【休載中】天国ゲーム

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第3話 平等ポーカー2

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 幸助は椅子に深くかけ直し、改めて五枚の写真を見た。
 
「チキンレース、という訳か」
 
 チキンレースとは、度胸試しの一種。
 互いの車に向かって一直線に走行し、衝突を恐れて先にハンドルを切って避けたほうが負けのゲームである。
 平等ポーカーのルールに落とし込めば、如何に関係値の深い相手を斬り捨てられるかの度胸試しである。
 
「これは選べないな」
 
 幸助は真っ先に、一セット目の山札、つまり幸助の知らない男を選択肢から消した。
 面識のない人間であれば、犠牲になっても構わないと考える人間も世の中にはいるだろう。
 だが、幸助は逆だった。
 
「見知らぬ相手に借りを作るなんて、気持ち悪すぎる」
 
 貸し借りを強く意識する性格が、面識のない人間の犠牲を嫌った。
 残る選択肢は四つ。
 連絡先も交換していない中学時代の同級生。
 事故にあう一週間前にも遊んだ親友。
 母親。
 家族全員。
 
「こいつも、なしだな」
 
 一人目と同様の理由で、二セット目の山札、中学時代の同級生も選択肢から消した。
 
「家族全員も無理だな。俺一人のために、複数を犠牲にするわけにはいかない」
 
 幸助はさらに、五セット目の山札、つまり家族を選択肢から消した。
 残る選択肢は二つ。
 事故にあう一週間前にも遊んだ親友。
 母親。
 
 幸助も驚くほどにあっさりと、五択は二択にまで絞られた。
 この二択は、幸助にとって罪悪感を消せば選べる二択。
 幸助の貸し借りによって振り分けられる性格は、平等ポーカーに置いて中間の役を作るという観点で強力に働いた。
 
 幸助は二枚の写真を手に持ち、まずは親友を見る。
 
「親友には、不幸な目になんてあってほしくはない。だが、こいつは俺に借りがある。借金の一部を肩代わりして、救ってやった借りが。俺が死んでしまった以上、俺を天国に送ることで、借りを返すことになるかもしれない」
 
 次に、母親を見る。
 
「母さんは、俺のためにご飯を作ってくれたし、塾にだって行かせてくれた。俺は、母さんに大きな借りがある。だが、母さんは何度も子供の幸せが一番だと言ってくれた。俺の幸せを、願ってくれた。俺が天国に行くことが、俺ができる最後の親孝行であり、借りを返す方法ではないだろうか」
 
 次に親友。
 次に母親。
 視線は動き、そして止まる。
 幸助の思考が、犠牲にする相手からポーカーの対戦相手であるほのかへ移る。
 
「あの女は、何を選ぶ?」
 
 ほのかが一セット目か二セット目を選ぶのであれば、幸助の勝利は確定する。
 しかし、ほのかが三セット目か四セット目を選ぶのであれば、幸助は選択によって敗北する。
 五セット目を選ぶのであれば、無条件で敗北だ。
 
 幸助は、ほのかの様子を思い返す。
 おどおどとして、決断力がなさそう、というのが幸助のほのかへの印象だ。
 他人を犠牲にすることへの抵抗も、平均的な日本人より強いと推測した。
 
 幸助の推測が正しければ、ほのかが友達、まして親友を選ぶ可能性は低く、幸助の勝機は高い。
 幸助が懸念しているのは、ほのかが尋常でなくクレバーで演技をしていた場合、そして追いつめられると自暴自棄に陥って最悪の選択をする場合。
 
 前者について、幸助は可能性が低いと感じていた。
 どんなに修羅場をくぐった人間でも、死と言う未知の体験直後に演技ができるとは考えにくい。
 また、幸助には、ほのかが自分よりも若く見えたため、演技のための経験も少ないだろうと判断した。
 
 対し、後者については、可能性が高い。
 幸助は、自暴自棄に陥って場の空気をめちゃくちゃに壊す人間の存在を、過去に数人知っていた。
 それは普段の性格とは関係なく、前後に起きた状況に関係なく、無慈悲に無造作に行われる。
 その場合、ほのかが選ぶのは五セット目、つまり家族全員だ。
 幸助は負ける。
 
「……読めない」
 
 この場にほのかがいれば、会話によって探りを入れることができただろう。
 だが、それも不可能。
 平等ポーカー。
 自分の思考と覚悟だけが頼りの平等なゲームだと、幸助は何度目かの実感をした。
 
 幸助にできるのは、覚悟を決めることだけ。
 ほのかが最後まで冷静であることを祈りながら、親友か母を選ぶだけ。
 
 幸助の心臓が高鳴る。
 
 天国か地獄か。
 
 死んでなお、人生最大の岐路。
 
 ドクン。
 
 バクン。
 
 鼓動の音だけが響く。
 
 
 
「母さんなら、許してくれるだろうな」
 
 
 
 
 
 
 幸助は、手札と山札を交換した。
 
 
 
 
 
 
「はい! それでは両者、交換を終えたので結果発表でーす!」
 
 瞬間、幸助の目の前にほのかと天使が再び現れた。
 天使は相変わらず笑顔を振りまき、ほのかは完全に俯いて泣いていた。
 
 幸助の手札は、三と五のフルハウス。
 親友を売った手。
 貸し借りを意識する幸助も、最後の最後、情に負けた。
 母を、犠牲にすることはできなかった。
 
 幸助は、恐る恐るほのかの手札を見る。
 
「何!?」
 
 ほのかの手札は、ノーペア。
 ほのかは、山札との交換をしていなかった。
 
「え、選べません……!」
 
 涙交じりの声で、ほのかは言った。
 
「平等ポーカー、勝者は善行幸助!」
 
 コールと同時に、幸助の額から汗があふれ出し、幸助は椅子の背もたれにもたれかかった。
 先程までの緊張が解け、勝者の二文字に安堵する。
 
「勝った……」
 
 全身の力が抜ける。
 
 
 
 
 
 
「では、勝者の善行幸助を導きます!……地獄へね」
 
 だから、気が付かなかった。
 天使が邪悪な笑みを浮かべていることに。
 
「……は?」
 
 力の抜けたまま、幸助は顔だけを天使に向ける。
 そして、冷たい瞳に背筋を凍らせる。
 
「な、何故」
 
 幸助は、疲労と恐怖で口を動かせず、それだけ言うのが精いっぱいだった。
 天使は幸助を見ながら、見下すような口調で続ける。
 
「何故? 決まってるじゃないですか。貴方のように、自分のためなら他人を犠牲にしても構わないと考える人間が、天国なんて来たら風紀が乱れるじゃないですか。だから、貴方に相応しい地獄に落とすんですよ」
 
「だが、導くと」
 
「はいはいはい、言いましたよ。私は天国へ誘う天使で、平等ポーカーの勝者を導くと言いましたよ」
 
 幸助は気づいた。
 天使は、勝者を天国へ導くとは言っていないと。
 誘うと導く、二つの言葉を使い分けていることを。
 
 勝ってはいけなかったと、幸助が気づいたときにはすべてが遅すぎた。
 幸助の全身が固まり、身動き一つ、瞬き一つできなくなっていた。
 
 いつの間にか幸助の座る椅子の下には真っ黒な穴が開き、幸助の体は下へ下へと落ちていった。
 
「さようなら。地獄は全員がプレイヤーで全部がゲームの、永遠の競争世界。他人を踏みつけて生き延びようとする悪人には、お似合いの場所ですよ」
 
 ただただ天使の一方的な声を聴きながら、抵抗もできず幸助は闇に消えた。
 
 
 
 
 
 
 その後、天使は今までで最高の笑顔を作り、白い部屋に取り残されたほのかに優しく声をかけた。
 
「悪澤ほのかさん、天国へようこそ! 私たちは、貴女を歓迎します!」
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