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110番刑事 #1 故意犯(事件編)
しおりを挟む「もしもし!」
「警視庁でございます。事件、事故?」
電話に出たのは温和そうな老人だった。第一声が「ございます」なのに、その後「事件、事故?」なんてぶっきらぼうなのは何でだろう。と少し訝しみながら、マキは予め考えておいた台詞を吐き出した。
「人を殺してしまったんです! A橋の下を歩いていたら突然殴りかかられて、突き飛ばしたら打ちどころが悪くて!」
言いながら、マキは元彼の死体を見下ろした。河原の岩に金髪頭をぶつけて血を流している。
「正当防衛?」
その言葉に、マキの口角は自然と上がった。
「はい・・・」
ちがう。本当は狙って殺したのだ。仕事帰りの夜道を襲い、岩場に押し倒した。
不良くずれのストーカーにふさわしい苦しげな最期。清々するわ。
「お辛いでしょうが、そこで少しだけお待ちくださいすぐに警察の者が参りますから。被害者には触らないで。失礼ですがお名前とご住所を・・・」
答えながら、マキはいても立ってもいられない様子を出そうと頭をひねっていた。
「すみません、わたし、わたし怖くて・・・・・・金髪で眉毛剃ってる人がいきなり・・・ほんとに怖くって・・・」
「大丈夫ですよ、落ち着いてください」
マキと元彼の家は近所で、職場へ向かう道も重なる。だから別れてもしつこく詰め寄られていたわけだが、そのことがマキの話の信憑性を高めてくれる。
しかしそのまま家に帰ろうものなら、途中で目撃されたり防犯カメラに映ったりして足がついてしまう。ここはその場に留まって正当防衛を装うのが最善策だと考えていた。いつも通りこのあたりは真っ暗で、人っこ一人いない。もし運悪く誰かに目撃されていたとしても、面が割れる心配はなかった。
「殺したってことはもう亡くなってる?」
「はい・・・。鼓動が聞こえないんです・・・」
「お知り合い?」
「えっ? ・・・ええ」
「救急に連絡しておきますからご安心を」
そこで相手は言葉を切った。
マキの背筋に一筋の寒気が走る。
どうしてこの人はわたしとこいつが知り合いだって分かったんだろう?
「大丈夫ですよすぐに警察が参ります」
電話の相手はなぜるような優しい声をかけてくれた。
一転、騙せるという自信が湧く。捜査が進めばみんな自分の話を本気にするだろう。ストーカーが暴走して夜道で元カノを襲撃。シナリオは完璧である。
「ありがとうございます」
マキは心からそう口にした。
老人はおそらく、まず慇懃な第一声で通報者を安心させ、その後は通報の内容をできるだけすばやく聞き出せるように簡潔な言葉遣いを選んだのだろう。でも通報者へのいたわりも忘れない。正当防衛という単語をすぐに出してくれたのもわたしに悪気がなかったことを自覚させるためだ。なんて都合のいい展開! マキは幸運に感謝した。
しばらく向こうでやりとりがあったようだが、再び老人が話しかけてきた。
「お知り合いに襲われるとは、災難でしたね・・・」
「ええほんとに。彼はわたしのことずっとつけ回してて・・・でもまさか殴りかかってくるだなんて」
「でもそんな男の胸によくお体を近づけてくださいましたね。しかも通報まで。勇気ある行動です」
ああ、そうか。マキは納得した。心肺停止を確認するには相手の胸に耳を近づけたり手を置いたりする必要がある。知り合いでもない暴漢相手にそんなことを試みたとすれば、勇敢すぎて不自然かもしれない。
「恐る恐る近寄って顔を見て、本当に驚きました。けれどわたし、とんでもないことを・・・」
「そのまま現場の近くにいらっしゃってください。先ほど無線を受けた巡回の警官がすぐに参りますから。では、失礼します」
最後まで丁寧な人だった。
闇夜に光るスマホをぼうっと眺めながら、マキは長いため息をついた。
捜査員らが臨場してまもなく、マキは殺人容疑で連行された。
その理由を来週までにお考えください。
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