一寸先は闇

北瓜 彪

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第5章 わな

わな

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 ガラガラガラ。
 朝、登校した僕が教室の扉を開けると、僕の机の周りに人だかりができていた。
「おはよー、あれ?どうかしたの?」
「あっ、来た来た。おい、見ろよこれ。」
 道を空けてもらいながら自分の机を覗き込むと、そこには驚きの光景が待っていた。
 なんと、机の上、天板から数センチの空中に、イチゴが浮遊していたのだ。しかもそれは一定の速度でゆっくりと横方向に回転している。
 「えっ、何これ‼︎……え、どうなってんの⁉︎」
僕は驚愕の声を上げてしまった。一体どういう仕組みなのだろう。天板と目の高さを合わせて見てみるが、机とイチゴの間にはピアノ線もガラスの箱も、種や仕掛けは一切ない。
 僕は恐る恐るイチゴと机の間の空間に手を入れてみた。触れるものは…何もない。
「どうなってるんだ‼︎」
 「ほらほらみんな、席に着きなさい。」
 そこに担任のタカナシ先生がやってきた。
「せんせー!ツボタの机の上でイチゴが浮いてまーす‼︎」
教室で最初に声をかけてくれたウシゴメくんが先生に言った。
「何っ。イチゴが浮いてるって、どういうことだ?」
タカナシ先生も僕の机の方にやってくる。
「何だこれは⁉︎こんな手の込んだイタズラ、誰がやったんだ!」
「先生、オレたちじゃありません!オレが最初に登校した時には、もうこの状態でした。」
 タカナシ先生は浮遊するイチゴをじっと観察すると、僕と同じようにイチゴの真下に手を入れて確かめ、次にイチゴの上の方を手で押さえつけた。
「あっ!」
 みんなの視線がタカナシ先生の手に注がれた。でも結果は同じだった。先生の手は押さえたイチゴと一緒に回転してしまい、やがて
「無理だ。どうなってるのか知らんが、止められない。」
と先生もお手上げだった。
 「こうなったら机を動かしてしまおう。ツボタ、手伝え。」
僕はタカナシ先生と一緒に机を持ち上げてその場から動かした。するとどういう訳だろう、イチゴもまるで天板にくっついているかのように移動して、机の上空から離れないのだ。
「うーん、困ったもんだなぁ。とりあえず授業に入りたいから、この机を一回廊下に出そう。ツボタは、これから先生が空き教室から机を1個持ってくるから、今日はそれを使いなさい。」
 そして僕の机はどこかに持って行かれ、僕は今日一日代わりの机を使った。


 
 翌朝、今度は3階の空き教室の前に人だかりができていた。そこは「算数教室」といい、算数の少人数授業で一番下のクラスが使う教室だった。
「今度は何があったんだろう。」 
中に入ってみると、昨日よりももっと驚きの光景が待ち受けていた。
 きちんと整理された列から外れた机の前で、タカナシ先生によく似た石像が立っていたのだ。
 近づいて見てみると、石像の前のその机はもともとの僕の机だった。
「わあ!タカナシ先生の石像だあ!!」
真横から大声がして振り向くと、ウシゴメくんが面白そうに石像を見上げていた。
 もう一度机を見ると、なんとあのイチゴはまだ浮遊している。
「ウシゴメくん、イチゴが…。」
「あっ、本当だ!まだ残ってるや!」
ウシゴメくんは昨日と同じようにイチゴを注意深く、あっちからこっちから見ていたが、やがて言い出した。
「これって食べられるのかなぁ。」
そして昨日のタカナシ先生みたいにイチゴの回転を止めようとしたり、イチゴを持ち上げようとしたりしたけれど、イチゴは回転を止めず、その位置から動くこともなかった。
「ええい、こうなったら‼︎」
ウシゴメくんは机に身を乗り出すと、「ガン!」と顎を天板にぶつけながら大口の中にイチゴを収めた。
「あっ!」
 僕はそのままウシゴメくんが机から起き上がるのを見て、イチゴが本当に食べられたことを確認した。
「へへっ、ウマイぜ。つうかまぁ普通のイチゴだなッ…‼︎」
 途端、ウシゴメくんの表情が強張った。喉に詰まらせたのだろうか。でもウシゴメくんの喉は今しがたゴクリと動いたばかりだ。後ろで見ていた同級生たちの悲鳴を聞きながらウシゴメくんの全身を見て、ようやく気がついた。
 ウシゴメくんの体は服は、足の方から上へ向かって、ゆっくりと明るい灰色に変わっていったのだ。



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