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しおりを挟む柚井空音、彼は陽翔の双子の弟であり、陽翔が最も恐れている存在でもあった。
二人は同じ日に、同じ母親の胎内から産まれた。陽翔の方が先に出てきたため一応兄となっているが、そんなの誤差でしかないため兄、弟の順列は二人にとってはほとんどないも同然だった。
一卵性双生児、同じ遺伝子を持っている二人は瓜二つの見た目をしていた。輪郭、目の大きさ、眉の角度、鼻の高さ、唇の形、それら全てがそっくりで、空音は陽翔にとってまるでもう一人の自分のような存在だった。
陽翔は幼い頃からよく遊び、よく食べ、よく寝る子だった。まさに健康そのものの陽翔は風邪をひくことも稀であり、よく外で遊び回っていた。
そんな陽翔とは対照的に、空音は身体が弱かった。幼くして心臓が悪かった空音は運動はもちろん、外に出ることすらままならない時も多いぐらいだ。学校も休むことがほとんどで、空音はいつも病院で絵を描いていた。そのため陽翔は学校帰りによく空音の病室へ遊びに行っていた。
「今日はかけっこしたんだ!僕は足が遅いからビリっけつだったけど…でもその後みんなと鬼ごっこしてすごく楽しかったなぁ」
「へぇー、そうなんだぁ。いいなぁ陽翔は外でたくさん遊べてさ」
「空音も元気になったらいっぱい遊べるよ!だからその時は一緒に遊ぼうね」
「うん!ありがとう陽翔」
この頃はまだ仲のいい普通の兄弟だった。陽翔も空音のことは大好きだったし、病室で二人何気ない話をする時間は陽翔にとって楽しみでもあった。しかし二人の関係は徐々にズレが生じた。
小学校中学年の頃、空音の体調が少し良くなり学校にも頻繁に通うようになった。同じ顔の人間が二人いる、双子などという珍しい存在は自然と目立ち、注目の的だった。そのせいで陽翔は空音とよく比べられた。勉強も運動も苦手で要領が悪い陽翔、頭は良く軽い運動なら難なくこなしてしまう要領がいい空音、欠点だらけの陽翔は同じ双子なのに空音の方がすごい、と同級生達からよく言われていた。何故双子だというのに自分の方が劣っているのか、この頃から陽翔は少し空音と自分の差を気にしていた。けれどそんな空音を尊敬していたのも事実だった。身体が弱く辛い思いをしながらも、なんでもソツなくこなす空音のことを素直にすごいと思っていた。自慢の兄弟だった。
けれど時間が経つにつれて、二人はあまり話さないようになった。クラスが別だったために友人関係はそれぞれ別々で、自然と距離ができるようになった。それでも陽翔は空音のことを大切な兄弟だと思っている気持ちは変わらず、家では積極的に空音と関わろうとした。しかし陽翔から話しかけても素っ気なく返されるだけで会話は直ぐに終わってしまう事がほとんどだった。自分が空音に何かしたのだろうか、身に覚えのない陽翔にとっては空音の態度は不可解だった。
それから数ヶ月、空音の様態が悪化し大きな病院へと移ることになった。家族ともに引っ越すことになった陽翔は新しい学校へ転校した。
また入院生活へ戻ってしまった空音のことを陽翔は心配で仕方なかった。両親に空音の体調のことを聞いても大丈夫の一点張りで、陽翔は何度も病院へ足を運んだ。しかし空音は寝たきりのことがほとんどで、話が出来る状況ではなかった。
それでも陽翔は少しでも空音を元気づけたいと思い、毎月コツコツ貯めていたお小遣いで空音に絵の具をプレゼントした。
病室でいつも絵を描いていた空音、最近はそんな空音の姿を見る機会もほとんどなくなってしまっており、陽翔は寂しく感じていた。また空音に絵を描いてほしい、だから陽翔は空音に絵の具をプレゼントすることにしたのだった。
「空音!これ僕からのプレゼント!空音絵を描くのが好きだからさ、それに僕も空音の描いた絵好きだし」
いつものようにベッドに横になっていた空音に、陽翔は綺麗にラッピングされた絵の具を差し出した。しかし空音は起き上がると、陽翔の手から勢いよく絵の具を払い落とした。
「なにすんの?!!」
陽翔は急いで絵の具を拾い上げ、空音の顔を見た。
「お前のせいだ…」
「えっ…?」
「なんで双子なのに俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんだよ…最近は手が震えて絵だってまともに描けやしないのに…それなのにお前だけのうのうと生きてさぁ…」
「空…音…?」
「お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃだ…お前なんて生まれて来なければ良かったんだ…っ!」
空音の苦痛とも捉えられる声が病室中に響き渡った。憎悪で満ち溢れた空音の瞳が、陽翔の姿を恨めしそうに睨みつけている。
こんなにも空音に恨まれていたなんて、陽翔はこの時初めて思い知った。自分の存在が空音を苦しめている、その事実に頭を強く殴られたようなショックを受けた陽翔は、それから空音の病室へ行くことが恐ろしくなってしまった。
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