純白の少女と烈火の令嬢と……

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「謝っ!? はあー!?」
 
「謝るのよ。ごめんなさいって」
 
「そ、そんなことで」
 
「許してくれないかもしれないけど、少なくとも謝らないよりは確率が高いでしょ」
 
 ルビーには仮説があった。
 なぜ、自身が転生者として存在しているのかの仮説。
 ルビーの前世、つまり赤口瑠璃は、『純白の少女と烈火の令嬢』においてトパーズを推しにしていた。
 サファイアの前世、つまり青瀬紗里奈は、『純白の少女と静水の令嬢』においてアメシストを推しにしていた。
 二つの事実から生まれた仮説。
 転生者として選ばれているのは、オニキス以外の婚約者を推しにしていた人間であるという仮説。
 
 仮説から、ルビーはエメラルドの前世、つまり緑石絵衣もまた、シトリンを推しにしていると推測した。
 オニキスとの婚約を選んだエメラルド・エヴァーグリーンの記憶。
 シトリンを推しとして見続ける緑石絵衣の記憶。
 二つの記憶が合わさった結果、エメラルドはシトリンとの婚約破棄に至ったが、許されるなら許されたいという記憶は、エメラルドの中に強く残っている。
 
 人間が自身の意地を曲げるのに必要なのは、意地よりもさらに強い感情。
 愛情か、憎悪。
 ルビーの持つ、エメラルドの意地を曲げさせる自信の根拠は、緑石絵衣の持つシトリンへの感情。
 
 ルビー自身が証人だ。
 ルビーは、オニキスとの婚約を目指してトパーズと婚約破棄するというストーリーを捻じ曲げているのだから。
 
「いやまあ、そうだけどー」
 
「でしょ」
 
「謝る……謝る……。いや、無理でしょ!? 顔を見るのも気まずいのに!?」
 
「当たり前でしょ。謝るって、そういうことでしょ」
 
「いや、無理! 無理無理無理!」
 
「いい加減、甘えるのをやめなさい! いつまで、やりたくないことから逃げ続けてんの!」
 
「逃げ!? べ、別に逃げてないしー。ただ、そこまでしてまで、シトリン様と元に戻ろうとは思わないだけだしー」
 
「はい出た、言い訳。適当なこと言ってうやむやにしようとしてる甘えんぼ。いいでちゅねー、楽でちゅねー。ガラガラいります?」
 
「言い訳なんて!! して!! ない!!」
 
「してんのよ!! いい加減認めなさい!!」
 
「五月蠅い!! してないったらしてないのー!!」
 
 午前から始まった口喧嘩は、昼の食事休憩を挟んで、夕方まで続いた。
 次から次へと水が消費され、謹慎室の管理担当者は謹慎室と給水室を何十往復とする羽目になった。
 
「はあ……! はあ……!」
 
「はあ……! はあ……!」
 
 感情をぶつけ合って、言いたいことを言い合った二人は、それぞれの簡易ベッドにぱたりと倒れた。
 天井を見上げながら、話しつくした分、沈黙を楽しむ。
 
「なんであんた、そんなに必死なのよ」
 
 エメラルドが、小さく呟く。
 
「最初に言ったでしょ。ダイヤを助けるためよ」
 
「意味わかんないー。所詮、他人じゃないー」
 
「他人じゃないわ。友達よ」
 
「……他人じゃない」
 
 他人と友達は、違う言葉だ。
 しかし、他人と友達は、時に同じ意味を持つ。
 しばしの沈黙が流れた後、エメラルドが諦めたように溜息を零す。
 腕で両目を隠し、視界から世界を遮る。
 
「わかったわよ。シトリン様に謝るわよ。ついでに、あんたの言ってたことも聞いてあげるわよ」
 
「エメラルド!」
 
 エメラルドは、ついに意地を曲げた。
 否、あるいは誰かに曲げて欲しかったのかもしれないが、それはエメラルドのみ知るところだ。
 エメラルドは目から腕をどけて、首だけ動かしルビーの方を見る。
 
「ねえ、一つ聞かせなさいよ」
 
「何?」
 
「あんた、サファイアも助けてたわよね?」
 
「まあ、そうね」
 
「何でよ。このゲームの世界、下手に干渉なんてしたら何が起こるかわかんないんだから、ほっとけばいいでしょ」
 
「友達だからよ。友達のためなら、炎の中にでも突っ込めるわよ」
 
「そう」
 
「そうよ」
 
「……」
 
「……」
 
 エメラルドは考えていた。
 どうして自分は、こうなってしまったのだろうと。
 同じ転生者という境遇のルビーは、右も左もわからない異世界で人のために走り回っている。 
 エメラルドはと言えば、我がままに泣くばかりだ。
 
 エメラルドらしくないことを考えているのは、今エメラルドの目の前に、ルビーから手が差し伸べられているからだ。
 少しだけ、エメラルドは救われた気がした。
 わがまま放題で、ペリドットからの異常な愛を除けば、この世界で初めて愛を向けられた気がした。
 
 だから、エメラルドの口は自然と動いた。
 
「ねえ」
 
「何?」
 
「あんたは、私を助けてくれるのよね?」
 
「そうよ。何回も言ってるでしょ」
 
「それってつまり、私の事も、友達だと思ってくれてるってこと?」
 
 エメラルドの言葉に、ルビーはゆっくりと首を動かす。
 二人寝ころんだまま、視線だけが交差する。
 ルビーはふふっと笑った。
 
「そんなわけないでしょ? 大っ嫌いよ? ダイヤモンドをいじめるし、私を貶めようとするし。好きになる要素ないじゃない。でも貴女の力が必要だから、仕方なくこの場だけ助けてあげるって言ってんの? 友達になりたいなら、私に土下座でもして頼んでみる? ほんっっっの少しだけ考えてあげるわ!」
 
「あーそうですかそうですかー! よかったー! 私もあんた大っ嫌いだわー! 頭の先から足の先まで大っ嫌いだわー! 両想いね! 嬉しいわー!!」
 
「本当に嬉しいわー!」
 
 エメラルドは勢いよく立ち上がり、ルビーもつられて勢いよく立ち上がった。
 
「ほら、シトリン様に謝って、魔道具だか何だかのことも聞いてあげるから、さっさと私をここから出しなさい? もう同じ空気吸いたくないの! あー、焦げ臭い! 炎でこんがり焼けた焼き魚の匂いがするわー!」
 
「ちょ!? 匂うわけないでしょ! 毎日にお風呂入ってるんだから!」
 
「うっさいうっさい! 早く私をここから出しなさい!」
 
「こんの我がまま姫! いいわよ、すぐ出してあげるわよ!」
 
 この世界は、現実である。
 フィクションならばまだしも、エメラルドとの和解など起こるわけもなく、ルビーはエメラルドとの信頼関係を放棄した。
 繰り返すが、必要なのは利害関係なのだから。
 
 ルビーは立ち上がったその足でエメラルドに近づき、エメラルドをひょいと担ぎ上げた。
 そして、つかつかと壁の方へと向かって歩く。
 
「え? は? オニキス様は?」
 
 ルビーのバックにオニキスがいるという言葉から、てっきりオニキスが助けに来るのだと思い込んでいたエメラルドは、ルビーの行動に思考がフリーズする。
 壁の前に、オニキスはいないのだから。
 
「? なんでオニキス様が出てくるの?」
 
「あ、あんたが言ったんでしょう!? バックにオニキス様がいるって!」
 
「いるとは言ったけど、ここを出るのを手伝ってくれると言った覚えはないわよ?」
 
「え? え?」
 
 ルビーの言葉の意味をエメラルドが理解したのは、ルビーが足に魔力を込め始めてからだ。
 エメラルドを担いだことで両手がふさがっているルビーの攻撃手段は、蹴りだ。
 
「ちょっと衝撃あるから、しがみついといてねー」
 
「あ、あんた、いったい何を」
 
「三、二、一、どっせーい!」
 
「いやあああ!?」
 
 魔力を帯びたルビーの蹴りは、大きな破壊音と共に壁を砕き割った。
 壁の先には、上を見上げれば夕暮れ空が広がり、下を見下ろせばいつも歩いている道。
 突然高所を意識する場所に放り出されたエメラルドは、恐怖のあまりにルビーへしがみつく。
 
「何の音ですか!? あ、貴女たち、いったい何して!?」
 
 謹慎室から響く音に、見張りをしていた教師がノックもせずに入室し、目の前の光景にあんぐりと口を開ける。
 
「え、ちょ、わ、私関係な」
 
「しっかり捕まってなさいよ?」
 
 教師の言葉を前に、エメラルドは巻き添えにされてはたまらないと弁解しようとするが、ルビーが飛ぶ方が一足早かった。
 
「ぎゃああああ!?」
 
 ルビーとエメラルドの体は、部屋に開いた穴から外へと飛び出した。
 驚き叫ぶエメラルドに、ルビーは優しく言う。
 
「大丈夫よ、飛べるから」
 
「そういう問題じゃなーい!?」
 
 ルビーは、万一破滅した後に生き残る確率を上げるため、炎の魔法の鍛錬を欠かさなかった。
 その努力の結果が、飛行能力である。
 ロケットのように下へ向かって炎を放ち、炎の勢いを持って宙を舞う。
 
「さ、このままシトリン様の場所まで行くわよ!」
 
「行き方がおかしいわ!? アクションゲームじゃないのよ!?」
 
「そうね。ここは乙女ゲームよね」
 
 焦る教師に見送られ、二人はシトリンの元へと向かう。
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