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しおりを挟む翌日、朝練が終わった陽翔が教室へ入ると、既に悠哉の姿が見えた。
「おはよう悠哉」
「はよ」
陽翔が悠哉に声をかけると、スマホから顔を上げた悠哉はいつもと変わらぬ様子で陽翔に視線を向けた。陽翔が席に着き荷物を置くと、前の席の悠哉は後ろを向いて陽翔のことをじーっと見ている。
「…なに…?」
「いや、なんか変だぞお前」
悠哉の指摘にギクリと肩を震わせた陽翔は「変って何が?」と作り笑いを浮かべた。
「何がって言われると困るんだけど、とにかく今日のお前はなんか変なんだよ」
悠哉の鋭さに陽翔は驚きを通り越してもはや呆れてしまう。目ざとい事に悠哉は陽翔の姿を一目見ただけで変だと瞬時に感じ取ってしまったのだ。自分のことになるととことん鈍くなる悠哉だが、陽翔のこととなると人一倍敏感だった。
「悠哉って僕のことよく見てるよね」
「まぁな。で、何があったんだよ」
早く話せと言うように催促された陽翔は、どうせバレるのだから隠す必要もないかと思い悠哉に空音のことを話した。
「…あいつ帰ってきたんだ」
陽翔が空音のことを話すと、表情こそ変わらないが反応に少しの間があったことから、悠哉自身空音の帰還に驚いているのだろうと感じ取れてた。
「そうなんだよ、今日から学校にも通うみたいで、しかも同じ高校っていう」
「てことはもうどっかのクラスにいるってこと?」
「うん、たしかクラスは一組だったかな」
一通り説明を聞いた悠哉は「ふーん…」と静かに相槌をうった。
「でも安心して、空音が悠哉に近づかないように僕がなんとかするから」
陽翔がそう意気込むと「なんとかするってなんだよ」と悠哉は息を吐き言葉を続けた。
「だいたいあの時だって俺が挑発したから起こったことで、お前が変に警戒する必要ねぇよ。それにあの後だって何もなかったし」
悠哉の危機感の無さに「そんな考えじゃだめだよ…っ!」と陽翔は勢いよく立ち上がった。生憎朝の教室はガヤガヤと騒がしかったため急な陽翔の発言を不審に思った者はいなかったようだが、当の悠哉は口を噤んでしまった。
「ごめん…急に大きな声出して…だけどあいつは…空音は僕を陥れるためだったら何でもするよ、それこそ僕の大切な人である悠哉は特に目をつけられてるだろうし」
陽翔が再び腰を下ろすと二人の間に沈黙が流れた。陽翔は口にしてから後悔した、危機感を持ってくれと説教じみたことを言って悠哉を困らせてしまっている。これは自分と空音の問題だ、悠哉が危機感を持つ以前に、まずは自分が空音をどうにかしなければならないというのに。
「一人で抱え込むなよ馬鹿」
「痛っ…!?」
陽翔は悠哉に手の甲をぎゅっと摘まれ、急なことに目をぱちくりとさせる。結構な力で摘まれたため、ジンジンとした痛みがまだ残っており、摘まれた場所は赤くなってしまっていた。
「もし仮に俺が目をつけられていたとしても俺はか弱い女子じゃないんだ、返り討ちにするぐらいの気持ちはあるから、それに…」
言いづらそうに一度言葉を止めた悠哉は再度口を開くと「今は彰人もいるんだしさ」と照れくさそうに顔を背けた。
まさかここで彰人の名前が出るとは思っていなかった陽翔は、不意打ちを食らったような感覚に唖然とした。悠哉を守ることの出来る存在は自分だけではない、そのことに気がついた瞬間どこか寂しい気持ちもありつつ、彰人がいるのなら確かに心強いと思った。
悠哉の傍にいるのはもう自分だけではない、陽翔は改めて思い知らされたような気持ちだった。
「うん、そうだね」
「ん、だから俺のことはあんま気にするなよ」
ふわっと柔らかく微笑んだ悠哉のその笑みが、陽翔には愛おしくて堪らなかった。絵本の勇者のように全世界の人間を守ることは今の陽翔には不可能だ。それならまずは大切な親友の笑顔を守る事から始めよう、陽翔は再度心に誓った。
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