純白の少女と烈火の令嬢と……

はの

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「このままで済むと思っているの?」
 
「んん?」
 
 ルビーは、力づくでダイヤモンドを止めることを、早々に放棄した。
 そもそもゲームにおいても、主人公ダイヤモンド・レグホーンに悪役令嬢ルビー・スカーレットが敵う道理はない。
 であれば、ルビーの戦い方は力の外。
 
「貴女がダイヤの体を乗っ取った王宮魔術医であることの自白は、ここにいる全員が聞いています。このことを公にすれば、オニキス様との婚約なんてすぐに解消されるわよ!」
 
 ルビーの言葉は、半分正しい。
 オニキスと婚約したのは、あくまでダイヤモンドだ。
 王宮魔術医がダイヤモンドの体を乗っ取っている現状は、さながら婚約者が影武者と入れ替わった状況に似ている。
 婚約した当人でないのなら、婚約解消は確実だ。
 
「ふ……ふふふ……! 皆がそれを信じれば、ですがね」
 
 ルビーの言葉は、半分甘い。
 転生という魔法のない世界で、ダイヤモンドの体に別の人間が乗り移っているという事実は、あまりにも眉唾物だ。
 国民が聞けば、性格が豹変したダイヤモンドと婚約破棄するための詭弁、としか受け取られないだろう。
 それはつまり、国婚約相手を二度も間違った無能な皇太子を、国が二度もかばっていると解釈される。
 
「こちらには、王族と公爵家の人間を含めた証人がいます!」
 
「逆に信じられませんよ。当事者である王族と、王族に尻尾を振る公爵家。証人にしては、あまりにも出来過ぎていませんか?」
 
 真実は、権威に隠される。
 それは、時に貴族の悪行を国民から隠蔽し、時に貴族の心からの訴えさえ疑われる。
 
 よってルビーは求めた。
 確実な証拠を。
 
「あっ!」
 
 目に留まったのは、焼却炉の中。
 つまり、王宮魔術医の焼死体。
 それさえ確保できれば、転生こそ証明できないものの、ダイヤモンドの身柄を拘束するには十分。
 身柄を拘束している間だけ、ルビーたちが転生について調べることが可能となる。
 
「まあ、そうなりますよね」
 
 が、ダイヤモンドにとって、それは織り込み済み。
 焼却炉の中に渦巻く炎の魔法に、さらに力を加える。
 炎は熱の柱となり、焼却炉そのものを巻き込んで溶かしていく。
 人も、服も、空気も、あらゆるものが飲み込まれ、あらゆるものが消え去った。
 
 証拠は、完全に焼失した。
 
「これで、何もなくなりました」
 
 ダイヤモンドは、ゆっくりと歩を進める。
 唖然とするルビーの横を通り過ぎ、地面に倒れたままのオニキスの横で止まる。
 
「安心してください、殿下。何も私は、国の乗っ取りや殿下の殺害といったことを考えている訳ではありません。私はただ、王族として、何に縛られることなく暮らしたいのです。真の、自由を享受したいだけなのです」
 
「…………」
 
「それに、この体はダイヤモンドの体そのものです。若い体に、老獪な私のテクニック。むしろ、殿下はより満足できるかもしれませんよ」
 
「…………」
 
 オニキスは何も答えない。
 現時点、何一つできることのない自分自身に嫌気がさし、怒りを感じ、ただ沈黙のまま腕で目を覆った。
 ダイヤモンドは、そんなオニキスの様子をつまらなそうに眺め、再び歩を進めた。
 
「ま、これから長い付き合いになりますので、ゆっくりと愛を深めていきましょうね。殿下?」
 
 ダイヤモンドの足音が、ゆっくりとその場を離れていく。
 
 沈黙の中に残されたのは、オニキス、ルビー、サファイア、ルベライトの四人のみ。
 
「お嬢様!」
 
「オニキス様!」
 
 ルベライトがルビーの元へ、サファイアがオニキスの元へと駆け寄る。
 
「お怪我はありませんか、お嬢様?」
 
「ええ、平気よ。ありがとう、ルベライト」
 
 ルビーの服は、焦げ付いていた、
 ダイヤモンドの放った熱柱の余波は、周囲をも巻き込んだ。
 ルビーが黒くなった服の袖を軽くはたけば、袖は形を失って、ポロポロと崩れ落ちた。
 
「本当に、本当に大丈夫ですか?」
 
「ええ。服が焦げた程度よ」
 
 そんな被害の中、ルビーが火傷一つ負っていないのは、奇跡なのか敵の実力によるものか。
 
「オニキス様、お怪我はありませんか?」
 
「……ああ」
 
 サファイアがオニキスに手を差し伸べるが、オニキスはその手を取らずに立ち上がる。
 泥で汚れた服をはたき、苦々しい表情で焼却炉のあった場所を見つめる。
 地面は土の色が分からぬほど真っ黒に焦げ付き、地面に何かが置かれていた痕跡さえ残っていない。
 代わりに、焦げ付いた地面の隣には、ダイヤモンドの足跡が残っている。
 
 オニキスは、ルビーへと目を向ける。
 
「ルビー」

 サファイアへと目を向ける。
 
「サファイア」
 
 再びルビーへと目を向ける。
 
「ここに君たちがいたのは偶然か? それとも、何か知っているのか?」
 
 発せられたのは、当然の疑問である。
 オニキスは、燃える明かりを頼りに、焼却炉まで来た。
 先に来ていたルビーとサファイアが、自身と同様の理由でそこにいたのか、それともダイヤモンドがいると知ってそこにいたのか、疑問に感じるのは当然だ。
 
 ルビーとサファイアは、一瞬視線を交差させ、オニキスの方へと向く。
 
「窓の外からダイヤの姿が見えたので、ここへ来ました」 
 
「ダイヤモンドの転生、君たちは知っていたのか?」
 
「可能性、でしたが」
 
 オニキスの脳裏には、昔のルビーとサファイア、そしてエメラルドの噂が蘇っていた。
 苛烈な性格のルビー。
 冷酷な性格のサファイア。
 我儘な性格のエメラルド。
 公爵家の血筋を持つオニキスと同年代の少女たち、つまりはオニキス最大の婚約者候補だった三人。
 オニキスが、そんな三人の噂を知らないはずがない。
 突然三人の性格が変わったという噂も、聞いていないわけがない。
 
 オニキスは当時、ジュラルミンを失った絶望から周囲への無関心が加速しており、性格が変わったと聞いても子供から大人になれば性格の一つや二つ変わるだろうと、気にも留めていなかった。
 が、転生という、別の人格が体に入る話を聞いてしまえば、見え方が変わる。
 
 三人の、別人としか思えない性格の変化への、見え方が変わる。
 
「転生の存在については、私でさえ初めて知った。何故、君たちが転生の可能性に行きついていた?」
 
 変わってしまった見え方は、問いただすことでしか是非を判断できない。
 オニキスは、強い視線を二人にぶつけた。
 
 ルビーとサファイアは、オニキスから視線を逸らし、その場で俯く。
 自身が転生者であることを知られたら、トパーズとアメシストが何と思うか、二人にはわからない。
 知られたくないという抵抗感が、その口を閉ざさせる。
 
 が、時に沈黙と解は同義語だ。
 
「君たちも、ダイヤモンドと同様、ルビーとサファイアの体を乗っ取ったのか?」
 
 オニキスは、沈黙から得られた解で、二人に問いただす。
 
「ち、違います!」
 
 沈黙の結果、状況がさらに悪くなったことを理解したルビーとサファイアには、真実を話すより他の道がなくなっていた。
 
「私たちは、ダイヤとは違います!」
 
「何が、どう違うというんだ?」
 
「私たちは、魔法によって体を乗っ取ったりはしていません!」
 
「私たちは転生者ですが、この世界とは別の世界で生きていた、普通の人間だったんです! 階段から落ちた拍子に、そのことを思い出して、それで」
 
「思い出した、か」
 
 一言一言、オニキスは言葉を掬い上げる。
 先の衝撃で、転生という概念に嫌悪感を抱き続けてはいるが、感情と論理を切り分けて、オニキスは努めて冷静に考える。
 ダイヤモンドの転生は、ダイヤモンドの元の人格をなくし、別の人格が支配する物だ。
 対し、思い出したという言葉が表すように、ルビーとサファイアの転生は、元の人格の記憶に別の人格の記憶が追加させる物だ。
 果たして、ダイヤモンドの転生と、ルビーとサファイアの転生は、同一の存在か。
 オニキスには、確定した結論を出すことができなかった。
 
「言い分はわかった」
 
 オニキスはしばし悩んだ末、この疑問を持つべきは自身でないと判断した。
 ルビーとサファイアの転生により、最も頭を悩ます人間は、他にいると考えたから。
 
「もう一つ訊こう。私は、ダイヤモンドを元に戻す方法を探す。君たちは、私に協力してくれるか?」
 
 代わりに、二人に立ち位置を問うた。
 
「もちろんです!」
 
「協力させていただきます!」
 
 オニキスよりも転生に詳しいだろう二人が、オニキスの味方をする。
 それだけで、この場におけるオニキスの用事は終えた。
 少なくとも、オニキスの愛したダイヤモンドを取り戻せる可能性が高まったのだから。
 
「わかった。明日、再び話そう。詳細は、その時に」
 
 そう言うとオニキスは、寮へと戻っていった。
 
「それと、話の場にはトパーズとアメシストも呼ぶ。どうするかは、君たちに任せる」
 
 ルビーとサファイアに、大きすぎる宿題を残して。
 
 明日までにトパーズとアメシストに転生のことを打ち明けるか否か決めろと、言外のメッセージを前に、ルビーとサファイアは無言で頭を下げるしかなかった。
 
 
 
 繰り返す。
 ルビーとサファイアの転生により、最も頭を悩ます人間は、オニキスではない。
 それは――。
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