い視線をしている。

「ーーーー、ーーー」

呼びかけられている。眠りはまだ深く、聞き取れない。
唐突に冷たい床の感触で目が覚める。
おぞましい機械の隣でアコは横になっていた。
前後の辱めの器具も外されている。

モーターの音はもうしていない。照明も付いている。
穏やかな声は聞こえても口を動かすことはできなかった。


「。。。。」

「この青年をスイートへ」


薄めのバスローブを着させられると担架に乗せられる。
また眠りに落ちてしまった。


『デビューを取り消せと、赤の他人に言われてもねぇ』

困った笑いを返される。

『まだ彼女はサインをしていない。取り消しも何も、カオル君に児童売春をさせようとしている』

わかってないと男はため息を付いた。

『もうあの子には何人も”事前予約”が入っているんだよ』
『!』

母親はもっと早くから疑うべきだったと悔やんだ。
レッスンと言っても他の候補生とは毎回別の教室で一人で受けていたし、
内容も子供に聞けば演技の勉強なのかと疑問に思うこともあったという。
保育園の遊戯となんら変わらないのではないか。
プロフィールの写真を撮る日も本来なら2時間くらいなのに彼だけ一日かかった。
しっくりくるのがなかったから、何度も衣装変えをして撮り直したと説明された。

カオルだけは一般写真も早々に、『顧客が指定した』コスチュームで
何度も何度も何度もシャッターを切られていたのである。
ぐったりとした表情でスタジオから出てきたカオルを母親は思わず抱きしめていた。
それから翌週の出来事だった。

『これはあの親子の問題だ。これ以上の深入りはご遠慮いただきたい』
『。。オーディションで合格させたのは。。』

高いお金を払ってくるお客は子供ばかりを所望する。



怒りで意識が戻った。
スクールの所長と口論になり、カオルを見つけられないまま外に出され、帰り際にリンチにあった。
殴られたショックで記憶が飛び、魔女を頼り、化物に身を捧げ、今に至る。
置いてきた母親は無事なのか。カオルはどこに連れていかれたのか。

「よくお眠りになられていましたね」

頭が重たい。どれだけ時間がたったのだろう。
重厚な作りの部屋にアコは魔女の邸宅を思い出した。
悪夢の部屋で聞いたのと同じ声がアコに呼びかける。

穏やかな声の主はどこかで見たことのある顔だ。
窓からはきらびやかな夜景が一望される。

「こ、こ、は」

なんとか上半身を起こす。かなり体調が回復していた。
左腕に違和感を感じると点滴が打たれていた、これが原因らしい。

「"ーーー"美容整形外科です」
「。。!」

アコは驚きを気づかれないようにした。
ここはプライバシーを守りたい患者さんのための病院と彼は説明する。
セレブリティ御用達の医院なのだろう。

記憶が繋がる。まがいものの美容番組のスポンサーをしているクリニックだ。

そのCMに出てくる代表者。それが今目の前に立っている。
それなりに年を取っているはずだが、全く老けている感じがしない。

「失礼でなければ、お名前を伺ってもよろしいですかな?」
「。。コウガです」

咄嗟の防衛反応が出たのか、偽名が口をついた。


ここは主寝室らしく、隣のダイニングルームに移される。
久々の食事だが、華奢なフレンチをフルコースで食べる経験などそうそうない。

「食欲が湧きませんか」

カトラリーを取ってぼーっとしていたのか、医院長に話しかけられて我にかえった。

「い、いえ」
「まぁ、無理もないでしょう。あの機械はAV業界に頼まれて作った演出用の機械です」

見た目ほどの威力はありませんと、これは普段食べる食事というように皿をかたずけていく。
そんなはずはない。素人の考えだが、プロであったとしても断続的に使われたら精神が崩壊してしまう。
じゃあどうして自分はまだ自我を保っていられるのかが不思議だった。

ドレッシングが絵のように皿にひかれたオードブルを口にする。
口いっぱいに美味しさが広がり、生きていることを実感した。

「。。すみません。俺は助けてもらったのに、こんな食事までいただいている。
点滴が済んだら帰ります」

いいえ、と医院長は穏やかに応える。

「あなたは帰れません。色々と知ってしまったから。ね、アコさん」
「!。。。」
「嘘はいけませんよ」

クスクスと男は微笑む。
アコは耳を疑った。こいつ、俺を知っててこうしたのか。

「アコさんに残されている選択は二つ。一つは私の『愛人』になるか」

優しさの後ろに隠れた顔が現れる。

「もう一つは東南アジアでお客を相手にするか、です」

受け止められないアコに彼は再度穏やかな笑みを見せる。

「さぁ、選択はあとで決めていただいて構いません。
まずは冷めてしまわぬうちに食事をどうぞ」

死の宣告よりも苦しい食事をアコは淡々と食べた。
さっきの味は何処へやら。食べども食べども味がしない。
無力な自分を感じながら食べる肉は、ゴムを噛み続けるようでしかなかった。




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