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 ルビーは歩く。
 彼女の元へ。
 
 ルビーは信じていない。
 彼女の目的が王族に取り入って贅沢の限りを尽くすことだという噂話を。
 
 
 
 
 
 
「ルビー? 未来の王族である私をこんなところに呼び出して、いったい何の御用? 私、忙しいんだけど」
 
「言葉をわきまえなさい。貴方は今、オニキス様と婚約中なだけのただの平民。スカーレット公爵家である私とは、天と地ほどの身分差があるのよ」
 
「どうせいずれ逆転するんだから、今から私に媚びを売っておくほうが利口だと思うわよ?」
 
「思わないわね。公爵家は、王族の守護者。王族の権力に尻尾を振る恥知らずはいないわ」
 
 夕日が差し込む、二人っきりの教室。
 窓際の壁にだらりと背を預けるダイヤモンドに対し、ルビーは背をピンと伸ばして向かい合う。
 ダイヤモンドは面倒くさそうに溜息を零し、壁際から離れる。
 上半身を前へ傾け猫背となり、ゆっくりとルビーに近づいていく。
 
 ルビーは、近づいてくるダイヤモンドの全身を眺める。
 警戒しているためか、ダイヤモンドの腕に魔力が流れており、仮にルビーが魔法を放ってもダイヤモンドには迎撃する準備ができていた。
 また、ダイヤモンドの制服には魔道具が縫い付けられており、魔法によって何かをやろうとしている、あるいはやっていることが予想できた。
 
 ルビーとダイヤモンドは、手を伸ばせば触れる距離にまで近づき、互いに視線をぶつけ合う。
 
「それは失礼いたしました。で、改めて聞きますが、何の御用ですか?」
 
「貴女は誰?」
 
 ルビーの質問を、ダイヤモンドは馬鹿にしたような笑みを持って迎え、自身の右手を左胸に当てる。
 
「何を言ってるんですかルビー様。同級生のダイヤモンドですよ。物忘れが激しくなるには、いくらなんでも若すぎませんか?」
 
「違う」
 
「え?」
 
「貴女がダイヤなわけがない」
 
 へらへらとするダイヤモンドに対し、ルビーは真剣な表情を崩さない。
 
「どうしてそう思うのですか?」
 
「ダイヤは、真剣にオニキス様を愛していたの。こんな、自分の欲望のままにオニキス様を利用するような子じゃないの」
 
「あはは、名演技だったでしょう? 全部全部、王家の持つ財と名誉と権力が欲しくて、オニキス様に愛されるか弱い女を演じてきただけ。元婚約者の死で、オニキス様が早々に婚約破棄できない状況なのも、私にとって都合が良かった」
 
「ダイヤ」
 
「これが本当の私ですよ、ルビー様! あーっはっはっはっは!!」
 
 目を限界まで開き、口角を限界まで上げ、ダイヤモンドは笑った。
 腹の中にある欲望を見せつける様に、大きな声で笑った。
 教室が、ダイヤモンドの声で満たされる。
 
「違うわ」
 
「あーっはっはっはっは!」
 
 もしも、ルビーが、ルビー・スカーレットの記憶しかないならば、ダイヤモンドの言葉を信じたかもしれない。
 
 が、ルビーは知っている。
 人間の人格が突然変わってしまう前例を。
 
 身を持って。
 
 ルビーは静かに、ダイヤモンドを指差す。
 
「私は転生者よ。貴女も、転生者なんでしょ?」
 
「あーっはっはっはっ…………は?」
 
 ダイヤモンドの笑い顔はピタリと固まり、じんわりと緩んで驚愕の表情へと変わった。
 額が汗で滲み、つーっと顎にたれて床へと落ちた。
 
「なぜ、貴様が転生の存在を知って……」
 
 そして、ぼそりと一言零した後、ダイヤモンドは両手で自身の口を塞いだ。
 ダイヤモンドの行動に、ルビーはダイヤモンドが転生者である確信を得た。
 
「図星のようね。ダイヤが意識を失って、倒れた時があったわ。おそらくはその時に」
 
「……っ!」
 
 真実を求めるルビーの言葉を聞き終える前に、ダイヤモンドは駆けだした。
 
「待ちなさい!」
 
 窓際の壁から教室の入り口まで走るダイヤモンドの前に、ルビーが両手を広げて立ちふさがる。
 
「どけぇっ!!」
 
 が、ダイヤモンドとルビーの戦闘力は、ダイヤモンドの方が上である。
 ダイヤモンドが手に流していた魔力が光の魔法を形成し、ルビーの腹部へと伸びる、
 ルビーもまた、咄嗟に魔力を溜めた両手で腹部をかばい、ダイヤモンドの一撃を受け止める。
 ルビーの両手に鈍く重い衝撃が走り、同時に体が宙に浮く。
 
「がっ……!?」
 
 そのままルビーは、机の上に吹き飛ばされた。
 ダイヤモンドは、倒れて抵抗できなくなったルビーの横を走り抜け、教室の外へと出ていった。
 
 ダイヤモンドにとって、今この瞬間にルビーを処分する必要はなかった。
 ダイヤモンドにとって、もっと重要なことがあった。
 
「待ちなさい!」
 
 痛む体を無理やり起こし、ルビーは教室の入り口までよろよろと走る。
 今にも倒れてしまいたい体を、扉を掴んで無理やり起こし、ダイヤモンドに向かって叫んだ。
 が、ルビーの叫び声で止まるわけはなく、ダイヤモンドはそのままルビーの視界から消えた。
 
「間違いない。四人目の……転生者!」
 
 返答こそもらえなかったものの、ルビーは逃げるダイヤモンドの振る舞いこそが答えであると理解した。
 気が抜けた体は扉に沿うようにずるずると下に落ち、その場にペタンと座り込んだ。
 
 転生後、ルビーは手に入る限りの文献を集め、読み漁った。
 一つは、世界の常識を知るため。
 もう一つは、この世界に転生という前例が存在するかを調べるため。
 結論、転生はフィクションの話の中にさえ存在せず、この世界に転生と言う概念は存在しなかった。
 
 つまり、転生者でなければ知るはずがないのだ。
 転生、という言葉の意味など。
 
「……どうする?」
 
 ダイヤモンドが変わってしまった理由を前に、ルビーは悩んだ。
 
 ルビーはダイヤモンドを助けたい。
 その感情に偽りはない。
 過程はともかく、欲する結果はすぐに出た。
 転生者の人格を追い出して、元の人格の記憶を呼び戻すという結果に。
 
 問題は二つ。
 果たして、そんな方法が存在するのか。
 そして、ルビーもまた、ダイヤモンドと同様の転生者であるという事実。
 ルビー・スカーレットの体に赤口瑠璃の記憶が相乗りしたことで、ルビー・スカーレットが歩むだろう人生と現在は大きく変わっている。
 であれば、ダイヤモンドの転生者がやっていることは、ルビーがやっていることと同じ。
 自分の都合よく、転生先の体を使っている存在。
 
 敵として現れた転生者ではなく、味方として出会った転生者を前に、ルビーは急な罪悪感に蝕まれた。
 
「私は、どうすればいい?」
 
 転生者が転生者を嫌い、追い出そうとする自己矛盾が、ルビーの脳を締め付けた。
 ルビー・スカーレットの記憶が。
 赤口瑠璃の記憶が。
 ガツンとぶつかった。
 
 
 
「はあっ……! はあっ……!」
 
 ルビーの前から逃げ出したダイヤモンドは、一目散に自室へと戻った。
 扉を閉めた瞬間にようやく逃げ切れた実感を得て、バタンという音が脳に届く前に、扉を背につけ床へとしゃがみこんだ。
 
「なんだ、なんだあいつは? ただの、公爵家の女ではないのか?」
 
 ダイヤモンドは見下していた。
 ルビーを。
 
「なぜ、転生のことを知っている? あれは、私しか知らぬはず」
 
 ダイヤモンドは見上げていた。
 ルビーを。
 
 未知とは恐怖である。
 自らの常識の輪に存在しないルビーに対し、ダイヤモンドは恐怖を植え付けられていた。
 
「あいつはどこまで知っている? どうやって、転生のことを知った? いや、今はどうでもいい。むしろ、転生を知る人間がいると知れたことを、行幸だと思わねば。今後の対策が打てる」
 
 心臓があるだろうあたりをギュッと掴み、ダイヤモンドはよろよろと立ち上がる。
 緊張のあまりだくだくと流れる汗が床に落ち、しかし気にせずダイヤモンドは机に向かって歩く。
 そして、机の上に積み上げられた魔道具を手に取り、自身の身体に押し付ける。
 全身に電流のような衝撃が流れ、ダイヤモンドの体がびくりと震える。
 
「急がねば」
 
 荒ぶった呼吸のまま、ダイヤモンドは椅子に座る。
 机の上に積み上げられた魔道具を隅に寄せ、代わりに棚から持ってきた魔導書を開く。
 
 不完全な魔法陣の描かれた魔導書を。
 
「急いで、完璧な転生をしなければ……!」
 
 ダイヤモンドはペンを持ち、魔導書に文字を増やしていく。
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