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悠哉は五歳の時に実の母親を病気で亡くしていた。昔のことで記憶は朧気だが、誰よりも優しくてどんな事があっても自分の味方でいてくれた母さんが大好きだった事だけは今でも悠哉の記憶に存在していた。
そんな母のことを悠哉の父は深く愛していた。だから母が死んだ時は狂ったように涙を流し母の名前をひたすら繰り返し呼んでいた。そんなあの人の姿を見て、もう母さんが目を開けることはないのだと子供ながらに悠哉は思ってしまったのだ。
それでもあの人は父親の役目を全うしようと真面目に働き、休日はよくキャッチボールをしてくれた。母がいなくなった穴は大きすぎたが、それでもまだ家族としての形は保っていた。
しかし悠哉の日常は徐々に壊れていった。悠哉の父は昔ホストだったらしく、今働いている会社を辞め、ホストに出戻りしたのだ。あの人が家にいる時間は極端に減り、気がついた時にはほとんど家には帰ってこないようになっていた。毎週食費だけ机に置かれており食べるものには困らなかったが、悠哉の心はぽっかりと穴が空いたように孤独だった。
こんな家庭環境に置かれていたら誰でも性格はひねくれてしまうもので、小学校に通っていても誰とも喋らずいつも一人で過ごしていた悠哉に友人など出来るはずもなかった。それに加え、どこから漏れた情報なのかは知らないが涼井の父親はホストだとクラス中に広まったこともあった。当然そんな悠哉と仲良くしたいと思うようなクラスメイトはいなかった。
小学五年生の時、クラスの腫れ物だった悠哉を忌み嫌うクラスメイト二、三人に囲まれたことがあった。「根暗で気持ちが悪い」「いつも一人でいて不気味だ」などの暴言を浴びせられ、悠哉は身体中を蹴られた。
こんな馬鹿どもに構ってやることすら馬鹿馬鹿しいと悠哉は感じ、どんなに暴言を吐かれても無言を貫きやられっぱなしで時が過ぎるのをただ待っていた。そんな時、一人の同級生が「お前の父親ってホストなんだろ?自分の父親が毎日色んな女と遊んでるとか恥ずかしすぎるだろ」と笑いながらあの人のことをバカにしてきた。どんなことを言われても耐えられたのに、何故かあの人を馬鹿にされる事だけは許せなかった。悠哉は耐えきれなくなり、気がついた時にはその同級生のことを殴っていた。
もちろんその事は大問題となり、あの人も学校に呼び出され何故そんなことをしたのかと担任にえらく詰められた。
「なぜ何も言わないんだ?本当に悪いと思ってるのか?」
「あいつらが悪い、先に手を出したのはあいつらだろ。だから俺は悪くない」
「同級生を殴っておいてなんだその言い分は!?あなたの教育がおかしいんじゃないんですか?」
反抗的な態度を取る悠哉に怒りを覚えた担任は、標的を悠哉からあの人に変えネチネチと嫌味を言ってきた。
そんな担任を他所にあの人は平然とした態度で一言「そんなに言うなら転校するか」と悠哉に問いかけてきた。あの人の言葉に担任は顔を真っ赤にして怒っていたが、あの人は気にすることなく悠哉の手を取り教室を出ていった。
帰り道、あの人は「よくやった」と悠哉の頭を大きな手で撫でた。
「どうせ俺の事で虐められてたんだろ?それで腹が立って殴った、小五にしては喧嘩っ早いがいい判断だと俺は思うぞ。やられっぱなしは弱いやつがすることだ」
親として、自分の息子が同級生を殴ったら叱らなければならないと思うが、あの人は逆に褒めてきたのだ。あの人に褒められる事なんていつぶりだろうかと思ってしまうほど久しぶりで、あの時だけ悠哉は心に空いた穴が少しだけ満たされたような気がした。
それから悠哉は別の小学校へ転校して陽翔と出会った。陽翔と出会ったおかげで以前よりはマシな性格になり、一人でも陽翔が居てくれれば平気になったのだった。
そんな時、事件は起きた。中学一年生の秋、いつものように陽翔と遊ぶ約束をして悠哉が家に帰ると、久しぶりにあの人の靴が玄関にあった。この頃はもうほとんどあの人が家に帰ることはなくなっていたため、珍しいなと思った悠哉は軽い足取りで靴を脱いだ。するとリビングの方から物音がし、あの人が姿を現した。
一ヶ月ぶりぐらいに見たあの人の姿は以前と特に変わってはいなかった。けれど悠哉を見つめる瞳はどこか虚ろげで、生気を感じられない。悠哉の身体は強ばっており、身動きが取れなかった。
「悠華…」
あの人が母の名前を口にし、こちらに向かってくる。逃げなくてはいけない、そう感じているはずなのに、悠哉の身体はピクリとも動かずにゆらゆらとこちらに近づいてくるあの人を見ていることしか出来なかった。
「…っ」
すると突然、悠哉は腕を強く捕まれ壁に追いやられた。ぎりぎりと腕を締め付けられるような痛みに思わず顔を顰める。
「お前も母さんに似てきたな…」
その言葉にゾッと全身の毛が逆立つ。目の前のあの人は悠哉を見ているはずなのに、悠哉を見ていなかった。あの人の目には母しか映っていなかったのだ。
あの人は母の変わりに自分を抱こうとしている。それに対するショック、恐怖、嫌悪、色んな負の感情が入り交じってそれらはだんだんと気持ち悪さに変わっていった。
すると、悠哉の腕を掴んでいた手がするすると悠哉の身体をまさぐり始める。怖くて気持ち悪くて今にも逃げ出したいのに、悠哉の身体は氷のように固まってしまって声すら出すことが出来なかった。
ふとあの人の下半身が目に入る。盛り上がっている下半身から、あの人が今自分で興奮していることがわかった。その瞬間、胃のあたりから何かが込み上げてくる感覚に悠哉は襲われる。
あの人の手が悠哉のズボンのファスナーに手をかけた時だった。玄関の扉がガチャりと開き、「悠哉?」と陽翔が顔を出した。遊ぶ約束をしていたのになかなか来ない悠哉を心配に思った陽翔は様子を見に来てくれたらしい。幸運なことに、悠哉は鍵をかけ忘れていた。今の状況を見てサァっと青ざめた陽翔は靴を脱ぐ暇もなくこちらに駆け寄り、あの人に体当たりして悠哉を力強く抱きしめた。
それから騒ぎを聞き付けた陽翔の母親が警察を呼びあの人は連れていた。最後に見たあの人の顔はひどいもので、自分のした事がまるで信じられないかのように「悠哉…違うんだ悠哉…」とうわ言のように口にしていた。今でもあの人の絶望に染まった顔を悠哉は忘れることが出来ない。
そしてその事が原因で、悠哉は他人の性的な姿を見ると気持ち悪いと感じるようになってしまった。性欲なんて誰しもが持っている三大欲求の一つだ。けれども悠哉にとって性欲は気持ちが悪いものという認識であり、そんな自分に普通の恋愛は一生出来ないのかもしれない、と悠哉は悟った。
そんな母のことを悠哉の父は深く愛していた。だから母が死んだ時は狂ったように涙を流し母の名前をひたすら繰り返し呼んでいた。そんなあの人の姿を見て、もう母さんが目を開けることはないのだと子供ながらに悠哉は思ってしまったのだ。
それでもあの人は父親の役目を全うしようと真面目に働き、休日はよくキャッチボールをしてくれた。母がいなくなった穴は大きすぎたが、それでもまだ家族としての形は保っていた。
しかし悠哉の日常は徐々に壊れていった。悠哉の父は昔ホストだったらしく、今働いている会社を辞め、ホストに出戻りしたのだ。あの人が家にいる時間は極端に減り、気がついた時にはほとんど家には帰ってこないようになっていた。毎週食費だけ机に置かれており食べるものには困らなかったが、悠哉の心はぽっかりと穴が空いたように孤独だった。
こんな家庭環境に置かれていたら誰でも性格はひねくれてしまうもので、小学校に通っていても誰とも喋らずいつも一人で過ごしていた悠哉に友人など出来るはずもなかった。それに加え、どこから漏れた情報なのかは知らないが涼井の父親はホストだとクラス中に広まったこともあった。当然そんな悠哉と仲良くしたいと思うようなクラスメイトはいなかった。
小学五年生の時、クラスの腫れ物だった悠哉を忌み嫌うクラスメイト二、三人に囲まれたことがあった。「根暗で気持ちが悪い」「いつも一人でいて不気味だ」などの暴言を浴びせられ、悠哉は身体中を蹴られた。
こんな馬鹿どもに構ってやることすら馬鹿馬鹿しいと悠哉は感じ、どんなに暴言を吐かれても無言を貫きやられっぱなしで時が過ぎるのをただ待っていた。そんな時、一人の同級生が「お前の父親ってホストなんだろ?自分の父親が毎日色んな女と遊んでるとか恥ずかしすぎるだろ」と笑いながらあの人のことをバカにしてきた。どんなことを言われても耐えられたのに、何故かあの人を馬鹿にされる事だけは許せなかった。悠哉は耐えきれなくなり、気がついた時にはその同級生のことを殴っていた。
もちろんその事は大問題となり、あの人も学校に呼び出され何故そんなことをしたのかと担任にえらく詰められた。
「なぜ何も言わないんだ?本当に悪いと思ってるのか?」
「あいつらが悪い、先に手を出したのはあいつらだろ。だから俺は悪くない」
「同級生を殴っておいてなんだその言い分は!?あなたの教育がおかしいんじゃないんですか?」
反抗的な態度を取る悠哉に怒りを覚えた担任は、標的を悠哉からあの人に変えネチネチと嫌味を言ってきた。
そんな担任を他所にあの人は平然とした態度で一言「そんなに言うなら転校するか」と悠哉に問いかけてきた。あの人の言葉に担任は顔を真っ赤にして怒っていたが、あの人は気にすることなく悠哉の手を取り教室を出ていった。
帰り道、あの人は「よくやった」と悠哉の頭を大きな手で撫でた。
「どうせ俺の事で虐められてたんだろ?それで腹が立って殴った、小五にしては喧嘩っ早いがいい判断だと俺は思うぞ。やられっぱなしは弱いやつがすることだ」
親として、自分の息子が同級生を殴ったら叱らなければならないと思うが、あの人は逆に褒めてきたのだ。あの人に褒められる事なんていつぶりだろうかと思ってしまうほど久しぶりで、あの時だけ悠哉は心に空いた穴が少しだけ満たされたような気がした。
それから悠哉は別の小学校へ転校して陽翔と出会った。陽翔と出会ったおかげで以前よりはマシな性格になり、一人でも陽翔が居てくれれば平気になったのだった。
そんな時、事件は起きた。中学一年生の秋、いつものように陽翔と遊ぶ約束をして悠哉が家に帰ると、久しぶりにあの人の靴が玄関にあった。この頃はもうほとんどあの人が家に帰ることはなくなっていたため、珍しいなと思った悠哉は軽い足取りで靴を脱いだ。するとリビングの方から物音がし、あの人が姿を現した。
一ヶ月ぶりぐらいに見たあの人の姿は以前と特に変わってはいなかった。けれど悠哉を見つめる瞳はどこか虚ろげで、生気を感じられない。悠哉の身体は強ばっており、身動きが取れなかった。
「悠華…」
あの人が母の名前を口にし、こちらに向かってくる。逃げなくてはいけない、そう感じているはずなのに、悠哉の身体はピクリとも動かずにゆらゆらとこちらに近づいてくるあの人を見ていることしか出来なかった。
「…っ」
すると突然、悠哉は腕を強く捕まれ壁に追いやられた。ぎりぎりと腕を締め付けられるような痛みに思わず顔を顰める。
「お前も母さんに似てきたな…」
その言葉にゾッと全身の毛が逆立つ。目の前のあの人は悠哉を見ているはずなのに、悠哉を見ていなかった。あの人の目には母しか映っていなかったのだ。
あの人は母の変わりに自分を抱こうとしている。それに対するショック、恐怖、嫌悪、色んな負の感情が入り交じってそれらはだんだんと気持ち悪さに変わっていった。
すると、悠哉の腕を掴んでいた手がするすると悠哉の身体をまさぐり始める。怖くて気持ち悪くて今にも逃げ出したいのに、悠哉の身体は氷のように固まってしまって声すら出すことが出来なかった。
ふとあの人の下半身が目に入る。盛り上がっている下半身から、あの人が今自分で興奮していることがわかった。その瞬間、胃のあたりから何かが込み上げてくる感覚に悠哉は襲われる。
あの人の手が悠哉のズボンのファスナーに手をかけた時だった。玄関の扉がガチャりと開き、「悠哉?」と陽翔が顔を出した。遊ぶ約束をしていたのになかなか来ない悠哉を心配に思った陽翔は様子を見に来てくれたらしい。幸運なことに、悠哉は鍵をかけ忘れていた。今の状況を見てサァっと青ざめた陽翔は靴を脱ぐ暇もなくこちらに駆け寄り、あの人に体当たりして悠哉を力強く抱きしめた。
それから騒ぎを聞き付けた陽翔の母親が警察を呼びあの人は連れていた。最後に見たあの人の顔はひどいもので、自分のした事がまるで信じられないかのように「悠哉…違うんだ悠哉…」とうわ言のように口にしていた。今でもあの人の絶望に染まった顔を悠哉は忘れることが出来ない。
そしてその事が原因で、悠哉は他人の性的な姿を見ると気持ち悪いと感じるようになってしまった。性欲なんて誰しもが持っている三大欲求の一つだ。けれども悠哉にとって性欲は気持ちが悪いものという認識であり、そんな自分に普通の恋愛は一生出来ないのかもしれない、と悠哉は悟った。
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