一寸先は闇

北瓜 彪

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第2章 悲劇の予兆

予兆

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 ラズベリーケーキの最後の一口を舌の上で溶かしながら、レイナは喫茶店の時計に目を遣った。「そろそろ帰ろうかな」と思う。テーブルと同じシックなブラウンの壁に彫られた英国風の木彫は、半球形のライトの白い光を反射して光っていた。
 ついつい長居しちゃうな。飲食店ならどこでも、という訳ではないのだが、特にこういう落ち着いた雰囲気の場所だと時間を忘れてしまう。レイナは赤いカーディガンを羽織り直すと、まだ半分くらい残っているクリームソーダに手をつけた。縦長のグラスは反対側を遮る程の完璧なエメラルドグリーン1色で、上へ上へと絶えず上っていく小さな小さな炭酸の泡はいくら目で追ってもすぐに見失ってしまう。
 「……あれ?」
すると、じっと見ていたそのエメラルドグリーンの中に、別の緑色の何かを見た。レイナはそんな違和感を感じた。泡の通り過ぎていく向こうに見えたそれは、段々と鮮明に浮かび上がってくる。バニラアイスを食べる前に底に沈めてしまったサクランボは、グラスのこちら側で赤玉となって留まっているのだが。
「…何だろ。」
  シュワアアアァァー…と聞こえてきそうな泡のラッシュが再び、そしてその中から緑のものが、はっきりと姿を現した。
「え…………」
風神。俵屋宗達の「風神雷神図屏風」の右側にいる緑の鬼が、クリームソーダのグラスの中にそのままの姿で登場した。

 「ビュドオオォォ。」
 タクミは上着を握りしめながら喫茶店に入った。室内に入ってしまえば温度は一定に保たれているのでこっちのもんだ。上着を脱ぎながら腰かける。ウェイトレスが水を運んでくるより先にメニューを開き、「お冷でございます。」と言われるやいなや
「コーラフロート下さい。」
と注文した。
 さっきまで強風に寒がっていたのが嘘のように、タクミはもう暑さを感じていた。店内を見渡して最初に目に入った八角時計の焦茶色とごってごての英国趣味の内装がチョコラトルのようにきつい味わいを醸し出しているのも、タクミには応えた。
 間もなく望みの品が運ばれてくると、タクミは無造作に破った袋の中からストローを引っ張り出して、グラスの中に放り込んだ。シュワー…と細かい泡たちが、招かれざる客から逃げるかのようにしてグラス全体に散っていく。それを見届けてコーラを飲み始めたタクミは、グラスの中に何かが混入しているのに気がついた。
「…ん?」
テーブルの面に顎を付けてグラスの側面を覗き込んだタクミは、コーラの中で段々と鮮明に浮かび上がってくる白いものを見つけた。
「何だこれ。」
シュウゥー…、と再び泡のラッシュがカラメル色の円筒を縦断し、それが晴れた後、タクミは驚くべきものを見た。
 白い異物だと思っていたのは、「風神雷神図屏風」の雷神そのものだったのだ。まるで屏風から引っ剥がしてコラージュしたかのように、コーラのカラメル色の奥に平面的な雷神図があった。
「あ……⁉︎」
 
「ビシャーン!ガラガラガラ…」
 突然喫茶店の窓に一筋の稲光が迸り、続いてザァーッと雨が降ってきた。

 落ちた!レイナは雷の音にとっさに耳を塞いだ。雨も降り始めたようだった。はあ、もう少しここにいさせてもらうことになりそうだ。そんなことを考えながら。

 落雷の音が聞こえ、タクミはびくっと起き上がった。あっ、とグラスを覗き込むと、あの雷神はどこにもいない。しかしタクミには、今の雷神と突然の雷に全く関係がないようにはどうしても思えなかった。でももう外は雨だし、たとえ雷神がどうだったとしても、そんなことは今さらどうでもいいことだと思った。
 
 


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