一寸先は闇

北瓜 彪

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第1章 赤い世界

脳内

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 やあ、こんにちは。
 えーっと、まずボクが誰かってことなんだけど、うん。見ての通り、このまっ黄っ黄の部屋で少ない家具を揃えてデスクを置いてレポートを開いているわけなんだが、そうね、何から話せばいいかな。あそうそうボクが誰かってことだね。…んー、なかなか難しい質問だね、うーん。ボクはねー、ここの部屋を借りてるだけで、本当はここの住人じゃないんだよ。…仕方ない、言うか。うん、言おう。あのねー、ボクは実は地球外生命体なんだよ。え?宇宙人?…あー、それとはちょっと違うんだなー。んー、何て言えばいいんだろ。…下界外生命体?って言えばいいかな?あのねー、人間のいる世界とは違うところから来たっていうのが本当のところなんだけどー、それをここでは何て言うのかなぁ。妖怪、じゃないんだなー。幽霊でもないよ、うん。とにかくねー、きみたちの意識の範囲を超えた集団があって、そこから使命を負ってやって来た、ってとこだね。
 ハアー……えっ?ソ、疲れてるの。何しろねー、ずーっとレポート書いてるからねぇ。ボクの使命っていうのはねー、今ここ実はある男の子の脳の中なんだけど、そこでこの子供の活動とその時々の思考の変遷について記録することなんだよね。だからねー、この部屋もホントは脳内に即席で作ったわけじゃなくて、脳内ではあるんだけど、こー、この調査サンプルにとってはその意識できる場所には存在してないっていうか。要するにこの男の子はボクが自分の脳内に潜伏していることを知らないんだよ。うん、不思議?んー、そのねー、説明しろ、って言われても、難しいんだよねぇ。いや、きみたちを馬鹿にしてるわけじゃないんだけど、多分意識の次元が違うからねー、こうねぇ、そう簡単には分かり合えないだろうねー。…まあー、仕方ないんじゃない?

 それで今彼は学校なんだけど、ちょっと見てみようか。
「おはよー。あっ、ハヤトくん髪型変えた?」
 「う、うん、そうなんだよ。気づいた?」
水晶体のモニターには同じクラスの女子が写っている。おっ、脳が反応を見せているなぁ。さっきから落ち着かない様子だったけど、今の会話の途中で興奮が高まって、ちょうどそれが、あー…収まってくうー……。
 おや、今度はまた興奮が高まっているなぁ。さっきよりは緩やかだ。あー、でもさっきより心拍数が上がらないねぇ。んー、ここ最近こういうことが多くて非常に不可解なんだよねー。どういう反応なんだろー。え?コイ?あの紅白シマシマの地球上生命体のことかい?これでしょ?え?そっちじゃない?何、きみこのサンプルの気持ちが分かるわけ?あそぉー、やっぱり人間ってのは単純な生き物なんだねー…。ん?何か気に触った?
 えっ?これコイじゃないって?やっぱりそうだよねー。ん?そうここにいるのはコイね。ボクはねー、地球上のサンプルは全て頭に入れてここに出現させられるからね。なにっ?それはコイじゃない?そうだよ。さっききみが言ったじゃないか。えっ?そっちのコイならそんなシマシマじゃないって?もっと複雑な模様なの?あそぉ、ボクもまだまだ勉強不足ってことかぁ。あ?サカナ?あぁそのことは知ってる。どうもボクはデータばかり集めてて実物を観察する機会が少なくていけない。でもこの調査も司令部の命令だからしょうがないっちゃしょうがないんだけどね。

 あれ、何か静かになったと思ったら、授業とやらが始まったみたいだね。学校ってのは理解できるんだけど、授業ってのは新しいなぁ。ボクの世界にはそういうシステムがないからねー。ボクの世界の「学校」はひたすら社会の発展に寄与することしかしてないし、こういう風に調査に遣わせられるみたいに、大きくなればできることは増えるけど、あくまでそれは「学校」の中での一つのカリキュラムに過ぎないからねーぇ。なーんか不思議。

 ……おや、また授業が終わったみたいだね。じゃあここらでちょっと実験をしてみようかね。えーっと、ここをこうすると、どうなるのかなー。
「ハヤトさぁあ、シクダイ教えてくんない?」
「えっ?まぁたかよぉ。しょうがねーなー。」
「お願いだヨ~ゥ。」
「はいはい。どこ?」
そういえばこの男子はよくサンプルに近づくなぁ。えーと、今日試すのはこの紐かぁ。これねぇ、実験だから、日時を正確に記入しなきゃいけないんだよねぇ。今日は、201×年7月2×日の、あっ時間もか、えー、11時、20分、っと。よし、では開始。
「だーかーらー、答えだけでいいんだよ。解き方なんていらねーから。」
「でも、答えだけじゃ分かんねーだろ。解き方書かないと。こうだよ。」
「うるせーなー………あれ、ハヤト?どうした?」
「ウルルルルルルルルル…ダメだ。もーこれダメだ。返せ。」
「は?」
「返せよ!返せ!これは俺のドリルなんだから、返せよ!!」
「あ……分かったよ…。返すよ…。返しゃいいんだろ、返せば…。」
「ルルルルルルルルルルゥ……。」
あれ、さっきとは違う種類の興奮が観測されたな。さっきよりも随分と負の感情が高まってるみたいだが。
「ルゥルルルルルルルゥ…ウゥ……ウゥウー……。」
 自覚していない感情があるのか、身体機能もおかしくなっているみたいだなぁ。大丈夫か。人間はデリケートだからなぁ。体の部位が全部繋がってるみたいなヤワさだ。まるで単細胞だ。おっ、また授業が始まった。 

 …授業開始から10分、サンプルに動きだ。
「先生、あのぅ。」
「ハヤト君、どうしましたか?」
「すいません、ちょっと頭が痛いので…。」
「ああ、分かった。すぐに保健室に行ってきて下さい。」
おっ、まさかのリタイアか。さっきの実験がサンプルに応えたのかもなぁ。ここは一旦試験器具を抜いて、監視装置を解除した方がいいかもしれない。

 …やっぱりリタイアだ。いつもの通学路を下校し始めた。何だか緊張してるみたいだ。今までにない反応をしている。口から断続的に何度も息を吐く行為をしているということは、不都合なことが起こっている証拠だ。呼吸の間隔が短い時は心拍数も上がっているけど、今回は落ち着いている時の反応だ。先発隊の報告によると、人間たちの間で「タメイキ」と呼ばれている反応らしい。自分で自分をコントロールできていないみたい。まぁ実験のサンプルにされてるわけだからな、落ち着きがないのは仕方ないか。
「イヤーッ、たあすけてぇ!!!」
ん!?何だ何だ!!水晶体モニターに黒ずくめの男2人と、女の格好をした色黒の男が写ってるぞ!いやあれは絶対に男だよ、声が。最近の人間は見た目だけで判断してはいけないらしいんだけど、あんなに判りやすい女装をした男は初めてだ!サンプルの水晶体モニターが左右に細かく動いている。モニターの背景も巻き戻っている。サンプルが危険を感じたのか?
「オォラァ!!逃げるんじゃねぇ!ぶうっ殺すぞぉ!!」
「い、いやー。たすけてえー!!たすけてー。」
これはもしかしてホントにホントの異常事態なんじゃないか!?わっ、女装男がぶつかってきた!
「ぼくぅ、たすけてえー。」
「エッ、エッ、エッ?え、うそ、え、え?」
「ウオォラァ、隠れるんじゃねぇ!!」
「い、いやー。」
「エッ、エッ、そんなぁ、どうすればいいんですかぁ!?」
「早く出て来い、ぶっ殺ぉす!!」
「い、いやー。たすけてー。」
「オォラ、出て来ねぇんだったらぶっ殺す。じゅーきゅーはちななろくごぉよんさんにぃいぃち!!」
 "バアァーン!!"
すごい音がしてモニターの映像がグラグラッて上を向いてそれから
"ズダアァーンッ!!"
マズイ!!頭蓋骨が地面に猛スピードで衝突して、警報が鳴り始めた!
"ウィーオンウィーオンウィーオンウィーオン"
大変だ、このままじゃ身体系統から精神系統まで機能が麻痺してしまう!!どうやらやられたのは頭蓋骨じゃなくて腹部だったみたいだ!!
「まずい、テメェ外してんじゃねぇよ!!」
「しまった、やっちまった!ずらかるぞ!!」
"ドタドタドタドタドタドタドタドタ…"
「………い、イヤー!!!」
どうしよう、腹がやられたら腸から毒素が排出される上、大量出血を起こして間違いなく死亡してしまう!!早く助けを求めさせないと!
「イーヤー!!!」
"バタバタバタバタバタ…"
どういうことだ!女装が逃げたら、他に助けを求められる者がいなくなってしまうじゃないか!!腕、脚、声帯…どこもかこも動かせないぞ!!あーあーあー、精神機能が弱り始めてる!大脳がフリーズしたらこの部屋もボクの調査機器もこのサンプルの意識の中で消滅してしまうじゃないか!!しかも血液がどんどんと体外に出ている、これでは身体系統が全てダウンする前に失血性ショックで意識を失う方が先になってしまうぞ!!
あっ、水晶体モニターが閉じた!ダメだ、待ってくれ、サンプルが死んだらボクも終わりなんだ!!まだシステムの復旧ができていないんだ!!まだ落ちるな、あーッ………
"ガヤガヤガヤガヤガヤガヤ"
"ウーウーウ、ウー"
"…ポーピーポーピーポーピーポーピーポー"




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