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しおりを挟む「寝る時このベッド使ってくれ」
寝室へと案内された陽翔に、慶は一つのベッドに視線を向けた。
「えっ?慶先輩はどこで寝るんですか?」
「俺は適当にソファとかで寝るから気にすんな」
ベッドへ腰掛けた慶は平然とした態度でそう言うが、陽翔からしたら気にしない方が無理な話だった。そのため「居候の分際で僕がベッド使うなんて出来ませんよ」と陽翔は抗議した。
「そう言われてもお前をソファで寝かす訳にも行かないしな」
慶は顎に手を当てしばらく考え込むと「あー…一緒にベッド使うか?」と言いづらそうに提案した。
「え?でもいいんですか…?僕のせいでスペース狭くなりません?」
「お前は彰人みたいにでかくねぇから大丈夫だよ」
慶は毛布をめくりそのままベッドへ寝転がった。陽翔もおずおずとその隣へ「失礼します」と入り込んだ。
「あっ、そうだ」
陽翔が寝転がろうと身体を倒した時、慶が何かを思い出したようにがばりと起き上がった。ベッドからおり、鞄の中をガサゴソと漁っている慶は「あったあった」と鞄から何かを取り出している。
「どうしたんですか?」
ベッドの上で慶の様子を見ていた陽翔に、慶は「これ、お前にやる」とラッピングされた手のひらサイズの箱を陽翔に手渡した。
「えっと…これって…?」
「とりあえず開けてみろよ」
慶に催促された陽翔は言われるがままラッピングされている赤いリボンを解いた。そして箱の蓋を開けた陽翔は中身を確認して息を飲んだ。
「スノードーム…」
「ああ、クリスマスの日にさ、お前このスノードームのこと綺麗だっつって見てただろ。だからクリスマスプレゼントとして陽翔に渡そうと思ってたんだ。それなのに渡しそびれちまったから今日学校で渡そうとしたんだけどそれも失敗した」
慶は陽翔の隣に腰を下ろし、照れくさそうにはにかんだ。
プレゼントの中身は、クリスマスの日に慶と一緒に訪れたモールで見つけたスノードームだった。あの時確かに陽翔はこの美しい雪景色に目を奪われていた。けれどまさか慶が陽翔に渡すクリスマスプレゼントとしてスノードームを購入していたとは思ってもみなかった。
陽翔はスノードームの中で降り積もる白い雪のようなものを見つめながら「慶先輩ってほんと…僕に尽くしすぎですよ」と困ったように笑った。
「好きなやつにぐらい尽くさせてくれよ」
「…ありがとうございます、大切にします」
陽翔は慶に向けて心からの感謝を口にする。これはプレゼントを貰ったことに対する感謝の他に、今まで慶が陽翔に対してしてくれたこと全てに対しての感謝の気持ちが含まれていた。
「喜んで貰えたようで良かった」
慈愛に満ちた慶の瞳が陽翔を捕らえる。そんな慶の姿に、クリスマス当日の事が鮮明に陽翔の頭をよぎった。陽翔は「先輩、すみませんでした」と今度は謝罪の言葉を口にした。
「なんの事だ…?」
「クリスマスの夜、僕は先輩に抱いてくださいと頼みました。先輩は僕とシたいんだって…僕から誘えば先輩は喜んでくれるんだって思ったんです」
ゆっくりと話し始めた陽翔に、慶は黙って耳を傾けてくれている。陽翔はさらに言葉を続けた。
「だけど先輩は僕の気持ちに気がついていて…僕は馬鹿でした…僕の気持ちが未だに悠哉に向いたままだっていうのに、そんな状態の僕なんか先輩は抱きたくないに決まってる」
あの時の自分の愚かな行動を思い出し、陽翔は思わずスノードームをギュッと握りしめた。セックスさえ出来れば慶は喜んでくれるという浅はか過ぎた自分の考え、自分の軽率さがまた慶を傷つける結果となってしまった。
「慶先輩、僕達別れましょう」
陽翔はやっと切り出すことが出来たこの一言に、どこか安堵するような気持ちを抱いた。これでやっと慶を解放することが出来る、そんな安堵の気持ちが陽翔の中には存在していた。
「嫌だって言ったら?」
「へっ…?」
「別れるなんて嫌だ、って俺が言ったら陽翔はどうする?」
慶の予想もしていなかった返答に、陽翔は呆然と瞳を見開くばかりだった。慶なら素直に別れ話を受け入れてくれると思っていた陽翔の考えが甘かったのだ。
「別れてくれないんですか…?」
「お前が俺の事嫌いでどうしても別れたいっていうなら別れるよ。陽翔は俺の事嫌いか?」
陽翔は「そんな事ない…っ!」と勢いよく顔を上げた。慶の事が嫌いなわけがない、むしろ陽翔は慶に対して好意的だった。
「だったら陽翔の傍に居させてくれ」
慶の手が陽翔の右手にそっと触れる。自分を見つめるその熱い瞳から陽翔は目が離せなかった。
「別れ話を切り出したら俺が素直に受け入れてくれるとお前は思ってたみたいだけど、俺の陽翔への気持ちはお前が思ってる以上でな。まぁただ諦めが悪いだけかもしんねぇけど」
慶の答えは陽翔の予想していたものとは違っていた。慶を思って切り出した別れ話だったはずなのに、慶自身に否定されてしまってはこれ以上どうすることも出来なかった。
「でも僕は悠哉の事が好きなんですよ…?そんな僕みたいな男と付き合い続けて先輩は苦にならないんですか?」
「さっきも言っただろ、俺は陽翔の傍に居られるだけで十分なんだ」
「でも…」
口ごもった陽翔に「じゃあこうしよう」と慶は一つの提案をした。
「俺が卒業するまでに陽翔が俺に惚れる事がなかったら別れる、どうだ?」
「先輩が卒業するまで…?」
「そう。俺だっていつまでも陽翔を縛り付けるのは気が引ける、だから卒業するまで俺にチャンスをくれないか」
慶の提案に陽翔はしばらく考え込む。慶が卒業するまでこの関係を継続する、果たしてこの選択をしたところで二人の関係は今と変わることはあるのだろうか。結局のところ陽翔次第なのだろう、陽翔が慶に惚れるか惚れないか、大袈裟かもしれないがそれによって二人の人生は大きく変わることとなる。
しかし慶に全てを打ち明けた今、陽翔の気持ちは幾分と楽になっていた。慶を利用していた罪悪感から慶の隣を歩くに相応しい恋人を演じようと精一杯になっていたが、今なら本来の自分のまま慶の恋人でいようと思える、そしてそれを慶も望んでいることだろう。
「それが先輩の望みなら、僕はそれで構いません」
陽翔は慶の提案を受け入れた。陽翔の答えを聞いた慶は「本当に嫌なら無理しなくてもいいんだぞ?」と眉を下げる。
「僕は嫌じゃないですよ。それに今までは恋人を演じることで手一杯になって全然先輩のこと見れてなった、だからこの三ヶ月間は無理して恋人を演じるのを辞めて、先輩の事をしっかりと見ようと思ったんです。僕自身、柚井陽翔として」
陽翔は慶の左手をぎゅっと握り返す。そんな陽翔の頭を「ありがとな、陽翔」と慶は優しく撫でた。
「まぁ、でも恋人っていっても俺はお前を抱くつもりはないし今後はキスもしない。お前の善意じゃなく本当の意味で恋人になれるまで俺は手を出さない」
慶はどこまでも紳士的だった。陽翔としては今まで通りキスぐらいならしてもいいのに、と思ったが慶がそう言うなら異論は無い、そのため「分かりました」と頷いた。
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