上 下
9 / 17
第2章 異世界幼少期編(オリヴァー)

第8話【青空工房と醸される果実】

しおりを挟む
 いまだ陽の光が照らぬ未明、屋敷の庭の一角いっかくうごめく者たちがいた。
 その者たちは暗がりで不明瞭だったがせっせと土を盛り、人の背丈程の土の“かまくら“が出来上がり、レンガでできた短い煙突が建っていた。
 そんな彼等を薄紅色の瞳で見つめる銀髪の少女がいた。
「そなたら、もう十分じゃ、退いて良いぞ」
 銀髪の少女ことミュルタレは体から紫色の微光を帯びながら、握りこぶし大の真紅のたまを突き出すと、暗がりで蠢く者たちは吸い込まれる様に消えた。
 ミュルタレはかまくらの周りを見廻り出来具合できぐあいを確かめる。
 そして、いびつだった場所を見付ければミュルタレはらぎの無い簡単な土石魔導どせきまどう補修ほしゅうをしていった。
「まぁ、こんなモノで良いかのう……、あとはミーナの領分りょうぶんじゃな、うむ!」
 ミュルタレが確認と補修をし終えた頃には地平線から日が昇り始め、夜空一色よぞらいっしょくだった空に陽の光でグラデーションがかかっていた。
 
 陽の光に照らされたミュルタレの銀色の髪はその光を吸い込んだかのように輝いていた。
「結局、夜をてっしてしまったか……、良い土を見つけたのう、ノブハーツ?」
 彼女の視線にはグッタリと疲れ果てたノブハーツがいた。 ノブハーツは屋敷の庭の外から土石魔導でかまくらに使う土を運び、その量の多さゆえに魔力が尽きかけていた。
「ミュルタレ様……、ありがとうございます……、他に何か……」
「よい、休め、よくやったノブハーツ、支度したくは整った
(全く、ミーナのやっこめ、青銅をるためのを作らせおって……、路中といい、この借りは大きいぞ)」


 屋敷の自室で眠るオリヴァーは差し込んだ日の眩しさに目を覚ます。
 そして、重く開ききらないまぶたの外から嗅いだことのある香水の香りがした。
 ぼやける視界が晴れるとそこには褐色の肌に赤い瞳をしたミーナが覗き込んでいた。

 「どうする、オリヴァーちゃん? 朝ご飯にする?
 そ・れ・と・も~、わ・た・し?」

 起きたばかりのオリヴァーは寝惚ねぼけながら睡魔すいまと空腹にあらがい切れず、無気力に力無く答えてしまう。

「朝ご飯……、たくさんで……」
「あらあら、アーサーに似て真面目ね……、それに朝が弱いのもそっくりね」
 ミーナは二度寝しかけるオリヴァーの両肩を掴んで上半身を起こさせ、グワングワンと身体を揺すり完全に起こさせた。
「お~い、オリヴァーちゃん、起きろ~、朝だぞ~、お~い」



 その日の朝食の食卓には、チーズを乗せたパン、焼きめの入ったソーセージ、蜂蜜はちみつ入りのロールパン、そして旬の葡萄ぶどうが並んでいた。
 チーズを乗せたパンはかまでこんがりと焼かれ、パンやチーズの表面は狐色でこうばしく、口にすればサクッと音がなり、ほんのりと蒸気と溶けたチーズが漏れ出た。

 ソーセージはこの地方の独特で動物の皮や腸詰めがされておらず、肉のペーストにレモングラスの様なハーブと少量のブルーチーズと薬味のネギとパン粉を混ぜた物をじかに焼き、塩とオリーブオイルで炒めた料理だった。
 その外見は動物の軟骨も含まれているためか現代で言う”つくね”の様な見た目に近かった。

 蜂蜜入りのロールパンは当時としては希少な甘味だった蜂蜜がふんだんに使われ、甘い香りを漂わせ、甘味好きの女性陣を満足させていた。
 それに加えて、テーブルに並ぶ旬の葡萄は秋の到来を感じさせながら、今年作られるワインの良し悪しを予見させた。


 ミーナは葡萄を何粒か食べて呟く
「連合王国産の887年は豊作ほうさくね、10年……、いえ、100年かしら長期熟成物ちょうきじゅくせいものが楽しみだわ……、
 さて……、あの子たちもみのゆたかであれば良いけど……」
 ミーナはペロリと舌なめずりをしながら、視線を食卓に現れたオリヴァーに向けていた。

 そして、遅ればせながらオリヴァーが席につくとミーナはそれらの料理をお皿に山盛りにつけてまわした。
「えっと……、ミーナ様、これはいったい?」
「ご注文通りよ♬ きちんとお食べなさい」

 朝食を済ませたミュルタレ、ミーナ、エリーザの3人とオリヴァーは青空の下、庭に簡易的にこしらえた工房に来ていた。
 オリヴァーの授業は最初に3人からゴーレムについて概要がいようを教えて貰い、彼女達の制作過程を見る事から始まった。


 ミーナが水色の微光を帯びながら土石魔導で土の地面にゴーレムの概略図がいりゃくずを瞬時に描き、図を木の棒で各部を指しながら説明を始めた。
「オリヴァーちゃん、ゴーレムは大事な要素が3つあるの
 それは『ボディー』、『コア』、『魔導刻印まどうこくいん』の3つで、コアが魔導刻印を介してゴーレムのボディーを制御しているわ
 今回のゴーレム作りでは『ボディー』は私、『コア』はミュルタレ、『魔導刻印』はエリーザちゃんが担当するわね」


「じゃあ『ボディー』の説明だけど、ボディーはコアを中心に動くゴーレムの身体の事を言うわ
 このボディーは様々な形状や様々な材質が使えて、人間よりも動物のゴーレムがよく作られていて、一般的には木材や石、それに金属がよく使われているわね
 今回、作る工程を見せたいから分かりやすくて大きさ的に丁度いい人型ゴーレムを作るわ」

 そう言いながらミーナは土に書かれた概略図に説明した内容を土石魔導で書き加えていった。

「ミーナ様、ゴーレムを作るのにわざわざ加工しなくても粘土や液体の様なものを使ってはダメなのですか?」

「えっとね、水の様な液体や砂の様な粉末はゴーレムのボディーとして使えるけど形状を維持したり、変形させ続けることで処理能力しょりのうりょくや魔力をバカ食いしちゃってコアの制御能力せいぎょのうりょくが落ちたり、力がかなり落ちちゃうから余り良い手ではないわね
 そうね、大昔は加工技術が未熟だったからどろや土で作ったゴーレムもあったけどかなり動きが緩慢かんまんだったはずね……
 だから、一番コアの力を発揮させられるのは人形のように関節を持ったボディーを用意することになるわ
 それで今回は人型の人形のようなボディーを作るから手軽に加工できる木材を使ってパーツを作って、頑丈がんじょうな魔青銅で関節を作ってパーツを繋げていくわ」

 そして、ミーナはゴーレムの図で腹部の部分を指し示すと説明を続けた。
「あと、ゴーレムのボディーで大事な部分があるの
 それは『インテーク』よ、インテークは風の中に漂う微量の魔力を取り込んでくれるパーツで、インテークが取り込んだ魔力がコアへ供給されてコアからボディーへ送られるから魔力が取り込めないとゴーレムは活動できなくなってしまうわ
 これの材料には最果ての地の特産『魔絹まきぬ』が必要で、魔絹まきぬは生き物が多い場所で風に当てると魔力が流れる特性があって、流れた魔力を扱うには高度な刻印魔導が必要となるからエリーザちゃん説明お願いね!」

 エリーザはミーナから木の棒を渡され、咳払いをしてから刻印魔導について説明をした。
「わかったわ……ミーナちゃん、オリヴァー君?
 いつも魔導を発動させる時は『魔力を発して』、『術をイメージして』制御すると思うけど、刻印魔導は事前に印した古代文字に魔力を流す事で『術のイメージ』を代行してくれるから魔力を通せば魔導が発動できるようになります
 これは色々な魔道具にも使われているのだけど、ゴーレムに施す刻印魔導はこれの延長線上にある技術です」

 エリーザはそう言いながら刻印が各部に施された手の平サイズののっぺりとした人形を取り出して、緑の微光を帯びながら人形に魔力を与えると軽快に動き始めた。
 その様はまるで操り糸で動くマリオネットの様にカチャカチャと音を立てて、はたから見れば人形遊びをしているようだった。

「すごい!刻印魔導でこんなことができるのですね!」

「この人形はコアとインテークがない簡易的なゴーレムみたいなもので、いま私は刻印魔導を介してこの人形のどの部分にどれだけ魔力を流すのかを一つ一つ制御しながら動かしているところです
 刻印魔導を色んな場所に記入することで魔力を四肢の末端まで行き渡らせて力に変換できるようになります
 こうした制御をコア、魔力供給をインテークに任せることができればゴーレムが出来上がります
 そして、この様にコアがないボディーを『素体そたい』と呼んでいます」


 エリーザは目配せしてミュルタレに『コア』の説明を任せる。
「そうじゃな……、
 この『コア』はゴーレムの心臓であり頭脳でのう、ゴーレムの魔力をボディーに供給したり制御したりするのじゃ
 それ故に高度な動きをさせたい場合や大きなボディーを動かす場合にはそれに伴って大きなコアが必要じゃ
 正にコアの大きさや材質や作成時に込めた『モノ』や魔力量に応じてゴーレムの能力が定まるから正真正銘ゴーレム作りのきもじゃな……、ここまでで何か質問はあるか? オリヴァーよ?」

 オリヴァーはミュルタレが口にしたある言葉が気になっていた。 これはオリヴァーが何度書籍を読んでも分からなかった内容でもあった。
「ミュルタレ様、込めた『モノ』とは何ですか……?
 ゴーレムについて書籍を読んだのですがコアについて書かれた部分の表現が……、何と言うかとても分かり難かったのです」 

 ミュルタレはニコリと笑った。
 オリヴァーの質問はミュルタレが望んだ的確な質問だったからだ。
「よい質問じゃ、オリヴァーよ
 さきの『モノ』と言うのはのう、霊魂やその残滓ざんしのようなものじゃ……、分かり易く言えば魂じゃ
 麿の死霊魔導でコアに死霊しりょうとも呼べぬバラバラに崩壊した霊魂の残滓ざんしを宿らせ、魔力を込めることで作られるのじゃ」
 オリヴァーはその答えに驚いた。 
 それ程までに書籍にはそれが分かるような書き方をされていなかったのだ。

「ミュルタレ様、何故書籍にはそれが書かれていないのでしょうか? とても重要なことではないのでしょうか?」
「それはのう、オリヴァーよ、重要じゃからじゃ……、
 この魂を扱う死霊魔導は秘匿ひとくせねばならぬ代物しろものでのう、軽々に情報を明かしてはならぬのじゃよ……、何しろ生死を扱う魔導は強力すぎるからのう……、たった一人の死霊魔導で滅んだ国も有るほどじゃ……」

「強すぎる力には責任が伴うのですね……」
「そうじゃ、知るだけで背負うものが大きいからのう、今ここでお主に教えるのは後日、死霊魔導を一通り指南するからじゃ
 それにゴーレムで扱うものがものなのじゃ
 コアに封じる魂はボディーに合わせたモノが望ましくてのう、例えば……そうじゃのう……」
 ミュルタレは遠くでたたづむゴーレム馬車へ指を指した。

「お主も近くで見たであろうゴーレム馬車を?
 黒いのが『ファリス』と白いのが『マレンゴ』というのじゃが、あの馬型ゴーレムにはそれに合わせて馬の霊魂を用いたコアが使われておるのじゃよ
 今回は人型ゴーレムを作るから人の霊魂の残滓を用いたコアを作成することになるのう」
「人のですか……?」
「うむ、じゃが、霊魂の残滓は死霊漂う場で生まれる最早もはや自我のないアンデットに近い代物と言えるのう」
 そして、ミュルタレは透明なビー玉サイズのたまと同じぐらいの真紅の珠を取出してオリヴァーに見せると更に説明を続けた。

「これは魔石ませきじゃ、魔物の核を浄化させることで透明な魔石を生み出し、そこへ霊魂を封じることで赤い珠となるのじゃ
 鳩の様な小型のゴーレムならばコアはこのままでも良いのじゃが、今回作るゴーレムは人間大、大型じゃからコレでは足りぬから水晶と混ぜてより大きな魔力を制御できるようにする
 まぁ、この辺りはミーナの領分じゃ、ゴーレム作りが始まれば見ることが出来よう」


 3人からの説明が終わり、ゴーレム作りが始まった。
 今朝出来たばかりの炉に火が焚べられ、青銅を溶かし始めていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界で俺はチーター

田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。 そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。 蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?! しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

主人公を助ける実力者を目指して、

漆黒 光(ダークネス ライト)
ファンタジー
主人公でもなく、ラスボスでもなく、影に潜み実力を見せつけるものでもない、表に出でて、主人公を助ける実力者を目指すものの物語の異世界転生です。舞台は中世の世界観で主人公がブランド王国の第三王子に転生する、転生した世界では魔力があり理不尽で殺されることがなくなる、自分自身の考えで自分自身のエゴで正義を語る、僕は主人公を助ける実力者を目指してーー!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...