純白の少女と烈火の令嬢と……

はの

文字の大きさ
上 下
6 / 37

6

しおりを挟む
 帰宅するという師匠に、ほんの少し寂しいなと思いながら、万葉は軽めの朝食を胃へと投げ込む。師匠は朝はコーヒーと甘い物一かけらのようで、朝から食べられないんですと、困った顔をしていた。

「では万葉さん、お世話様でした。お引越しはいつでもいいですけど、早めだと僕も嬉しいです」

「……あ、はい。それはまた連絡します。師匠、甘やかしすぎじゃないですか、私のこと?」

 それに玄関の扉のドアノブを持っていた師匠は、うーんと考えて首をかしげる。二歩で万葉の元へと戻ってくると、万葉の頭をよしよしと撫でた。かと思うと、急に肩を引っ張って、耳元に近づいて来る。

「僕は本当は優しくないです……今すぐにでも、貴女の素肌に触れたいし、僕がどれだけ好きかを、貴女の体中に叩き込みたいですが。甘やかしていますよ……好きですからね、奥さん」

 ちゅっとほっぺたにキスをされて、万葉がビックリしていると、ニコニコと師匠が微笑んだ。

「万葉さんは、僕に甘やかされているくらいが丁度よさそうです。そうやって、可愛い反応も見られますし、まんざらでもない顔されると僕も嬉しいです」

 もう一度ドアノブに手をかけると、師匠は穏やかに口元を緩めた。

「僕だけに夢中でいて下さいね。後悔はさせませんから」

 では、と軽やかに手を振って去って行く姿を見送って、万葉はその場にぽかんと立ちすくんだまま、しばらくそうしていた。

「師匠って、本当に……」

(手練れのすけこましすぎる……)

 言われなくとも、万葉はすでに師匠に夢中だった。思い切りこの感情をぶつけても、師匠は怒らないだろうか。面倒くさく思わないだろうか、と少しは考えたのだが、マスターが言っていた寄りかかっても支えてくれる人という言葉を、信じてみようと思った。



 ***



 月初の出社で気が重たくなるのは、いつも首位争いをしている後輩の遠藤が、トップの座をそうやすやすと譲ってはくれないからだ。

 朝礼で先月のトップ賞を発表されて、いつも二位になってしまっている万葉は、毎月苦い思いをする。しかし、今月はその気持ちが薄らいだ。

 名前によるクレームは相変わらずあるけれども、実は自分の名字が今は田中であって、あんな素敵な人が旦那さんなのだと思うと、溜飲が下がる思いだ。師匠の笑顔を思い出して、発表中に顔を赤らめてしまった万葉は、部長に怪訝な顔をされたのだが、大丈夫ですと作り笑いでごまかした。

 師匠の影響力がすごいのか、結婚というものの影響力がすごいのかは分からないが、どちらにしても、万葉の心は落ち着いて安定していた。クレームが来たところで以前のようにイラっとしなくなったし、新海無しで対処できる回数が、前月は多かった。

(恋心、凄まじい……)

 心境の変化を感じながら、やっぱり引っ越しをしようとふと考える。安心してほしいと何回も言われたが、言葉だけで満足できないのが乙女心の面倒くさいところでもある。

 実際に一緒に住めば、もしかしたら捨てられてしまうのではないかという不安が和らぎ、そして師匠の事をもっと知ることができるのかもしれないと考えていた。

 のんびりとそんなことを考えていると、総務から呼び出しが来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

イジメられっ子は悪役令嬢( ; ; )イジメっ子はヒロイン∑(゚Д゚)じゃあ仕方がないっ!性格が悪くても(⌒▽⌒)

音無砂月
ファンタジー
公爵令嬢として生まれたレイラ・カーティスには前世の記憶がある。 それは自分がとある人物を中心にイジメられていた暗黒時代。 加えて生まれ変わった世界は従妹が好きだった乙女ゲームと同じ世界。 しかも自分は悪役令嬢で前世で私をイジメていた女はヒロインとして生まれ変わっていた。 そりゃないよ、神様。・°°・(>_<)・°°・。 *内容の中に顔文字や絵文字が入っているので苦手な方はご遠慮ください。 尚、その件に関する苦情は一切受け付けませんので予めご了承ください。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

下級兵士は断罪された追放令嬢を護送する。

やすぴこ
ファンタジー
「ジョセフィーヌ!! 貴様を断罪する!!」  王立学園で行われたプロムナード開催式の場で、公爵令嬢ジョセフィーヌは婚約者から婚約破棄と共に数々の罪を断罪される。  愛していた者からの慈悲無き宣告、親しかった者からの嫌悪、信じていた者からの侮蔑。  弁解の機会も与えられず、その場で悪名高い国外れの修道院送りが決定した。  このお話はそんな事情で王都を追放された悪役令嬢の素性を知らぬまま、修道院まで護送する下級兵士の恋物語である。 この度なろう、アルファ、カクヨムで同時完結しました。 (なろう版だけ諸事情で18話と19話が一本となっておりますが、内容は同じです)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

ど天然で超ドジなドアマットヒロインが斜め上の行動をしまくった結果

ファンタジー
アリスはルシヨン伯爵家の長女で両親から愛されて育った。しかし両親が事故で亡くなり叔父一家がルシヨン伯爵家にやって来た。叔父デュドネ、義叔母ジスレーヌ、義妹ユゲットから使用人のように扱われるようになったアリス。しかし彼女は何かと斜め上の行動をするので、逆に叔父達の方が疲れ切ってしまうのである。そしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 表紙に素敵なFAいただきました! ありがとうございます!

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

処理中です...