一寸先は闇

北瓜 彪

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第2章 悲劇の予兆

ピンクの小皿

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 「ただいまー。」
開いたドアの先、明るい玄関が扇形に広がるやいなや、アンはそこに母の靴がないことに気づいた。
「あれ?ただいまー……。」
リビングに入って、いつものようにランドセルをそばの和室に置きながら、アンは茶色のテーブルの上に置かれた1枚の小さな紙を見つける。裏のピンク色が透けているので手に取って裏返してみると、それはアンの部屋の卓上カレンダーの裏紙だった。
「おかえり~。ママは居須崎総合病院(家の前の病院)に行っているので、4時ぐらいに帰ってきます。台所のお菓子ボックスの中から適当に選んでお菓子置いといたので食べてね。何かあればママのけいたいに○※☆ー△*%△ー◇※○○電話下さい。」
 つまりそれは置き手紙だった。「おかえり~」の隣には、敵の能力をコピーできる某テレビゲームキャラクターの絵と「パオ」と書かれた吹き出し。下の方にも団子、ぼんぼりと並んでハゲ頭のオヤジの顔が描かれていて、「きょうはたのしいはげまつりー」とある辺り、母らしいと思ってアンはくすりと笑った。
 でも、と呟いて目を落とす。テーブルの上にはお菓子なんか無かったのだ。ただ手紙の上に重しとしてピンクの小皿が置いてあっただけだった。小皿に見覚えは無かったが、きっとお菓子はこの皿に乗せられていたのだろうと思い、アンは皿のくぼみに手をかざした。
 ツ、と何か液体に触れた、そんな感じがした。えっ、と声を漏らして手を引いて見たが、アンの指先には濡れた跡は無い。気のせいか、と考えた。しかしやっぱりあの感触は、固体に触ったときのものではない。初めて見る皿であることを理由にして、アンはもう一度くぼみに触ってみた。
 するとアンの指先に皿の表面が吸い付き、続いて人差し指から順番にそこに沈んでいったのだ。
「あっ!」
指の根元近くまで皿に吸い込まれたところで気づいたアンは急いで手を出した。たった今まで自分の指先が飲み込まれていた小皿の表面が、同時にぱちゃんと音を立ててしぶきを飛ばした。驚いて小皿の周りを見たが、テーブルには水滴一つも見当たらない。そしてあんなに深くまで沈み込んだアンの指もまた、外から帰ってきて手を洗う前の汚れた指のままだった。
 そこで考えたアンは、台所にお菓子を取りに行った。
 台所から戻ってきたアンは、手に沢山のお菓子を抱えていた。一旦それらをテーブルの上にどっ、と置くと、そのうちの1つを小皿のくぼみに乗せた、はずだった。途端にそのお菓子は皿の浅い底にずぶずぶと沈んでいき、見えなくなったのだ。もう一つ乗せてみたが、やはり皿の中に消えてしまった。そうして乗せていくと、ついにお菓子は全て残らず無くなってしまった。
 次にアンは自室で自分を待っていた飼い犬のラッキを抱き上げると、そのままリビングに戻って来た。尻尾を振ってあたりを見回すラッキを見つめて、かわいそう、と感じたものの、まさかね、さっきのお菓子よりもずっと大きいラッキがね、とも思い、愛犬を小皿の上に座らせてみた。
 次の瞬間、ラッキが首を持ち上げたと思ったら、突然バランスを崩して足から小皿に吸い込まれていった。「キャン、キャンキャン!!」
ラッキもあっという間に皿の底の水面下に沈んでしまった。
「やめて、やめて、待って、ちょっと!」
アンが引き上げる間もなく、愛犬は皿の中に消えていったのだった。

 翌日、アンは朝から憂鬱だった。まさかあんなことになるなんて。昨日のことが頭から離れないまま俯いて学校の階段を上る。
「おはようございまあす。」
「おはようございます…。」
隣のクラスの担任のヤマイ先生が元気に挨拶して追い越していく。ガラガラガラガラ。
「…えっ!?あ!!」
職員室のドアが開いた後、ヤマイ先生の声に続いて誰かが走る音がした。
「……ん?」
アンが顔を上げると、跳びはねるようにこちらに駆け寄ってくる犬が1匹。アンは自分の目を疑ってしまった。それは昨日皿の中に消えたはずのラッキだったのだ。アンの顔がぱっと明るくなった。
「…ラッキ!!」
舌を出して走ってくるラッキを、アンはしゃがんで腕の中に迎え入れた。ラッキの喜ぶ姿を見て、アンは愛犬と抱き合った。
 「な…なんだこれは……!!」
一方、職員室に足を踏み入れたヤマイ先生は呆然と立ちつくしていた。職員室の中には、あちこちに散乱したお菓子とそれらを拾い集める教職員たちがいて、ヤマイ先生のデスクにも袋に入ったクッキーがあった。
「これは…クッキー?」
ヤマイ先生が袋をどけたその下から、ピンクの小皿が現れた。


 
 
 


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