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 ルビーは感じていた。
 最近、オニキスとダイヤモンドが急接近していると。
 今まで、そんな気配を一向に見せなかったのになぜ今頃と首を傾げるが、答えはすぐに出た。
 エメラルドの妨害がなくなった影響だ。
 
 ゲームのシナリオ上でオニキスとダイヤモンドが二人っきりで会うはずの場所には、いつだってエメラルドの姿があった。
 結果、ゲームのシナリオ通りのイベントは発生せず、オニキスからダイヤモンドへの好感度があがることはなかった。
 しかし、今はエメラルドの邪魔が入らない。
 ゲーム通り、エンディングに向けて好意が高まり始めた。
 今までの分を取り返すほど、急激に。
 
「ダイヤ、俺と結婚を前提に交際してくれないか?」
 
「ほえっ!?」
 
 だから、二人が交際するまでに、そう時間はかからなかった。
 もちろん、ダイヤモンドがいつも通りの振る舞いで、オニキスの抱える闇を消し去っていったからこその結果である。
 
 平民と王族の恋愛。
 例を見ない話に魔法学院中が騒然としたが、ゲームを知っているルビーは驚くことはなかった。
 いや、現実のダイヤモンドを知っているからこそ、オニキスとの交際は必然であるとさえ考えていた。
 
 むしろ、ルビーの心配は他である。
 即ち、ダイヤモンドがオニキスエンドを迎えるとともに訪れる、悪役令嬢の破滅。
 
「おはようございます、ルビー様」
 
「おはよう、ダイヤ。どうしたの、その顔。寝不足?」
 
「あはは、ちょっと最近、色々あって、なかなか寝付けなくて。オニキス様から王宮の魔術医の方を紹介されて、治療を受けてはいるんですけど」
 
 オニキスとの交際が始まった以上、ダイヤモンドの身の周りが大きく動くことは必然であり、ダイヤモンドに疲労や負荷があることも必然だろう。
 心配もそこそこに、ルビーは本題を切り出す。
 
「ねえダイヤ、聞きたいことがあるんだけど」
 
「はい、なんでしょう?」
 
「ダイヤ、私のこと好き?」
 
「え!?」
 
 ルビーの突然の言葉に、ダイヤモンドは驚き、赤面し、もじもじごにょごにょと何かを言う。
 
「え? ごめん、聞こえない」
 
「だから……です」
 
「え?」
 
「好きです!!……もう、何を言わせるんですか!!」
 
 ダイヤモンドは赤い顔のまま、ルビーから顔を背ける。
 一方のルビーはと言うと、安心した表情で笑った。
 
「良かった。私も好きよ?」
 
「……もう」
 
「じゃあ、オニキス様は好き?」
 
「……好きです」
 
 このままいけば破滅はないだろう、現実はゲームのシナリオと違う未来へ向かっていると、ルビーは楽観的に見ていた。
 オニキスの交際話は、案の定というか父から難色を示されているようだが、オニキスならば説き伏せるだろうと考えていた。
 なおエメラルドは、今もハンカチを噛みしめて、オニキスとダイヤモンドの交際を泣きながら見守っている。
 
 
 
 変わったことは、もう一つあった。
 
「お久しぶりです、ルビー様」
 
 サファイアが、登校をしてきた。
 アメシストがつきっきりで側におり、朝から昼までの短時間ではあるが、サファイアにとっては大きな成長だ。
 
「久しぶりね、サファイア様」
 
「はい、本当に」
 
 ルビーとサファイアはたわいもない話を交わす。
 サファイアとアメシストは無事に再度の婚約となっており、サファイアは照れながら話していた。
 サファイアの口から出てくる幸せな未来の話に、ルビーも思わず笑みがこぼれる。
 
 ルビー自身も、サファイアも、オニキスも、ダイヤモンドも、皆が幸せになれるエンディングへの足音が聞こえていた。
 エメラルドだけは少々苦境に至っているが、公爵家の力が弱まったわけでも、家から見捨てられたわけでもない。
 きっと、そこそこの生活には戻れるだろう。
 
「ルビー様がいなければ、こんな日が来るとは思いもしませんでした」
 
 
 
 月日は流れる。
 最後のイベントが始まる。
 
 ダイヤモンドが、何の前触れもなく意識を失い、その場へ崩れ落ちた。
 オニキスの元婚約者、ジュラルミン・ダブグレーの再現だ。
 
「ダイヤ!?」
 
 オニキスは取り乱しながらも、急いでダイヤモンドを抱え、医務室へと運ぶ。
 魔法学院の抱える最高の医師たちと、王宮から呼び寄せた王宮魔術医の手によって、ダイヤモンドは数日間の眠りから覚め、命が助かる。
 
「ダイヤ!!」
 
「オニキス……様……」
 
 人目もはばからず、オニキスはダイヤモンドを抱きしめる。
 
「ダイヤ……。私はもう、君なしの人生は考えられない。私と結婚してくれないか?」
 
 生死を彷徨った直後の告白は、タイミングとして正しいのか否かはさておき、オニキスとダイヤモンドは婚約をした。
 もっとも、現段階では個人間の話だ。
 王族であるオニキスは、次代の国を背負う人間。
 高貴な血筋に拘る両親は、ジュラルミンとの婚約の時以上に難色を示しはしたが、オニキスが自身の気持ちを強く訴え、正式な婚約へと至った。
 
 オニキスの両親としては、強引だったとはいえエメラルドが本命だったのではあろう。
 いや、エメラルドでなくとも、せめて貴族の中で相手を決めて欲しかったことだろう。
 しかし、オニキスが子を成さないまま生涯を終える最悪の場合と比べるならば、平民であろうとやむを得ないかと妥協した。
 王族には子孫繁栄のため、側室を抱える慣習もある。
 平民との間に生まれた子ではなく、側室との間に生まれた貴族同士の血を継ぐ孫を次々代の国王にすれば、ある程度血筋は維持できるのではないかという打算もあった。
 まあ、これらは十年後二十年後と続いていく、オニキスと父の物語。
 乙女ゲーム『純白の少女』シリーズには描かれない、生々しい現実の話である。
 
「ルビー様。私、オニキス様と正式に婚約したんです」
 
 ダイヤモンドは婚約が認められた当日、真っ先にルビーのところを訪れた。
 既に周囲は暗く、夜はどっぷり空を染めている。
 夜も更けてから他の生徒の部屋を訪れるのは、いささかマナー違反ではあったが、マナー違反の件を咎められてでもダイヤモンドはルビーへすぐに伝えたかったのだ。
 
「それはよかったわね」
 
「はい! それもこれも、ルビー様のおかげです! 私が嫌がらせを受けた時、何度も何度も助けていただきました。そのご縁で、オニキス様とも仲良くなって、今があります」
 
「この結末は、貴女の努力の結果よ」
 
「いいえ、ルビー様がいなければ、今の私はありませんでした。この幸せはありませんでした。すべて、ルビー様のおかげです。このご恩は、一生をかけてお返しさせていただきます」
 
「そ、そんな大げさな……」
 
「いえ、お返しさせてください!」
 
「私は、貴女が幸せならそれでいいわ」
 
 半分は、ルビーの本心。
 半分は、ルビーの建て前。
 ダイヤモンドが幸せになることは友人としてもちろん嬉しいが、エンディング直前のシーンを迎えてなお、オニキスも、トパーズも、アメシストも、もちろんダイヤモンドも、誰一人ルビーを破滅させようなんて考えてないない、その事実が嬉しかった。
 
「明日は大変よ? きっと、教室で質問攻めに去れるわよ?」
 
「あ……あはは。頑張ります。いざという時は、ルビー様、助けていただけます?」
 
「さあ、どうかしら?」
 
「もう、ルビー様の意地悪!」
 
 楽しい時間はすぐ終わる。
 
「じゃあねダイヤ、お休みなさい」
 
「はい。おやすみなさいませ、ルビー様」
 
 明日もまた、楽しい一日になるだろう。
 ルビーは穏やかに眠りについた。
 
 
 
 
 
 
 翌日、朝からオニキスとダイヤモンドの婚約が正式に発表された。
 普段はガラガラな朝の教室は、生徒たちで溢れていた。
 誰もが、ダイヤモンドの話を聞きたがったのだ。
 しかし、いつもは早めに登校しているダイヤモンドの姿が、今日に限って見えない。
 誰もが残念がり、しかし質問攻めを回避したいならば当然かと納得した。
 
「おはよう……ん!?」
 
 代わりに標的になったのは、オニキスだ。
 
「オニキス様、ご婚約おめでとうございます!」
 
「ご婚約のパーティはいつですか?」
 
「ダイヤモンドの、どんなところをお好きになられたのですか!?」
 
 目を輝かせた生徒たちの質問攻めに、オニキスは苦い顔をして、視線でルビーのに助けを求める。
 が、ルビーは軽く微笑んで、視線に気づかないふりをした。
 どうしたものかとオニキスが悩んでいると、二人目の主役が現れた。
 
 ダイヤモンドだ。
 
 オニキスに向かっていた視線は一斉にダイヤモンドへと向き、皆がダイヤモンドの側へと駆け寄った。
 生徒の一人が口を開こうとした瞬間。
 
 
 
「おはよう、下々の皆さん」
 
 
 
 先にダイヤモンドが口を開いた。
 
 しんと、教室が静まり返る。
 ダイヤモンドは冷たい目で周囲の生徒たちを見下し、生徒たちの間をすり抜けて歩いた。
 すり抜けた先で、ダイヤモンドはネールとエメラルドを見つけ、ニヤリと笑った。
 
「ネール、エメラルド」
 
「え?」
 
「以前の嫌がらせの件、上に報告しておきました。後日、然るべき罰が下される予定です。楽しみ待っていてくださいね」
 
「え?」
 
 ネールとエメラルドの間の抜けた顔を無視して、ダイヤモンドは歩く。
 ルビーの前まで。
 
「ルビー、貴女のおかげで、私は皇太子の婚約者になれたわ。そこだけは、感謝してあげる」
 
「は?」
 
 ルビーの唖然とした表情を無視して、ダイヤモンドは歩く。
 そして、自席へと座る。
 
 
 
 誰も、ダイヤモンドに話しかけない。
 話しかけることができない。
 
 エンディングの先、ゲームに存在しない現実が、最後の最後にルビーの前に立ちふさがった。
 
 ダイヤモンドの豹変という形で。
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