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叫喚地獄編
第6話 地獄の管理者
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「ここが、ポイントをすべて失った者の末路だ」
幸助が案内された場所は、崖の上。
崖の下に広がる光景は、幸助のイメージする通りの地獄そのものだった。
枯れた土地に刺さる無数の十字架。
十字架には、衣服を剥かれて裸になった罪人が磔にされている。
男も女も関係ない。
大人も子供も関係ない。
十字架の麓からは、まるでガスコンロのように炎が燃え上がり、罪人の体を焦がし続けている。
磔にされる罪人たちは、全員等しく苦悶の表情を浮かべ、火炙りと言う苦痛に耐え続けている。
「気を失うことも出来ず、数年間は磔の刑だ」
「数年も……」
「これも人づてだ。まさか、磔されてる人たちに直接聞くことも出来ないしね」
崖の上まで舞い上がってくる熱風に、幸助は思わず目を閉じる。
肌からはみるみる水分が失われていき、明らかに現世の炎とは違う。
「なるほど、地獄だ」
幸助は不愉快ながらも、妙に納得していた。
「さ、そろそろ行こう。こんなところ、長くいたい場所じゃないからね」
崖とは逆側を指しながら言う孝に同意しつつ、幸助は最後に、目の前の光景を網膜に焼き付けようと地獄を見つめる。
悲鳴を鼓膜に焼き付ける。
決して、自分があそこに落ちてはならないという意思を強めるために。
「はい、行きましょう」
覚悟を決めた幸助が孝の方を見ると、孝は一点を見つめて固まっていた。
幸助は、つられて孝の見つめる方向へと目をやった。
そこには、黒い塊が歩いていた。
目も鼻も口もない、楕円形の黒い塊。
腹部からは枝のように細い脚が三本生えており、三本足を器用に動かしてズシンズシンと十字架の方へと歩いている。
そして、黒い塊の周囲には、死人が纏う白装束たち。
全員、目も鼻も口もないツルリとした白い仮面を装着し、黒い塊に並んで歩いている。
何人かの白装束は、巨大な十字架を運んでいる。
何人かの白装束は、巨大な白い袋を引きずっている。
白い袋は絶えず変形を続けており、まるで、袋の中に入っている何者かが中でどたばたと暴れているようだ。
そんな異質だらけの存在の中で、最も幸助の目を引いた存在は黒い塊の背にいた。
背には玉座があり、座った者が直接触れるだろう背や尻の収まる部分には青いクッション、玉座の骨組みとでもいうべき部分には黄金が使われている。
そんな玉座に悠々と座るのは、青いドレスを着る女。
肩回りをと胸元を大胆に露出した上半身とは裏腹に、下半身は足首まで隠してしまうゆったりとしたロングスカートのドレス。
幸助が、思わず飲み込まれてしまったと錯覚するほどに、深海ように深く青いドレス。
女もまた、周囲の白装束同様、ツルリとした仮面をつけており、素顔は見られない。
ただ一つ違うのは、仮面の色もまた、青であるということ。
孝は、その存在を知っている。
故に、震える声で呟いた。
「……水の悪魔」
「水の悪魔?」
「この叫喚地獄を支配する、悪魔さ。その周辺にいるのは、白装束の悪魔って呼ばれているやつらだ」
「悪魔。……それもそうか。天使がいるのなら、悪魔がいてもおかしくはない、か」
悪魔という存在に、幸助は強い興味を示す。
同時に、天使に受けた仕打ちを思い出して怒りが再燃し、その怒りを同じ非現実的存在である悪魔にぶつける。
悪魔と天使。
幸助にとっては、何一つ違いがないものだった。
「止まれ」
黒い塊に座る女――水の悪魔は、十字架が大量に刺さっている場所まで来ると、黒い塊を強く踏んだ。
青いハイヒールの鋭利なヒールが、黒い塊の背に刺さる。
黒い塊と白装束の悪魔たちは足を止め、黒い塊は水溜りのように形を変えた。
玉座の脚が地面につくと、水の悪魔は玉座から立ち上がり、手首を下から前へとスナップさせた。
水の悪魔の合図によって、十字架を持った白装束の悪魔たちは、空いている場所に十字架を突き刺した。
瞬間、十字架を刺した場所から炎が燃え広がり、十字架を焦がし始める。
白い袋を持った白装束たちは、袋の入り口を開いて中身を外に出す。
袋の中からは両手両足を縛られた人間が現れて、懇願する泣き顔で辺りを見渡す。
が、誰一人、懇願には応えない。
白装束の悪魔たちは数人がかりで裸の人間を掴み、服をはぎ取り、裸にしたうえで十字架へ磔にする。
「ぎゃあああああ!?」
焼けていく体に、裸の人間は絶叫する。
「五月蠅い!」
水の悪魔は、鞭を手に取り、今まさに磔にした人間へ鞭を浴びせる。
何度も。
何度も。
その後、はぎとった服からゼロが刻まれたカードを取り出し、懐に仕舞う。
水の悪魔の戯れは、白装束がひきずっていた白い袋の数だけ行われた。
服をはぎ取られ、磔にされ、燃やされ、鞭うたれる。
水の悪魔にとって、ただの娯楽。
ポイントをすべて失った者へ与える末路。
「ここで下に落ちるまで苦しみ続けろ。負け犬どもが」
水の悪魔の甲高い声が、数年以上の拷問の始まりを告げた。
幸助は、親切ポイントを失った人々が苦しむ様子を、ただ見ていた。
僅かに残る正義感が一瞬だけ体を動かそうとしたが、確固たる恐怖心によって微動だにしなかった。
ただただ、視線だけが水の悪魔を離さない。
連れてきた罪人を全員磔終えた水の悪魔は、再び玉座に座る。
黒い水溜りは再び形を取り戻し、黒い塊へと戻る。
三本の足をにょきりとはやし、元来た道を歩いて戻っていく。
その後を、白装束の悪魔たちも続く。
ふいに顔を動かした水の悪魔と幸助の目が合った。
が、水の悪魔は転がる落ち葉でも見たように一瞬で興味を失い、すぐに正面に向き直った。
ズシン。
ズシン。
悪魔たちが去った後、幸助の体からとてつもない緊張感が没収され、全身が力なく崩れ落ちた。
「幸助くん!?」
孝が咄嗟に手を伸ばし、幸助はなんとか上半身を伸ばしたままに留まった。
「……だ、大丈夫です」
「無理もない。あんなものを見てはな」
孝の表情は、半ば諦めに近かった。
体への震えもなく、汗をかいた様子さえない。
果たしてどれだけ地獄のような光景を見続ければこうまで平然としていられるのか、幸助は理解できなかった。
同時に、数年過ごせば自分もこうなってしまうのではないかと、人間の感性をはずれてしまうのではないかと恐怖した。
「歩けるかい? 一先ず、今日は休んだ方がいい。私の家に来なさい。家の中は安全地帯だ」
ただし恐怖を超える術を今は知らず、幸助は素直に孝の指示に従った。
幸助が案内された場所は、崖の上。
崖の下に広がる光景は、幸助のイメージする通りの地獄そのものだった。
枯れた土地に刺さる無数の十字架。
十字架には、衣服を剥かれて裸になった罪人が磔にされている。
男も女も関係ない。
大人も子供も関係ない。
十字架の麓からは、まるでガスコンロのように炎が燃え上がり、罪人の体を焦がし続けている。
磔にされる罪人たちは、全員等しく苦悶の表情を浮かべ、火炙りと言う苦痛に耐え続けている。
「気を失うことも出来ず、数年間は磔の刑だ」
「数年も……」
「これも人づてだ。まさか、磔されてる人たちに直接聞くことも出来ないしね」
崖の上まで舞い上がってくる熱風に、幸助は思わず目を閉じる。
肌からはみるみる水分が失われていき、明らかに現世の炎とは違う。
「なるほど、地獄だ」
幸助は不愉快ながらも、妙に納得していた。
「さ、そろそろ行こう。こんなところ、長くいたい場所じゃないからね」
崖とは逆側を指しながら言う孝に同意しつつ、幸助は最後に、目の前の光景を網膜に焼き付けようと地獄を見つめる。
悲鳴を鼓膜に焼き付ける。
決して、自分があそこに落ちてはならないという意思を強めるために。
「はい、行きましょう」
覚悟を決めた幸助が孝の方を見ると、孝は一点を見つめて固まっていた。
幸助は、つられて孝の見つめる方向へと目をやった。
そこには、黒い塊が歩いていた。
目も鼻も口もない、楕円形の黒い塊。
腹部からは枝のように細い脚が三本生えており、三本足を器用に動かしてズシンズシンと十字架の方へと歩いている。
そして、黒い塊の周囲には、死人が纏う白装束たち。
全員、目も鼻も口もないツルリとした白い仮面を装着し、黒い塊に並んで歩いている。
何人かの白装束は、巨大な十字架を運んでいる。
何人かの白装束は、巨大な白い袋を引きずっている。
白い袋は絶えず変形を続けており、まるで、袋の中に入っている何者かが中でどたばたと暴れているようだ。
そんな異質だらけの存在の中で、最も幸助の目を引いた存在は黒い塊の背にいた。
背には玉座があり、座った者が直接触れるだろう背や尻の収まる部分には青いクッション、玉座の骨組みとでもいうべき部分には黄金が使われている。
そんな玉座に悠々と座るのは、青いドレスを着る女。
肩回りをと胸元を大胆に露出した上半身とは裏腹に、下半身は足首まで隠してしまうゆったりとしたロングスカートのドレス。
幸助が、思わず飲み込まれてしまったと錯覚するほどに、深海ように深く青いドレス。
女もまた、周囲の白装束同様、ツルリとした仮面をつけており、素顔は見られない。
ただ一つ違うのは、仮面の色もまた、青であるということ。
孝は、その存在を知っている。
故に、震える声で呟いた。
「……水の悪魔」
「水の悪魔?」
「この叫喚地獄を支配する、悪魔さ。その周辺にいるのは、白装束の悪魔って呼ばれているやつらだ」
「悪魔。……それもそうか。天使がいるのなら、悪魔がいてもおかしくはない、か」
悪魔という存在に、幸助は強い興味を示す。
同時に、天使に受けた仕打ちを思い出して怒りが再燃し、その怒りを同じ非現実的存在である悪魔にぶつける。
悪魔と天使。
幸助にとっては、何一つ違いがないものだった。
「止まれ」
黒い塊に座る女――水の悪魔は、十字架が大量に刺さっている場所まで来ると、黒い塊を強く踏んだ。
青いハイヒールの鋭利なヒールが、黒い塊の背に刺さる。
黒い塊と白装束の悪魔たちは足を止め、黒い塊は水溜りのように形を変えた。
玉座の脚が地面につくと、水の悪魔は玉座から立ち上がり、手首を下から前へとスナップさせた。
水の悪魔の合図によって、十字架を持った白装束の悪魔たちは、空いている場所に十字架を突き刺した。
瞬間、十字架を刺した場所から炎が燃え広がり、十字架を焦がし始める。
白い袋を持った白装束たちは、袋の入り口を開いて中身を外に出す。
袋の中からは両手両足を縛られた人間が現れて、懇願する泣き顔で辺りを見渡す。
が、誰一人、懇願には応えない。
白装束の悪魔たちは数人がかりで裸の人間を掴み、服をはぎ取り、裸にしたうえで十字架へ磔にする。
「ぎゃあああああ!?」
焼けていく体に、裸の人間は絶叫する。
「五月蠅い!」
水の悪魔は、鞭を手に取り、今まさに磔にした人間へ鞭を浴びせる。
何度も。
何度も。
その後、はぎとった服からゼロが刻まれたカードを取り出し、懐に仕舞う。
水の悪魔の戯れは、白装束がひきずっていた白い袋の数だけ行われた。
服をはぎ取られ、磔にされ、燃やされ、鞭うたれる。
水の悪魔にとって、ただの娯楽。
ポイントをすべて失った者へ与える末路。
「ここで下に落ちるまで苦しみ続けろ。負け犬どもが」
水の悪魔の甲高い声が、数年以上の拷問の始まりを告げた。
幸助は、親切ポイントを失った人々が苦しむ様子を、ただ見ていた。
僅かに残る正義感が一瞬だけ体を動かそうとしたが、確固たる恐怖心によって微動だにしなかった。
ただただ、視線だけが水の悪魔を離さない。
連れてきた罪人を全員磔終えた水の悪魔は、再び玉座に座る。
黒い水溜りは再び形を取り戻し、黒い塊へと戻る。
三本の足をにょきりとはやし、元来た道を歩いて戻っていく。
その後を、白装束の悪魔たちも続く。
ふいに顔を動かした水の悪魔と幸助の目が合った。
が、水の悪魔は転がる落ち葉でも見たように一瞬で興味を失い、すぐに正面に向き直った。
ズシン。
ズシン。
悪魔たちが去った後、幸助の体からとてつもない緊張感が没収され、全身が力なく崩れ落ちた。
「幸助くん!?」
孝が咄嗟に手を伸ばし、幸助はなんとか上半身を伸ばしたままに留まった。
「……だ、大丈夫です」
「無理もない。あんなものを見てはな」
孝の表情は、半ば諦めに近かった。
体への震えもなく、汗をかいた様子さえない。
果たしてどれだけ地獄のような光景を見続ければこうまで平然としていられるのか、幸助は理解できなかった。
同時に、数年過ごせば自分もこうなってしまうのではないかと、人間の感性をはずれてしまうのではないかと恐怖した。
「歩けるかい? 一先ず、今日は休んだ方がいい。私の家に来なさい。家の中は安全地帯だ」
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