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放課後、結局悠哉の言葉通り空音に話を聞きに行くことになった陽翔であったが、どことなく感じる背筋を這うような嫌な予感が陽翔の身体を強ばらせた。どんな恨み言を言われる覚悟だって陽翔にはある、しかしいざ空音と面と向かって話そうとなると、どれほど空音に恨まれているのか身をもって実感することになる、それが陽翔にとっては恐怖だった。
二人は旧校舎の空き教室まで足を進めた。空音にはLINEで『放課後話があるから旧校舎の空き教室まで来て』と連絡を入れている。空音にLINEを教えた記憶などなかったのだが、恐ろしいことにいつの間にか登録されていた。あの時はとにかくゾッとしたものだった。
空き教室の前まで来た陽翔は、既に電気が付いていることに気がついた。既に空音が来ているのだろう。陽翔は身構え、ゴクリと喉を鳴らした。
すると、悠哉が陽翔の背中を優しくポンと叩いた。
「大丈夫、お前なら大丈夫だよ陽翔」
悠哉の瞳はとても優しかった。陽翔はなんて心強いのだろうと、大切な親友の姿を見て心から感じた。
「ありがとう」と悠哉に微笑み、陽翔は教室の扉を開けた。
「あ、来た来た。やっほー」
教室へ入ると、窓際に両手をついている空音の姿が目に入った。空音はいつものようにニコニコとした笑顔で二人に向けて手を挙げている。
「急に陽翔から呼び出されてほんとびっくりしたよ。で、なんの用?」
陽翔は静かな歩みで空音の元へと距離を縮めながら「なんの用かなんて僕が言わなくてもお前は分かってるんじゃないか?」と空音の姿を鋭く睨みつける。
「え?あー、もしかして告白とか?こんな人気のない所に呼び出すなんて告白以外思いつかないし…でも実の兄弟とは流石に付き合えないなぁ」
この状況でへらへらとくだらない冗談を口にしている空音に、陽翔の嫌悪はさらに肥大化していった。
「あ、もしかして陽翔じゃなくて悠哉が俺に告白する感じ?」
「は?そんな訳ないだろ」
陽翔の後ろで黙っていた悠哉も空音の冗談に思わず言葉を挟み、呆れたような表情をしている。
「大体俺はお前みたいな変人好きになるような変わり者じゃないんでな」
「あははっ、相変わらず手厳しいね」
空音は楽しそうに笑いを零した。そんな空音のおどけたような態度に、いい加減痺れを切らした陽翔は「空音」と一際低い声で空音の名を呼んだ。
「なに?」
「単刀直入に聞くけど、今朝の写真はお前がやったのか?」
陽翔が本題に入ると、空音は一瞬ぽかんとした表情で瞳を丸めた。そして「ああ!あれねあれ!」と弾んだ声を発した。
「すごい騒ぎになってたよねー、俺も教室入ったら質問攻めで困ったよ。難波先輩とできてるの?ってさ」
「僕が聞きたいのはそんな事じゃない、あの写真はお前の仕業なのか、それを聞いているんだ。答えてくれ」
陽翔は空音に詰め寄った。空音が馬鹿正直に真実を話すのか、それとも嘘をついてしらばっくれるのか、どちらの返答も容易に想像できてしまうため、次に空音がどのような返答をしてくるのか陽翔には的確に言い当てることは出来ない。けれど陽翔の中でもしかしたら本当に空音の仕業ではないのではないかという微かな可能性もあるにはあった。可能性、いや、これは陽翔の願いなのかもしれない。
空音は一度口を噤むと真顔のままじっと陽翔を見つめた。そして再度口を開いた。
「俺だよ」
空音は清々しいぐらいの笑顔でそう口にした。陽翔は一瞬頭が追いつかなかったが、空音の笑顔を見つめているうちに、だんだんと理解が追いついていく。
──ああ、やっぱり空音の仕業だったのか。
「さすがだね陽翔、俺の仕業だなんてお前以外の人間は到底思わないんじゃない?でも良かったよ、未だに俺に恨まれてるって自覚がお前にあってさ」
陽翔は眼前が真っ暗な闇で包まれる感覚に陥る。覚悟していたはずだったが、いざ空音の口から聞かされた真実が陽翔を深い絶望に追いやった。陽翔は立っていることがやっとで、空音に対してこれ以上何も言い返せなかった。
「お前…っ、なんであんなことしたんだよ…っ!未だに陽翔のこと恨んでるって陽翔がお前に何をした?数年経った今でもなんでお前は陽翔が傷つく事を望んでやってるんだ…っ?」
悠哉は叫ぶように空音へ向けて声を荒らげた。そんな悠哉を嘲笑うように「陽翔が俺に何をしたって?」と空音は首を傾げる。
「陽翔は俺から全てを奪ったんだ、だって双子なのに片方だけが病気だなんておかしいでしょ?双子なら辛いことも分合うのが普通なんだよ、それなのに陽翔は俺に全部押付けたんだ」
「押し付けたって…そんなわけないだろ?陽翔はお前のこと本当に心配してたんだぞ?なのになんで…なんでお前は双子なのに陽翔のこと何も分かってやろうとしないんだ…っ!」
悠哉の怒気を孕んだ声が教室の中へ響きわたる。すると突然「ふっ、あはははっ」と空音が笑い声を上げた。
「は…何笑ってんだよ…」
「だってっ…君が変な事言うからさ。俺が陽翔の事を何も分かってない?君の方が分かってないんじゃない?」
皮肉めいた空音の物言いに、悠哉は上手く理解が出来ていないようで「どういう意味だよ…」と警戒した声色で問いかけた。
「悠哉、君って三年の神童彰人と付き合っているんだろ?」
その空音の一言に、陽翔は大きな衝撃を受けた。何故空音が悠哉と彰人の関係を知っている…?陽翔は訳が分からなかった。そしてそれは悠哉も同じようで、虚をつかれたように瞳を丸くしている。
「なんでお前が知ってるんだって顔だね?生憎人間観察が得意でね、でも驚いたんだよ?まさか君が陽翔でもない男と付き合ってるだなんてさ」
空音は何も言えない二人を無視し、楽しそうに語り出した。
「君の境遇は知ってるし男性に対して酷い嫌悪感を抱いていた事も理解してた、だからあんな男前なボーイフレンドが居たなんて驚きだよね。それにしても俺は不思議でならないよ、なんで君は陽翔を選ばなかったの?」
「やめろ…」
陽翔の口から咄嗟に言葉がこぼれ落ちた。空音が何を言いたいのか、陽翔には分かってしまったのだ。駄目だ、これ以上空音に喋らせてはならない。
「陽翔は悠哉、君のことが好きなのに」
「やめろ…っっ!!」
陽翔が気づいた時には空音に掴みかかっていた。空音の襟を力強く両手で握りしめる。
「俺何か間違ったこと言った?」
「やめろ…やめろ…」
「ねぇ悠哉、陽翔は悠哉のことが好きなんだ、もちろん恋愛感情でね。ずっとずっと悠哉のことが好きだったのに君は陽翔の気持ちにすら気づけずに他の男と付き合ってる、陽翔にとって残酷なことをしてるのは君の方じゃない?」
「お前は何を…」
空音は悠哉に向けわざと大きな声で発言した。困惑した悠哉の声、しかしそんな悠哉の声も今の陽翔の耳には届かず、とにかく空音を黙らせなければという焦燥感から陽翔は空音を押し倒した。空音の上に馬乗りになった陽翔は空音の首へ手をかける。
「陽翔、俺の事が憎い?」
空音は苦しそうに眉を寄せながら陽翔へ問いかけた。それでも空音の表情はどこか満足気で、空音の首に手をかけている陽翔の手には、無意識に力が込められた。これ以上空音を喋らせてはならない、陽翔の本能がそう訴えている。
――駄目だ、悠哉に知られては駄目なんだ。
「陽翔っ?!」
すると突然教室の扉が開き、自分の名前を呼ぶ声が陽翔の耳に入った。ハッと我に返った陽翔は手の力を緩め、空音の首から手を離した。
「ゴホ…ッゴホッ」
先程まで陽翔に強く押さえられていた自分の首元を空音はおさえ、苦しそうに何度か咳をしている。そんな空音の姿に陽翔は恐怖した。
「ゴホッ…丁度いいところに来ましたね慶さん」
教室へ入ってきた慶に向けて、空音は声をかけた。慶の後ろには彰人の姿も見えており、二人は今の状況についていけていない様子だった。そして瞬時に悠哉の元へ駆け寄った彰人は「悠哉?大丈夫か?」と悠哉の頬を優しく撫でている。
「慶さん、いいこと教えてあげましょうか?陽翔は鼻からあなたの事なんて好きでも何でもなかったんです、すべては悠哉のことが好きだとバレないための嘘、あなたは陽翔に利用されていたんですよ」
空音は陽翔の下で、陽翔が犯してきた罪を平気で晒しあげた。空音は全て知っていたのだ。陽翔が慶を利用していたことも全て知っていた。
全てをバラされた陽翔は耐えきれずに勢いよく立ち上がると、急いで教室から飛び出した。
廊下を無我夢中で走っている陽翔の後ろから「おいっ!待てよ陽翔っ!!」という声が聞こえる。誰かが自分のことを追ってきているのだろうという認識は頭の中にあったが、今の陽翔にはそんな事眼中にもなかった。とにかく誰もいないどこかへ行ってしまいたい、一人になりたかった。しかし陽翔の願いも虚しく、後ろから聞こえてくる足音は次第に大きくなり、遂には腕を掴まれてしまった。
「陽翔」
静かな廊下の中、慶の声だけが響いた。陽翔は「離してください…っ!」と慶の手を解こうともがくが、慶が腕を離してくれることはなかった。
「僕のことなんか放っておいてください…っ」
「嫌だ、今のお前を一人にはできない」
陽翔が声を荒らげても、慶は全く聞かなかった。何故慶は今もこうして自分の手を離そうとしないのだろうか、陽翔には今でも自分のことを気にかけてくれている慶のことが不思議で堪らなかった。
「なんで…っ先輩だって聞いてたでしょ?僕は先輩を利用してたんですよ?悠哉の為だからって自分を正当化してきたけど…結局自分には悠哉を幸せにする自信がなかったから…僕は逃げたんです…っ」
陽翔は自分の顔を両手で覆い、今まで犯してきた罪の全てを慶に告白した。こんな惨めな姿慶に見られたくない、消えてしまいたかった。
「俺も同罪だ」
慶は陽翔の震えた身体を包み込むように抱きしめた。慶の胸に顔を埋めることになった陽翔は突然の事で身動きが取れずにいる。
「お前が俺に気がない事なんてとっくの昔から知ってた。それでも俺はお前と別れようとしなかったし、むしろこの関係を利用して柚井陽翔の恋人という立場を手に入れていたんだ」
陽翔を抱きしめたまま、慶は陽翔と同様に自分の罪を告白した。慶は陽翔の気持ちを以前から知っていた、それでも陽翔の恋人を辞めなかった。これが慶にとっては罪なのだろう。しかし陽翔からしたら慶は被害者でしかない、同罪だなんて全く思えなかった。
「先輩は何も悪くないっ!全部僕のせいなんです…っだから同罪だなんて…」
「一人で背負おうとするなよ陽翔」
慶は陽翔の顔に両手を添え、上を向かせた。慶の真っ直ぐな瞳に見つめられた陽翔は、思わずその瞳に見入ってしまう。
「お前は一人じゃない、だから一人になろうとするな」
陽翔の瞳からポツリと一粒の涙がこぼれ落ちた。陽翔の意図から反して溢れ出る涙に、陽翔の気持ちは不思議と冷静だった。何故涙が流れ出るのだろう、自分で涙を止めようとしても止められないのだな、などと呑気な感想が陽翔の頭をよぎる。
陽翔の涙を指で拭った慶の姿に、この人はなんて優しい人なのだろうと陽翔は思った。
二人は旧校舎の空き教室まで足を進めた。空音にはLINEで『放課後話があるから旧校舎の空き教室まで来て』と連絡を入れている。空音にLINEを教えた記憶などなかったのだが、恐ろしいことにいつの間にか登録されていた。あの時はとにかくゾッとしたものだった。
空き教室の前まで来た陽翔は、既に電気が付いていることに気がついた。既に空音が来ているのだろう。陽翔は身構え、ゴクリと喉を鳴らした。
すると、悠哉が陽翔の背中を優しくポンと叩いた。
「大丈夫、お前なら大丈夫だよ陽翔」
悠哉の瞳はとても優しかった。陽翔はなんて心強いのだろうと、大切な親友の姿を見て心から感じた。
「ありがとう」と悠哉に微笑み、陽翔は教室の扉を開けた。
「あ、来た来た。やっほー」
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陽翔は静かな歩みで空音の元へと距離を縮めながら「なんの用かなんて僕が言わなくてもお前は分かってるんじゃないか?」と空音の姿を鋭く睨みつける。
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この状況でへらへらとくだらない冗談を口にしている空音に、陽翔の嫌悪はさらに肥大化していった。
「あ、もしかして陽翔じゃなくて悠哉が俺に告白する感じ?」
「は?そんな訳ないだろ」
陽翔の後ろで黙っていた悠哉も空音の冗談に思わず言葉を挟み、呆れたような表情をしている。
「大体俺はお前みたいな変人好きになるような変わり者じゃないんでな」
「あははっ、相変わらず手厳しいね」
空音は楽しそうに笑いを零した。そんな空音のおどけたような態度に、いい加減痺れを切らした陽翔は「空音」と一際低い声で空音の名を呼んだ。
「なに?」
「単刀直入に聞くけど、今朝の写真はお前がやったのか?」
陽翔が本題に入ると、空音は一瞬ぽかんとした表情で瞳を丸めた。そして「ああ!あれねあれ!」と弾んだ声を発した。
「すごい騒ぎになってたよねー、俺も教室入ったら質問攻めで困ったよ。難波先輩とできてるの?ってさ」
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陽翔は空音に詰め寄った。空音が馬鹿正直に真実を話すのか、それとも嘘をついてしらばっくれるのか、どちらの返答も容易に想像できてしまうため、次に空音がどのような返答をしてくるのか陽翔には的確に言い当てることは出来ない。けれど陽翔の中でもしかしたら本当に空音の仕業ではないのではないかという微かな可能性もあるにはあった。可能性、いや、これは陽翔の願いなのかもしれない。
空音は一度口を噤むと真顔のままじっと陽翔を見つめた。そして再度口を開いた。
「俺だよ」
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──ああ、やっぱり空音の仕業だったのか。
「さすがだね陽翔、俺の仕業だなんてお前以外の人間は到底思わないんじゃない?でも良かったよ、未だに俺に恨まれてるって自覚がお前にあってさ」
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「お前…っ、なんであんなことしたんだよ…っ!未だに陽翔のこと恨んでるって陽翔がお前に何をした?数年経った今でもなんでお前は陽翔が傷つく事を望んでやってるんだ…っ?」
悠哉は叫ぶように空音へ向けて声を荒らげた。そんな悠哉を嘲笑うように「陽翔が俺に何をしたって?」と空音は首を傾げる。
「陽翔は俺から全てを奪ったんだ、だって双子なのに片方だけが病気だなんておかしいでしょ?双子なら辛いことも分合うのが普通なんだよ、それなのに陽翔は俺に全部押付けたんだ」
「押し付けたって…そんなわけないだろ?陽翔はお前のこと本当に心配してたんだぞ?なのになんで…なんでお前は双子なのに陽翔のこと何も分かってやろうとしないんだ…っ!」
悠哉の怒気を孕んだ声が教室の中へ響きわたる。すると突然「ふっ、あはははっ」と空音が笑い声を上げた。
「は…何笑ってんだよ…」
「だってっ…君が変な事言うからさ。俺が陽翔の事を何も分かってない?君の方が分かってないんじゃない?」
皮肉めいた空音の物言いに、悠哉は上手く理解が出来ていないようで「どういう意味だよ…」と警戒した声色で問いかけた。
「悠哉、君って三年の神童彰人と付き合っているんだろ?」
その空音の一言に、陽翔は大きな衝撃を受けた。何故空音が悠哉と彰人の関係を知っている…?陽翔は訳が分からなかった。そしてそれは悠哉も同じようで、虚をつかれたように瞳を丸くしている。
「なんでお前が知ってるんだって顔だね?生憎人間観察が得意でね、でも驚いたんだよ?まさか君が陽翔でもない男と付き合ってるだなんてさ」
空音は何も言えない二人を無視し、楽しそうに語り出した。
「君の境遇は知ってるし男性に対して酷い嫌悪感を抱いていた事も理解してた、だからあんな男前なボーイフレンドが居たなんて驚きだよね。それにしても俺は不思議でならないよ、なんで君は陽翔を選ばなかったの?」
「やめろ…」
陽翔の口から咄嗟に言葉がこぼれ落ちた。空音が何を言いたいのか、陽翔には分かってしまったのだ。駄目だ、これ以上空音に喋らせてはならない。
「陽翔は悠哉、君のことが好きなのに」
「やめろ…っっ!!」
陽翔が気づいた時には空音に掴みかかっていた。空音の襟を力強く両手で握りしめる。
「俺何か間違ったこと言った?」
「やめろ…やめろ…」
「ねぇ悠哉、陽翔は悠哉のことが好きなんだ、もちろん恋愛感情でね。ずっとずっと悠哉のことが好きだったのに君は陽翔の気持ちにすら気づけずに他の男と付き合ってる、陽翔にとって残酷なことをしてるのは君の方じゃない?」
「お前は何を…」
空音は悠哉に向けわざと大きな声で発言した。困惑した悠哉の声、しかしそんな悠哉の声も今の陽翔の耳には届かず、とにかく空音を黙らせなければという焦燥感から陽翔は空音を押し倒した。空音の上に馬乗りになった陽翔は空音の首へ手をかける。
「陽翔、俺の事が憎い?」
空音は苦しそうに眉を寄せながら陽翔へ問いかけた。それでも空音の表情はどこか満足気で、空音の首に手をかけている陽翔の手には、無意識に力が込められた。これ以上空音を喋らせてはならない、陽翔の本能がそう訴えている。
――駄目だ、悠哉に知られては駄目なんだ。
「陽翔っ?!」
すると突然教室の扉が開き、自分の名前を呼ぶ声が陽翔の耳に入った。ハッと我に返った陽翔は手の力を緩め、空音の首から手を離した。
「ゴホ…ッゴホッ」
先程まで陽翔に強く押さえられていた自分の首元を空音はおさえ、苦しそうに何度か咳をしている。そんな空音の姿に陽翔は恐怖した。
「ゴホッ…丁度いいところに来ましたね慶さん」
教室へ入ってきた慶に向けて、空音は声をかけた。慶の後ろには彰人の姿も見えており、二人は今の状況についていけていない様子だった。そして瞬時に悠哉の元へ駆け寄った彰人は「悠哉?大丈夫か?」と悠哉の頬を優しく撫でている。
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空音は陽翔の下で、陽翔が犯してきた罪を平気で晒しあげた。空音は全て知っていたのだ。陽翔が慶を利用していたことも全て知っていた。
全てをバラされた陽翔は耐えきれずに勢いよく立ち上がると、急いで教室から飛び出した。
廊下を無我夢中で走っている陽翔の後ろから「おいっ!待てよ陽翔っ!!」という声が聞こえる。誰かが自分のことを追ってきているのだろうという認識は頭の中にあったが、今の陽翔にはそんな事眼中にもなかった。とにかく誰もいないどこかへ行ってしまいたい、一人になりたかった。しかし陽翔の願いも虚しく、後ろから聞こえてくる足音は次第に大きくなり、遂には腕を掴まれてしまった。
「陽翔」
静かな廊下の中、慶の声だけが響いた。陽翔は「離してください…っ!」と慶の手を解こうともがくが、慶が腕を離してくれることはなかった。
「僕のことなんか放っておいてください…っ」
「嫌だ、今のお前を一人にはできない」
陽翔が声を荒らげても、慶は全く聞かなかった。何故慶は今もこうして自分の手を離そうとしないのだろうか、陽翔には今でも自分のことを気にかけてくれている慶のことが不思議で堪らなかった。
「なんで…っ先輩だって聞いてたでしょ?僕は先輩を利用してたんですよ?悠哉の為だからって自分を正当化してきたけど…結局自分には悠哉を幸せにする自信がなかったから…僕は逃げたんです…っ」
陽翔は自分の顔を両手で覆い、今まで犯してきた罪の全てを慶に告白した。こんな惨めな姿慶に見られたくない、消えてしまいたかった。
「俺も同罪だ」
慶は陽翔の震えた身体を包み込むように抱きしめた。慶の胸に顔を埋めることになった陽翔は突然の事で身動きが取れずにいる。
「お前が俺に気がない事なんてとっくの昔から知ってた。それでも俺はお前と別れようとしなかったし、むしろこの関係を利用して柚井陽翔の恋人という立場を手に入れていたんだ」
陽翔を抱きしめたまま、慶は陽翔と同様に自分の罪を告白した。慶は陽翔の気持ちを以前から知っていた、それでも陽翔の恋人を辞めなかった。これが慶にとっては罪なのだろう。しかし陽翔からしたら慶は被害者でしかない、同罪だなんて全く思えなかった。
「先輩は何も悪くないっ!全部僕のせいなんです…っだから同罪だなんて…」
「一人で背負おうとするなよ陽翔」
慶は陽翔の顔に両手を添え、上を向かせた。慶の真っ直ぐな瞳に見つめられた陽翔は、思わずその瞳に見入ってしまう。
「お前は一人じゃない、だから一人になろうとするな」
陽翔の瞳からポツリと一粒の涙がこぼれ落ちた。陽翔の意図から反して溢れ出る涙に、陽翔の気持ちは不思議と冷静だった。何故涙が流れ出るのだろう、自分で涙を止めようとしても止められないのだな、などと呑気な感想が陽翔の頭をよぎる。
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