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第1部 苦諦の剣編

第0話【繭玉の綻び】

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 ゼイウス暦 997年 最果さいはての
「私は全てを思い出した・・・」
 とある少年がそう呟く。

 少年は浴びたかえり血で褐色かっしょくの肌や質素しっそな衣服が深紅しんくに染まり、額からは白く小さな鬼のような角が2本生えていた。 少年は周囲に木々が立ち並び、霧が薄く広くく森の中で立ち尽くし、真珠のような銀色と薄桃色うすももいろじったような色の髪が吹き込む風になぶられていた。 

 少年の右手にはを失った短剣の刀身の根本・・・、刀剣のなかごが握りしめられ、その手の平からは切り傷のせいか血がしたたっていた。 そして、握られた短剣の刀身は紫色の微光を帯びることで存在感を放ち、刀身を伝ってしたたる血は泥濘ぬかるんだ土の地面を点々と赤く染めていた。
「アレックス! 大丈夫なの?」
魔力反応まりょくはんのう・・・、アゾット剣の魔紋認証まもんにんしょうをパスするなんて、貴方本当に・・・!」
「手から血が! もう一度、回復魔導かいふくまどうをかけます!」
 少年の薄紅うすべに色のひとみは声の主である3人の女性をうつしていた。

 一人目は茶色い髪を豊かな胸元まで伸ばし、額からは黒い二本の鬼の角をやしており、毛皮で作られた狩人かりうどのような衣類とゆるやかなM字を描く弓を身につけていた。

 二人目は黒髪長髪で琥珀こはく色の肌を持つ大人びた女性で黒髪から少し丸みを帯びた長い耳が突き出ており、紫色のマントと赤いローブを身にまとい、自身の背丈ほどの長さを有する戦鎚せんついを地面に立てながら、赤い瞳は少年が握る刀身を見据みすえていた。

 三人目は金髪のミディアムロングヘアに白い肌、長い耳が特徴的で外見は大人になりつつある少女の様であり、青いマントに白いローブを身にまとい、蒼い瞳は少年の手傷に向けられていた。

「エレナ、ミーナ、エリーザ、大丈夫だ・・・、全て思い出した」
 アレックスと呼ばれた少年は3人の女性にそう答えつつ心のなかで決意を固める。


「(再び私をもてあそぶか!神よ・・・!)」


 これは二度世界を渡った男の物語である。
 ちょうが二度姿を変えるがごとく、男は一度目は古代末期、二度目は現代、三度目は中世を彷徨さまよい、幾多いくたの文明を駆け抜ける数奇すうきな運命を辿たどることになる。

 世界をたがえても、神をたがえても、時代をたがえても、人が人の歴史をいとなむ以上、そのいとなみには変らぬものがあった。
 人々は同じ様な者をあががれ、同じ様なしがらみに縛られ悩みをかかえ、同じ様な物を求め争った。

 どの世界も、神も、時代も人々のくなき欲望を決しておさえることも満たしてもくれない。

 人が欲する衝動しょうどうは神々の奇跡を技術に変え、万人ばんにん普及ふきゅうせんと広がっていった。
 まるで万夫不当ばんぷふとうの神にあらがうがごとく・・・。


 物語は数奇な運命を背負う男が未だ蝶へと羽化うかせぬ繭玉まゆだまだった頃に戻る・・・。
 この頃、男は平和のこよみの世に生き、暦のみょうは“平成へいせい”であらず、“平盛へいせい”であった・・・。
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