感情のない君の愛し方

真楊

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 乾杯から数時間が経ち、場の空気もなかなかに盛り上がってきた。そんな時だった、ガラリと扉が開き、一人の男が中へ入ってきたのは。

「おーす、おつかれー!」

「やっと来たか藍」

 立ち上がった大晴が男の元へ駆け寄り「スペシャルゲストが来たぞー!」と全員に聞こえるような声量で声を上げた。その瞬間、場の空気が一変し大晴たちの方へ全員の視線が集まったのだった。

「嘘っ!藍?!」

「本物?!嘘でしょ?!!」

 周囲は一瞬でざわつき、驚きの声がそこら中から飛び交う。そしてあっという間に男、水樹藍の周りを囲うようにしてほとんどのクラスメイトが藍の登場に歓喜の声を上げた。

「大晴どういうことだよ!藍は来ないって話じゃなかったのか?!」

「いやー、こいつが来るなんて言ったらお前ら他の関係ない奴も絶対連れてくるだろ?そんな騒ぎになってもあれだから言わなかったんだよ」

 どうやら大晴だけが藍の参加を知っていたらしい。ジャケットを脱いだ藍は「とりあえずお前ら俺を座らせろ」と笑いながらそのまま空いている場所へ腰を下ろした。そんな藍の隣を争奪戦のように取り合うもの達によって藍の周りだけがとにかく騒がしいことになっていた。

「いや…まさか藍が来るとはな」

「こんなところに絶対来ないと思ってたわ、なぁ蒼太?」

 蒼太へと語りかけた友人は、蒼太から反応がないことに疑問に思い「おい蒼太?」ともう一度呼びかけた。それでも蒼太の反応はなく、蒼太本人は目の前で楽しそうに笑っている藍の姿から目を離せずにいた。
 藍が目の前にいる、これは現実なのだろうか。蒼太には現実か夢なのか区別することすら危うく、今の状況にとてもじゃないがついていくことは不可能だった。だってあの藍がこの場にいる、自分と同じ空間で笑っているなんて信じられない、信じられるはずがないのだ。

「蒼太!!」

 友人に耳元で呼ばれ、蒼太はハッと我に返る。「どうしちまったんだよ、もう酔いが回ったのか?」と心配そうに蒼太の顔を覗き込む友人に「え、あー、そうみたい」と蒼太は曖昧な答えを返した。

「水飲めよ、水」

「う、うん、ありがとう」

 水を渡された蒼太はグラスを受け取り素直に水を飲む。

「そういやお前藍と仲良かったよな?あいつんとこ行かなくていいのか?」

 未だに同級生達から囲まれている藍の姿を友人はチラリと見た。藍から視線を逸らした蒼太は「俺はいいよ」と空になったジョッキを見つめた。


「おい蒼太、お前本当に大丈夫なのか?」

 心配そうな表情で蒼太を見つめる友人の姿が目に入る。そんな友人の肩から腕を離した蒼太は「大丈夫だってぇ、俺もう大人なんだよぉ?」と呂律の回っていない状態で答えた。

「本当かよ…フラフラじゃねぇか」

「お前こいつ持ち帰れるか?」

「無理、俺明日はえーし」

 目の前で友人達が何か言っている様子を、ほとんど機能していない頭をした蒼太はボーッと虚ろな瞳で見つめる。何を話しているのかすらよく分からない、今の蒼太はそれ程までに酔っていた。

「はぁ…俺ら二人とも明日があるからこれ以上面倒見れないわ。とにかく気をつけて帰ってくれよ」

「わかったわかった」

 友人達は最後まで不安そうな顔つきのまま蒼太と別れた。一人になった蒼太は家へ帰るためフラフラとした足取りでなんとか歩みを進める。そんな蒼太のほとんど機能されていない思考の中にはたった一人、水樹藍で埋め尽くされていた。
 数年ぶりに会った藍はテレビに映っている姿よりも幾分か美しく感じられた。髪色は高校時代よりも落ち着き赤に近い茶髪になっており、服装も黒いジャケットに赤いニット、白いパンツというオシャレなもので藍のスタイルの良さが強調されていた。藍はとにかくスタイルがいい、それは高校時代から蒼太が常日頃思っていたことであり、今日の藍のすらっとした立ち姿もなんとも美しかった。

 眩しすぎる藍の笑顔を思い出した蒼太は「…藍」と呟いた。すると足元がおぼ付き、そのまま尻もちをついた蒼太はボーッとした瞳で空を見上げる。少し欠けている月が煌々と光を放っている、その光に蒼太は吸い込まれてしまうのではないか、そんな考えが脳裏に過った。

「おい…蒼太…」

 誰かが自分の名前を呼んでいる。懐かしい声、この声に名前を呼ばれたらすぐにあいつの元へ行かないといけない。

「お前って奴は…」

 誰かに身体を支えられる。その瞬間、蒼太の鼻腔にふわっとした甘い香りが感じられた。

 ──ドクン、ドクン。

 蒼太の鼓動が激しく音を立て
始める。甘い、甘い香り。
 これはきっと自分の都合のいい夢なのだと蒼太は思った。なんて幸せな夢なのだろうか、蒼太は瞳を閉じ、そのまま意識を手放した。
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