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深淵
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「アンタ、メンタルボロボロだろ?なんでこんな所にいるんだ?」
咲月が話しかけてきたのはひとりだけになった居酒屋の個室だった。
心療内科の帰りに半ば無理矢理つれてこられたのだ。おそらくネットワークビジネスの勧誘だろう。道を聴いてきた彼らの熱意と虚夢な瞳ですぐにわかった。
眼が隠れるほど伸びた前髪と眼鏡姿、世間を知らないと判断されたのか拓徒は狙われたらしい。
「…」
「返事もなし?」
サツキは始め男かと思った。
声ですぐに女だとわかる。格好はメンズそのものだし、髪も短くて黒だった。
かっこいい女性。
「ヒュブリスがね…」
「ヒュブリス…」
個室の奥に追いやられて延々とネットワークビジネスの理想を語られる。他の取り巻きが熱心に相槌をし、タクトは生返事をしてタダ飯に手をつけていた。
青年が知らないはずがない。精神を病んでいても、あまねく知性とヒュブリスへの冷酷さは研ぎ澄まされたままだ。
語り手に意見を求められたとき、タクトは男の瞳に意識を集中させる。
常に眠っているような彼が急に冷徹な視線を向けたので相手は一瞬たじろいだ。
「…いますね」
「タ、タクト君。そ、そうこの仕事には初期費用がかかるんだ。だから」
「ヒュブリスがいる」
「え、?!」
参加したタクトには初期費用が半額になると聞き流しながらヒュブリスの存在を確信した。瞳の奥を漂う邪悪な蛇を見たからだ。
「いますぐ魔術従事者へ受診して下さい。まだ間に合うはずです」
ヒュブリスと聴いて、一同は震えあがる。
「タクト君、面白い話をするね」
語り手ははぐらかすも、冷や汗が止まらず、あの屍臭がその男自身から漂ってきた。
「さぁ、早く」
腕で口元を塞ぎながらタクトは取り巻き達に退席を促す。
「も、もう遅いし、僕ら帰りますね」
引きつった笑顔のまま、彼らは逃げる様に個室を離れる。語り手の男は取り巻きの有様にキレて罵声を浴びせながら店を出ていった。
店内は元から賑やかだったから誰も気づかない。
奴が受診する可能性は低いだろう。
「…穢らわしい」
会計が済んでいないが名刺はもらった。店員に会計の督促はここへ連絡しろと伝える。
どっと疲れが溢れる。
チェイサーで薬を流し込むと、部屋の片隅で項垂れるように丸く座りこんでしまった。その時に彼女に声をもらった。
「そう。店内で実体化しなくてよかった」
「…」
「ここにいちゃカゼひくよ。帰ったら?」
小柄な青年だ。サツキのが背があった。同席者一行に一足先に抜けると伝えると二人は店を出た。
満月に近いほどヒュブリスは出やすい。夜道の独り歩きは通常の意味でも危ないから連れ添って歩くのは予防になる。
「サツキさん、ありがとう。後は電車だから…」
「そ、じゃ、気をつけて」
近くまで付き添ってくれた彼女は素っ気ない返事と共に雑踏に消える。
「…」
今日は変わった日だった。
幸いヒュブリスの気配もなく自室に帰ってこれたし、タダ飯とまだヒュブリスへの検知が衰えてないこと、それに異性と話をして帰ってきた。
力なくベッドに倒れ込む。シャワーは面倒だ。朝に回そう。そう思いながら眠りに落ちていた。
そしてそのまま朝を迎えられていないのが今のタクトだった。
咲月が話しかけてきたのはひとりだけになった居酒屋の個室だった。
心療内科の帰りに半ば無理矢理つれてこられたのだ。おそらくネットワークビジネスの勧誘だろう。道を聴いてきた彼らの熱意と虚夢な瞳ですぐにわかった。
眼が隠れるほど伸びた前髪と眼鏡姿、世間を知らないと判断されたのか拓徒は狙われたらしい。
「…」
「返事もなし?」
サツキは始め男かと思った。
声ですぐに女だとわかる。格好はメンズそのものだし、髪も短くて黒だった。
かっこいい女性。
「ヒュブリスがね…」
「ヒュブリス…」
個室の奥に追いやられて延々とネットワークビジネスの理想を語られる。他の取り巻きが熱心に相槌をし、タクトは生返事をしてタダ飯に手をつけていた。
青年が知らないはずがない。精神を病んでいても、あまねく知性とヒュブリスへの冷酷さは研ぎ澄まされたままだ。
語り手に意見を求められたとき、タクトは男の瞳に意識を集中させる。
常に眠っているような彼が急に冷徹な視線を向けたので相手は一瞬たじろいだ。
「…いますね」
「タ、タクト君。そ、そうこの仕事には初期費用がかかるんだ。だから」
「ヒュブリスがいる」
「え、?!」
参加したタクトには初期費用が半額になると聞き流しながらヒュブリスの存在を確信した。瞳の奥を漂う邪悪な蛇を見たからだ。
「いますぐ魔術従事者へ受診して下さい。まだ間に合うはずです」
ヒュブリスと聴いて、一同は震えあがる。
「タクト君、面白い話をするね」
語り手ははぐらかすも、冷や汗が止まらず、あの屍臭がその男自身から漂ってきた。
「さぁ、早く」
腕で口元を塞ぎながらタクトは取り巻き達に退席を促す。
「も、もう遅いし、僕ら帰りますね」
引きつった笑顔のまま、彼らは逃げる様に個室を離れる。語り手の男は取り巻きの有様にキレて罵声を浴びせながら店を出ていった。
店内は元から賑やかだったから誰も気づかない。
奴が受診する可能性は低いだろう。
「…穢らわしい」
会計が済んでいないが名刺はもらった。店員に会計の督促はここへ連絡しろと伝える。
どっと疲れが溢れる。
チェイサーで薬を流し込むと、部屋の片隅で項垂れるように丸く座りこんでしまった。その時に彼女に声をもらった。
「そう。店内で実体化しなくてよかった」
「…」
「ここにいちゃカゼひくよ。帰ったら?」
小柄な青年だ。サツキのが背があった。同席者一行に一足先に抜けると伝えると二人は店を出た。
満月に近いほどヒュブリスは出やすい。夜道の独り歩きは通常の意味でも危ないから連れ添って歩くのは予防になる。
「サツキさん、ありがとう。後は電車だから…」
「そ、じゃ、気をつけて」
近くまで付き添ってくれた彼女は素っ気ない返事と共に雑踏に消える。
「…」
今日は変わった日だった。
幸いヒュブリスの気配もなく自室に帰ってこれたし、タダ飯とまだヒュブリスへの検知が衰えてないこと、それに異性と話をして帰ってきた。
力なくベッドに倒れ込む。シャワーは面倒だ。朝に回そう。そう思いながら眠りに落ちていた。
そしてそのまま朝を迎えられていないのが今のタクトだった。
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