テクノルネッサンス‐2度目の異世界で興す異端者達の技術革命戦記

碧渚志漣

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第2章 異世界幼少期編(オリヴァー)

第13話【贈り物】

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 ガタン!!
 オリヴァーは馬車の揺れで目を覚ました。窓から差し込む朝日は馬車の中を眩く照らし、ミュルタレの真珠色の髪を一層輝かせていた。
「起きたかのう? オリヴァーよ、間もなく屋敷に着くぞ」
 二人は馬車を降りて、屋敷にたどり着くと騒がしい声が響いていた。

「なんで!?なんで!?なのよ!!あのジジイ共!さっさと戻れって何よ! もぉ~お!!」
「私、まだオリヴァーくんに魔導を教えれてないのに……」
「ねぇ、エリーザちゃん!酷くない?! 」
「でも、ミーナ、宮廷から招集状が来ちゃってるし……」
 そこには地団駄を踏むミーナと羊皮紙の手紙を広げてガッカリしているエリーザがいた。

「何じゃ、何じゃ? 騒がしいのう……どうしたのじゃ?」
 ミュルタレはその様子から何かを察してはいたが念のためにミーナとエリーザの二人に説明を求めた。
「今朝、法王国から勅命が届いて、次期教皇の就任式に参加しろって言ってきてるのよ! まさか私達を出席させるなんて!」
「いつもだったら”エレッチヨ”はあと1週間は掛かってたのに……」

 教皇……、
 西キームン地域では多数の国にサルヴァトル教が広く布教され、各国には国単位で教徒を取りまとめる“枢機卿”がいた。 そして、その宗教的権威の頂点には教皇が君臨しており、その権威は王国の王や民主主義国の非常時独裁官を凌いでいた。

 サルヴァトル教の本拠地である“マルレ大聖堂”は法王国内にあり、法王国を治めるエルフ族の王家もまた例に漏れずその権威に従わざる得なかった。

 教皇の選定は各国の枢機卿がマルレ大聖堂に集い、”エレッチヨ”と呼ばれる選挙を通じて選ばれていた。
 ミーナ達が法王国を出国する時にはその教皇が任期を終える前に崩御し、次期教皇を決めるエレッチヨが行われていたのだ。 エレッチヨは各国の枢機卿が集い選挙を行うために、政治的な調整が行われ20日以上の時間を要するのが慣例だった。
 しかも今回は不測の事態として教皇の崩御があったので、周囲の人間は慣例以上に時間が掛かるものと見込んでいた。
 もちろんミーナやエリーザの二人の見立てもそれであったのだ。
 しかし、周辺の見立てに反してエレッチヨは慣例以上の早さで終わり、原理主義派のインノケンティウスが次期教皇として選出されたのだった。
 更に二人にとっての不満は原理主義派のインノケンティウスが選出されたことにもあった。原理主義派は近年勢力を伸ばしてきている一派であり、民族の混血やゴーレムやアンデットの使役について反対の立場であり、原理主義派にとって二人は迫害対象となり得る存在だったのだ。 そして、そんな派閥のトップのような人物の就任式に参加させられる二人の気持ちが如何程であろうか想像に難くない。

 エリーザから渡された羊皮紙にミュルタレが目を通していた。
「うむ、これは確かに法王国の勅命書じゃな、これも宮仕えの定めじゃろう……、これは明日の朝にでもここを立たねば間に合わぬな」
「やっぱそうだよね、ううぅ……、いいなミュルタレは昨日オリヴァーちゃんと二人っきりだったんでしょ?」
 ミーナに泣きつかれたミュルタレは面倒くさそうに無言で親指を背後に向け、背後で作業するヴェーズゲインを指した。
「ノーカン!ノーカンよ!」

 二人のやり取りを見かねた母コーネリアはある提案をする。
「ミーナさま、私は近々法王国に滞在しているエリックの様子を見に伺う予定がございます
 オリーちゃんも同伴して行きましょうか? 王国内の方がよりしっかりご指南できましょう」
「分かったわ、コーネリア 約束よ」
「ええ、あと今晩は二人の送迎会を開きましょうか、急なので人は呼べませんが」
「送迎会?宴会!? いいわね! パーッとやりましょ!」
 ミーナは酒の席が設けられることで気分を取り直してパァーっと明るくなった。

 酒のことで浮かれるミーナを横目にエリーザは一抹の不安を覚えていた。
「うーん、ミーナ大丈夫かな……、ミュルタレどうしたの?」
「麿はどうも宴というのはのう……」
「あ~あ、ミュルタレはお酒飲めないんだっけ?」
 そう言ってミーナは意地悪そうにミュルタレを笑う。

「えっ、そうなんですか? ミュルタレ様」
 オリヴァーはついキョトンとしてしまう。
「なっ何を言うか!麿とて酒ぐらい嗜めるわ!」
「ミュルタレ、無茶しないで」
 エリーザが心配するがミュルタレはつい啖呵を切ってしまう。
「麿はレディーなのじゃ!酒ぐらい飲めるわ!」

 こうして送迎会が開かれることが決まり、その日の昼間は明日の出立の準備に費やされていった。
 送迎会が始まる前にオリヴァーは自分の部屋にいると部屋のドアがノックされて、エリーザが入って来た。
「エリーザさん、どうしたのですか?」
「えっとね……、その私オリヴァー君に何も教えてあげれてないからコレ!」
 エリーザは1冊の分厚い本を差し出した。

 それは本と言うにはあまりにも大きすぎた。
 大きく、ぶ厚く、重く、そして造詣が深過ぎた。
 それは正に難解だった。

「えっと……、この本は一体何ですか?」
「オリヴァー君に貸してあげます!」
「その、この本のタイトルが読めないので何の本か分からないです……」
「あ、この本は刻印魔導で扱う古代文字の辞書です」
「では、ゴーレムに記入されてた刻印の辞書なんですか?」
 エリーザは分厚い辞書を開き、ページを捲りながらオリヴァーに説明していった。
「ええ、古代文字には幾つも種類があって、”26文字を組み合わせて文章を作る表音文字”や”一つの文字に意味を持たせて文章を作る形象文字”があるの」
「形象文字のところに見慣れない文字が沢山ありますね」
「私も表音文字は完璧だけど、形象文字は覚えきれないから辞書をみながら書くときもあるの」
「では、この本はとても大事なものじゃないですか! それをお借りするなんて!」
「いいの、法王国では形象文字は忌み嫌われちゃってるから……、私が持ってる方が危ないかもしれない、だから大事に使って」
「はい、エリーザさん、ありがとうございます!」
「うん、それに送迎会が終わったらバタバタしちゃうと思うから今のうちに渡すね」
「(バタバタ……?)」

 送迎会が穏やかに始まった。急遽決まったので参加者は限られており、豪華な夕食会のようなものだった。
 魚と鶏をメインとした豪華な料理が振る舞われエディアルト法王国産の白ワインとロンネフェルラント帝国産のビールが振る舞われた。
「く~、生き返るわ~」
 ミーナはビールをグビグビと飲みながら、香ばしいニンニクの薫りがする鶏のもも肉の塩焼きにかぶり付いていた。
「魚料理なんて中々食べれないから嬉しいです!」
 エリーザは陶器のカップに注がれたエディアルト産の白ワインを上品に飲みながら、白身魚のハーブバターソテーに舌鼓を打っていた。
「急遽仕入れたものでしたのでお口に合って良かったです」
 アーサーは久々に聞いたエリーザの感嘆に胸を撫で下ろしていた。
「むむむ……」
 一方、ミュルタレは白ワインが入ったカップを睨んでいた。 それはまるでカップの水面に映る自分のしかめた顔を見つめるようだった。
「あの……、ミュルタレ様、よろしければハーブティーを淹れましょうか? 私も駄目なので持ってきますね」
 コーネリアはミュルタレに助け舟を出すためにハーブティーを淹れに行くと、酔いが回って上機嫌なミーナが絡んでしまう。
「あらら~♪ 飲めないんだったらその白ワインもらうわよ♪」
 ミーナがミュルタレのカップに手を伸ばそうとすると、ムッとしたミュルタレはカップを搔っ攫うように持って立ち上がり、
「えぇい、抜かせい! 麿はレディーなのじゃ、コレぐらい!」
 一気にカップの中身を飲み干す。
 その後ミュルタレはむせた様に咳をして、少し荒くコップを置き、だらっと席に座り、テーブルの上で顔を突っ伏した。
 その様子に心配したオリヴァーはミュルタレのもとに近づいて声を掛けてしまう。 
「だ、大丈夫ですか!? ミュルタレ様!」
 送迎会に参加していたノブハーツはミュルタレとオリヴァーを見て額に手を当てて「あちゃー」と感嘆を漏らしていた。
「オリヴァーよ、お主は優しい子じゃのう! ううう……妾を心配してくれるのはお主だけじゃ~! ううう……」
 ミュルタレは頬を赤らませ、シクシク泣きながらオリヴァーの胸元に抱きついた。
「ミュルタレ……さま?」
 ミュルタレはオリヴァーの胸を抱きしめ、上目遣いで言葉を紡いだ。
「ううう……皆怖がって誰も妾の仕事を褒めてくれぬのじゃ……、ううう……、コーネリアめ、こんな良い童を持てて羨ましいのう~! 妾もこんな優しい童が欲しいのう~! ううう……」
「あ!ミュルタレ!ドサクサに紛れて何やってんのよ!」
「ちょっとミュルタレ様!飲んでしまったのですか!?」
 ミーナとコーネリアの二人がかりでジタバタするミュルタレはオリヴァーから引き離された。

 ミュルタレは泣き上戸の下戸だったのだ。

 そんなバタバタを尻目にエリーザは滔々と酒を進めながらアーサーと話し合っていた。
「アーサー、ここは良いですね……、色んな種族が別け隔てなく言葉を交わして、想いが伝わるのですから……
 貴方の願い、奇跡が続くと良いですね……」
「ええ……、私の願いは息子たちがどんな道を歩もうとも幸せになることですから……、エリーザ殿は”まだ”なのでしょうか」
「そうですね、私は神様に嫌われているみたいなんです」
 エリーザは微笑を浮かべながらも、滔々と飲むお酒でも希釈できない悩みを抱えているようだった。

 次の日の早朝、ミュルタレは部屋のベッドで目を覚ました。
 軽い頭痛もしていたので額に手を当てていた。
「(何も思い出せぬ……、コレは……、ミーナの奴に乗せられてやってしもうたな)」
 ミュルタレは記憶がないことに冷や汗をかきながら起き上がり、部屋を出ると丁度オリヴァーと出会った。

 自身と出会ったオリヴァーが思わず咄嗟に身構えている所を見てミュルタレは悟った。 
「すまぬ……、麿は何も覚えておらぬが酒で粗相をしたと思う……」
「いえ、大丈夫です その、以外でしたので」
「(以外じゃと……!!) ううむ……、迷惑をかけてしまったのは間違いなさそうじゃ、コレを渡そう」
 ミュルタレは首から掛けた金色のペンダントを外して、オリヴァーに差し出した。ペンダントには魔石が組み込まれ、蛇の紋章と刻印魔導が施されていた。
「このペンダントは死霊魔導や封印魔導を補佐したり、死霊を検知してくれる魔導具じゃ 」
「そんな凄いもの受け取れませんよ! それに僕はまだ死霊魔導は扱えませんよ」
「よいのじゃ、それに麿は暫しここに残るからな」
「ミーナさんやエリーザさんとご一緒に帰らないのですか?」
「うむ、ノブハーツの奴を馬車ごと暫しミーナの元に預けようと思ってな
 お主の母、コーネリアは法王国を訪れると言っておったであろう?
 その際に麿も法王国を訪れてノブハーツを連れてニーナスに帰ろうと思うのじゃ」

 ミュルタレは教皇選挙ことエレッチヨがミーナやエリーザの二人と同じく慣例より遅れるものだと見積もっていた。 つまり、ノブハーツへのミーナの指導が十分に行えるものだと考えていたのだ。しかしながら、三者の予想を裏切る早さでエレッチヨが終わってしまったのである。
 また、オリヴァーの知的好奇心や観察力に興味を抱いたミュルタレは自身の技術をもう少し教えたいと思っていた。 そこでミュルタレは連合王国に残り、ノブハーツを法王国に行かせる事を考えたのだった。

 屋敷のアプローチには出立の準備が整ったゴーレム馬車が乗員の乗車を待ちわびていた。
 馬車の前でミーナ、エリーザ、ノブハーツ、その対面にはアーサー、コーネリア、オリヴァー、ミュルタレが並び、別れの挨拶を述べていた。
 「それじゃ、アーサー、コーネリア、オリヴァーちゃん、また近いうちに会いましょうね! ミュルタレ、ノブちゃんのことはしっかり面倒見るから任せなさい♪」
「ああ、頼むぞミーナ、 ノブハーツよ、しかと学んでくるのだぞ、良いな?」
「はい! ミュルタレ様も死霊祓いお気をつけ下さい、ご武運をお祈りいたします」

「オリヴァーくん、私は何も教えてあげられなかったから法王国についたらちゃんと教えてあげるね」
「エリーザさん、よろしくお願いいたします」
「あっ、そうだ、オリヴァーちゃん、渡し忘れるところだったわ コレ」
 ミーナはあるものを取り出してオリヴァーに手渡した。それは林檎ぐらいの大きさのとても澄んだ球体だった。しかし、それは澄んだ色のなさと反比例して強い存在感を何処となく放っていた。
「おい、ミーナよソレはピュア・ゴーレムコアの大玉ではないか! 童の贈り物には過ぎた代物ではないか!」
「ちょっと、ミーナ? 封印魔導が組み込まれてない? しかもその大きさだと……」
 ミュルタレとエリーザはそれぞれミーナの贈り物に困惑する。
 澄んだ球体は光に当てると中で像が歪む箇所があり、屈折を起こしていた。 しかし、その屈折は無秩序に起きてはいなかった。像の歪みを見ると刻印魔導の文字が屈折で書かれ、球体に魔力を通すだけで封印魔導が発動できるようになっていたのだ。 つまり、死霊魔導で死霊を抑えるだけで封じる事ができ、そのままゴーレムコアとして用いることができた。
「ピュア・ゴーレムコア?」
「オリヴァーちゃん、あとでミュルタレが説明してくれるわ 大事にしてね♪」
「まったく、お主というヤツは……」
 水源に富んだ民衆が水の有難みに気づきにくい様に、ミーナは秀でた技術を持っていても実のところ技術の価値については鈍感だったのだ。 一同はその鈍感さに振り回されながらも少しばかりの別れの時は訪れた。
 ゴーレム馬車は滑らかに加速し始め、屋敷のアプローチを通って正門を通り抜け、エディアルト法王国を目指していった。
 オリヴァーは見送りが終わり、ふと屋敷を見ると短い間しか会っていないはずだが宮廷指南役の2人がいなくなった屋敷が少し寂しくなったと感じてしまった。
 
 その後、オリヴァーはミュルタレの説明を受けてミーナからの贈り物に驚愕することになる。
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