【休載中】天国ゲーム

はの

文字の大きさ
上 下
7 / 11
叫喚地獄編

第7話 初夜

しおりを挟む
「あれも、あそこも、人が住んでいる。地獄の住人は、たいてい一つ、自分の家を持っている。あそこは……。ここ数か月、開いたのを見た覚えがないな。他の町へ引っ越したのか、それともポイントを失ったのか」
 
 孝の家へ向かう道すがら、孝は幸助に町の説明も行っていた。
 が、幸助は未だに先の衝撃が抜けきらず、生返事で応じ続けた。
 孝もまた、幸助のそんな様子を当然として捉えており、家に着くまでの暇つぶしとして説明を続けていた。
 
 常時黒雲に包まれている地獄では、日光や月光によって時間を把握することができない。
 代わりに、町のいたるところに設置された時計が時間を教えてくれる。
 
「ここが、私の家だ」
 
 孝の家に到着した頃は、時計が夕方を示していた。
 孝の家は、幸助が地獄に来て初めて見た家と同様、こじんまりとしていた。
 床に敷かれた布団があるだけの簡素な家。
 
「何もないが、適当に座ってくれ」
 
 孝に促されるまま、幸助は床に座る。
 
 孝は外へ出て、水の注がれたコップを持って帰ってきた。
 
「飲むといい。気晴らしにはなる」
 
 幸助はm目の前に置かれた水を無言で飲み干した。
 緊張が、水分と共に体の奥へと閉じ込められていく。
 
「ぷはっ。ありがとうございます」
 
 飲み干した後は、幸助の気分も多少晴れ、思考が少しだけクリアになる。
 
「ん?」
 
 だから気が付いた。
 何故、ここに水があるのかと。
 孝の家を見渡しても、水道も食器棚もない。
 物理的に、水もグラスも存在しない。
 しかし、目の前には確かに水とグラスがあった。
 
「これは、どこから?」
 
「ああ、グラス拾ったんだよ」
 
「拾った、ですか?」
 
「ああ。一応さっき歩きながら話してたんだが、地獄にはたまにゴミが落ちているから、拾って使ってるんだ。最初に言った通り、地獄は世界が死んでいるから汚れがつかない。落ちてはいるが、綺麗なんだよ。水は、近くの溜まりからちょろっとね。まあ、最初は抵抗があるだろうが、地獄はそういうところだと理解してくれ」
 
「そうなんですね。すみません、何度も説明をさせてしまって」
 
「ああ、いいんだいいんだ。気にしないでくれ」
 
 ゴミで飲まされたことに対し、幸助は多少の嫌悪感を感じはしたが、地獄の常識とはこういうものだと割り切った。
 なにより、孝が幸助のためにやったことである。
 多少我慢してでも、感謝をする方が、場の空気は維持される。
 
「それより、気分転換も兼ねて、現世の話でも教えてくれないか。俺が地獄に落ちたのはだいぶん前でね。今、どんな風になったのか知りたいんだ」
 
 孝はそんな幸助の内心を見抜いていたのか、話題を変える。
 孝の終始穏やかな態度に、幸助は救われていた。
 孝が会話のためだけに作り出した話題さえも、幸助は孝からの気づかいだろうと解釈できた。
 
「ええ。いいですよ」
 
 その気遣いを、幸助はありがたく受け取った。
 他愛のない雑談。
 なんの生産性もない時間が、幸助にとって心地よかった。
 
 地獄に落ちた初日。
 幸助は、命一杯地獄を見た。
 だからだろう。
 緊張のない瞬間が、とても楽しかった。
 
 離していれば、時間が立つのは早いものだ。
 時計が、午後八時を示す。
 
「ピンポンパンポーン。罪人の皆様、本日も労働ご苦労様でした。ただいまより、ポイントの計算を始めます」
 
 突然、空から声が降り注いだ。
 それは、叫喚地獄全てに届く、雷鳴のような声。
 
「? 孝さん、これは?」
 
 孝は雑談を止め、立ち上がる。
 そして、家の扉を開くと、何者かが家の中に入ってきた。
 
 白装束に白い仮面。
 人々が磔に去れていた場所で見かけた白装束の悪魔が、孝の家に入ってきた。
 
 事情が理解できない幸助は、唐突な悪魔の登場に思わず立ち上がり、悪魔から距離をとった。
 しかし、狭い家の中。
 扉側に悪魔がいる今、壁に背を付けるまでが逃げられるせいぜいである。
 
 悪魔は、孝を指差す。
 
「財部孝。人間に親切にした。プラス一ポイント。新人支援ボーナス。プラス三ポイント。地獄の滞在費。マイナス一ポイント。合計プラス三ポイント」
 
 孝の持つカードが光り、カードに刻まれた数字が五百十八から五百二十一へと変わる。
 悪魔は、次に幸助を指差す。
 
 幸助は、今目の前で起こっていることが、孝の言っていた親切ポイントの増減であることがすぐに分かった。
 同時に浮かんだ不信。
 地獄の滞在費というルールを、孝が幸助に教えなかった理由。
 ルールを破った時のみの減点だけでなく、毎日の滞在費としての減点があるのならば、とたんにポイントを維持する何度が跳ね上がるのだから。
 
「善行幸助。人間に親切にされた。マイナス一ポイント。地獄の滞在費。マイナス一ポイント。合計マイナス二ポイント」
 
「なっ!?」
 
 幸助の持つカードが光り、カードに刻まれた数字が十から八へと変わる。
 
「計算終了」
 
 白装束の悪魔は自分の言いたいことを言い終えると、さっさと家を出ていった。
 
「孝さん、これは一体」
 
 幸助からの焦りの質問に、孝は笑った。
 勝者が敗者を見下すような、下卑た笑い。
 
「さあな? 知りたきゃポイントを払いな!」
 
 孝の言葉で、幸助は理解した。
 叫喚地獄は、他人に親切にすることでポイントを増やすゲームではなく、他人に親切にすることでポイントを奪うゲームだと。
 白装束の悪魔の言葉で、孝のポイントが増え、幸助のポイントが減ったのが証明である。
 
 つまり叫喚地獄は、ポイントを増減させる情報を多く持つ者が持たぬ者を食うゲーム。
 
 孝が幸助に親切にしていたのは、たった二つの理由。
 何も知らない幸助から、一ポイントを奪うため。
 そして、新人に親切にすることで発生する、新人ボーナス三ポイントを手に入れるため。
 孝にとって最も美味しい行動をした、それだけの話である。
 
「くそっ!」
 
 幸助は、思わず孝に掴みかかる。
 
「お、暴力か? そいつは減点対象だぜ?」
 
 が、すぐに手を止める。
 暴力による減点の有無も、減点されるポイント数もわからない今、幸助に暴力という手段をとることはできなかった。
 
 残り八ポイント。
 一日一ポイントの滞在費が必要ならば、僅か八日間の寿命。
 
「……助け合いだと」
 
 暴力の代わりに出たのは、負け惜しみだ。
 孝の心の中にあるであろう罪悪感を刺激する言葉。
 
「はは、そんな甘っちょろいことが、地獄で通用するわけねえだろ!」
 
 そのまま孝は、無言で家の外を指差す。
 
「さ、用も済んだし、そろそろお帰り願おう。ここは私の家だからな」
 
 家の外には、人っ子一人いなかった。
 人が少ない、ではなく、ゼロだ。
 代わりに周囲の家の扉から、明かりが漏れていた。
 幸助より先に地獄に住んでいる人々が、夜には外に出ないという選択をとっている事実が、追い出されようとしている幸助の不安を掻き立てた。
 
「家に来いと、言ったじゃないか」
 
「ああ、言った。だが、泊めるなんて一言も言ってない。さあ、帰った帰った。不法滞在で訴えるぞ? そしたら、また減点だ」
 
「……っ!」
 
「あるいは、宿泊費を払ってくれるなら、一泊泊めてやってもいいぞ。そうだなあ、八ポイントで泊めてやろう」
 
 提示されたのは、幸助の命分。
 外に出れば、未知の危険。
 しかし留まれば、ゲームオーバーの確定。
 
「……覚えてろ。この借りは、かならず返してやる」
 
「ははは! お前が生き延びることができたらな」
 
 選択肢など与えられぬまま、幸助は家の外へと出た。
 
 バタンと閉まる扉の音が、夜の町に無情に響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ファムファタールの函庭

石田空
ホラー
都市伝説「ファムファタールの函庭」。最近ネットでなにかと噂になっている館の噂だ。 男性七人に女性がひとり。全員に指令書が配られ、書かれた指令をクリアしないと出られないという。 そして重要なのは、女性の心を勝ち取らないと、どの指令もクリアできないということ。 そんな都市伝説を右から左に受け流していた今時女子高生の美羽は、彼氏の翔太と一緒に噂のファムファタールの函庭に閉じ込められた挙げ句、見せしめに翔太を殺されてしまう。 残された六人の見知らぬ男性と一緒に閉じ込められた美羽に課せられた指令は──ゲームの主催者からの刺客を探し出すこと。 誰が味方か。誰が敵か。 逃げ出すことは不可能、七日間以内に指令をクリアしなくては死亡。 美羽はファムファタールとなってゲームをコントロールできるのか、はたまた誰かに利用されてしまうのか。 ゲームスタート。 *サイトより転載になります。 *各種残酷描写、反社会描写があります。それらを増長推奨する意図は一切ございませんので、自己責任でお願いします。

DEATHGAME~裏切りと信念の姫~

ひいらぎななみ
ホラー
舞台は変哲なことなどない都内。それぞれが代わり映えのない日々を過ごしていると、突然謎の集団に襲われ、とある施設に誘拐された。 「最初の試練」を乗り越えた、何の関連性もない人達が広い場所に集められ、こう宣言される。 「本当の「デスゲーム」を始めましょう!」 ユウヤは、みんなを守ることを誓う。しかし、一緒に行動しているうちにスズエの様子がおかしいことに気付いた。どこか、ソワソワしているようで落ち着きがないように見える。 そのことに違和感を覚えつつ協力して進んでいくが、不安は拭いきれず少しずつ信用と同時に疑念も生まれてくる。 スズエは、このデスゲームがどうして行われるのか知っていた。彼女はデスゲームが始まった時には既に、とある覚悟を決めていた。 彼らは主催者側であるルイスマに「裏切り者がいる」と言われ、疑心暗鬼になりながら進んでいく。探索に始まり、怪物達との生死をかけたミニゲーム、幼馴染との再会、人形となった死んだ人達との合流と探索……裏切り者の話など忘れかけていたところで、事態は動き出した。 裏切り者の正体は誰なのか?何を持って「裏切り者」と呼ばれていたのか?それを知った時、ユウヤ達がとった選択は? 本編とはまた違った、裏切り者を探すデスゲームの物語が幕を開く。

イツデモオマエヲミテイルゾ

ほうれん草
ホラー
ホラー短編小説で、1話ごとに完結させます。 素人なので温かい目でご覧ください ネタはいつでも募集中です

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

漆黒の悪魔 ~コードネームはG~

ラピスラズリ
ホラー
奴は何処にでも現れる神出鬼没の憎いやつ! ゴキブリが出現したのは約3億年前の古生代石炭紀で、「生きている化石」ともいわれる[1]。日本における最古の昆虫化石は、中生代三畳紀の地層から発見されたゴキブリの前翅である[1]。古生代から絶滅せずに生き残ってきたことから「人類滅亡後はゴキブリが地球を支配する」と言われるほどだが、実際には森林環境に依存している種が多いので、人類が自らの環境破壊によって森林環境を道連れに滅亡した場合には絶滅する種が多いと推測され、人家生活型のコスモポリタン種は依存する人家環境の消滅によって棲息範囲が減少する可能性が高い。 ※この話しはリアルで起きた事をほぼ忠実に基づいて書いています。

這い寄る者

ツヨシ
ホラー
絶世の美少女。そして現れるストーカー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

意味が分かると怖い話

月緑夢
ホラー
オリジナルの 意味が分かると怖い話です

処理中です...