悪役令嬢転生の作り方

はの

文字の大きさ
5 / 38

第5話 転移

しおりを挟む
 四月。
 三姫にとっては、長い長い勉強期間となった。
 弥太郎と共に会議へと出席し、ひたすら議事録をとる。
 弥太郎から渡された資料に目を通し、資料に書かれた内容を理解する。
 弥太郎の終えた仕事の報告書を読んで、報告書に書かれた内容を理解する。
 
 会社固有の用語が溢れ、社員間では既知の手順が省略され、三姫はわからないの波に溺れながらも知識を深めていった。
 
「調査。破滅する悪役令嬢を見つけ、その周辺環境を探ること。調達。悪役令嬢の体から魂を抜き取ること。ん、あれ? こっちにも調達って言葉が。こっちの調達は、また別の意味? 悪役令嬢の体に入れる魂を探すこと? もー! 意味統一してー!」
 
 三姫は自分の席に座り、独り言を零しながらも弥太郎から与えられた仕事を着実にこなしていた。
 
 
 
 五月。
 ゴールデンウィーク明けの一日目。
 三姫は、休みボケした体に鞭を打ちながら、いつも通り出社した。
 
「おはようございます」
 
「おう、おはよう」
 
 連休を理由に遅刻しないため始業時間より十五分早く来た三姫は、既に仕事を始めていた弥太郎に驚きながら挨拶した。
 弥太郎の隣の席に鞄を置き、パソコンを起動しながら弥太郎の方を見る。
 
「天馬さん、いつも何時に出社してるんですか?」
 
「ついさっきだよ」
 
「絶対嘘です。私が何時に出社しても、天馬さん絶対いますもん」
 
「偶然偶然」
 
 ゴールデンウィーク明けの仕事初日は、休日の生活を引きずってしまうものだ。
 事実、三姫は朝だというのに、いつもより体のダルさを感じていた。
 両手で頬をパンパンと叩き、顔に疲労を出さない様に気合いを入れる。
 一方の弥太郎は、いつも通り顔色良く仕事を続けていた。
 まるで、昨日も働いていたように。
 
「もしかして、ゴールデンウイークも出てたんですか?」
 
「出てないよ」
 
「本当ですか?」
 
「本当本当。それより、はい」
 
 疑いの目を向ける三姫に、弥太郎は机の上に置いていた紙を渡す。
 
「なんですかこれ?」
 
 三姫は紙を受け取り、内容を読んで目を丸くした。
 それは、四月に資料や報告書を読んでいた中で、何度も目にした書類だった。
 異世界転移申請書。
 悪役令嬢を調達するために異世界へ転移する際、提出が義務付けられている申請書だ。
 そして、転移者の名前の欄には『天馬弥太郎』に加え、『清水三姫』の名前も書かれていた。
 
 その意味を理解した三姫は、目を輝かせる。
 
「私も同行していいんですか!?」
 
 調達は、悪役令嬢転生株式会社調達部の花形仕事の一つだ。
 悪役令嬢と戦い魂を奪う必要があるため、最初から新人に任せられるような仕事ではない。
 一定の知識と身体能力が必要であり、上司への同行は調達業務の一歩目だ。
 
「うん。四月の清水さんの仕事っぷりを見てたけど、これなら同行させても大丈夫かなって」
 
「ありがとうございます!」
 
 普段は褒めない弥太郎の言葉に、三姫は大きな声でお礼を返した。
 
「異世界で、絶対やっちゃいけないことは、ちゃんと復習しといてね」
 
「はい! 不要な人間の魂を抜かない、異世界の物を持ち帰らない、現代の物を持ち込まない。後は」
 
「いい、いい。今、言わなくてもいいから」
 
「えへへ。すみません」
 
 三姫は申請書を持ったまま、上機嫌で席に座り直した。
 三姫が次にやることは、四月の仕事と同様、弥太郎から受け取った申請書の細部を埋め、然るべき部署に出して承認をもらうことだ。
 いつも通りの仕事だが、自分が初めて調達に関わる案件の申請書と考えれば、特別感を感じられた。
 いつもより手がすいすいと動き、いつもより念入りに書類に不備がないかを確認した。
 
 だからこそ、気づいていてしまった。
 申請書の印刷日の違和感に。
 
「天馬さん?」
 
「ん?」
 
「やっぱり、昨日会社出てましたよね?」
 
「出てないよ」
 
「ここ。印刷日が昨日になってるんですが」
 
「…………出てないよ? 自宅でちょろっとやっただけだよ?」
 
「ひいっ」
 
 
 
 五月末。
 三姫の初異世界転移日。
 
「天馬さん。私、楽しみです!」
 
「俺も昔はそうだったなー」
 
「今は?」
 
「ぶっちゃけ飽きた」
 
 弥太郎と三姫は、車に乗って会社から移動していた。
 異世界転移をするためには、専用の機械が必須だ。
 会社の一室で運用するにはあまりにも大きく電力を食うため、機械の開発元が設置している機械を借りることが一般的だ。
 
 雑居ビル街には車も人もなかったが、最寄り駅に近づいてくると車も人も数が増えていった。
 静寂が喧騒へと変わり、有名なチェーン店が周囲に広がっていく。
 弥太郎と三姫の乗った車はそのまま繁華街を通過し、再び閑散とした道へと入っていく。
 車が消え、人が消え、高いビルが消え、売地の看板が立った土地が増えてきたあたりで、工場の建物が見えてきた。
 
「見えて来たぞ」
 
「わー、真っ黒」
 
 デザイナーズマンションのような煌びやかさのない、真っ黒な長方形。
 会社のロゴも看板も存在しないため、一般の人々には何の建物かさえ判断がつかないだろう。
 事実、近隣住民も『黒ビル』というニックネームを勝手につけて呼んでいる。
 
 車が工場の門の前で停車すると、守衛室から守衛が出て来て、運転席側の窓に近づく。
 弥太郎は窓を開けて、入館許可証のカードを提示する。
 守衛はカードを確認した後に守衛室へ戻り、機械を操作して門を開く。
 門の先には自動車用の私道が続き、少し進んだ右手にある駐車場で、弥太郎は車を停車した。
 
「着いたぞ」
 
「に、二時間……」
 
 長距離運転に慣れている弥太郎は、車から降りるとすぐに荷物を持って、工場の入口へと歩き始めた。
 三姫はと言えば、車から降りるだけで両手両足の関節からボキボキと音が鳴り、その場で軽いストレッチをした後、弥太郎の後を追った。
 
 工場のセキュリティは厳しく、全ての扉に鍵がかかっていた。
 扉の近くには非接触型のICカードリーダーが備え付けられており、弥太郎は入館許可証のカードをカードリーダーにかざした。
 
 ピピッと音が鳴り、扉が左右に開く。
 
「入るときは、必ずここにかざしてね。かざし忘れると、セキュリティ規約違反で始末書欠かされるから」
 
「気を付けます」
 
「ちなみに、出る時もカードリーダあるからかざしてね」
 
「かざさないと、始末書ですか?」
 
「そう」
 
 三姫もカードをかざすと、ピピッと音が鳴る。
 
 開いた扉をくぐり、弥太郎と三姫は工場の奥へと進んでいく。
 廊下をまっすぐ歩き、階段を降り、再び廊下を歩き、鍵のかかった部屋へと入る。
 
「寒っ」
 
 入った部屋はエアコンが何台も稼働しており、部屋全体をキンキンに冷やしていた。
 複雑な処理を行う機械は熱を帯びるため、冷却することが必須だ。
 転移で使用する機械もすぐに熱を帯びてしまうため、室温を一定以下に保つことが必須なのだ。
 
 三姫は防寒着を持ってきていないことを後悔し、こんなに寒いなら事前に教えてくれてもいいのにと弥太郎を見た。
 が、弥太郎もまた防寒着など来ておらず、いつも通りのスーツ姿だった。
 
「天馬さん、寒くないんですか?」
 
「寒いよ」
 
「じゃあ、コートか何か持ってきましょうよ」
 
「どうせ、すぐに転移するし大丈夫だよ。コートなんて着てたら、向こうで動きにくくなるし」
 
「なる、ほど?」
 
 弥太郎は、部屋の中心に置かれている機械の前に立った。
 床と天井を繋ぐ円柱は、全てが強化ガラスで作られていて透き通っている。
 天井部や床では小さなライトが点灯を繰り返しており、機械の正常動作を示す。
 円柱の上部と下部には黒いリングが付いており、黒いリングからは無数のコードが伸びていた。
 コードは部屋の壁際にみっちりと並べられた機械と繋がっており、壁際の機械が処理の本体だとわかる。
 
「覚悟はいい?」
 
 弥太郎は、近くの円柱の隣にある柱のカードリーダーに入館許可証をかざす。
 透明な円柱がせり上がり、円柱下部の黒いリングが弥太郎の目と同じ高さで止まった。
 円柱の動きが止まったことを確認した弥太郎は、躊躇なく円柱の中へと入る。
 
「大丈夫です!」
 
 三姫もまた、カードリーダーに入館許可証をかざし、円柱の中へと入った。
 円の面積は、大人が四人が入れるくらいには広く、体が触れることなく弥太郎と三姫は立つことができた。
 
「じゃ、行くよ」
 
「はい!」
 
 弥太郎は、円柱の内側についたカードリーダーに手を伸ばし、入館許可証をかざす。
 円柱は先程と逆、下へ下へとせり下がる。
 そして、円柱の下部の黒いリングが床に接触すると同時に、床のライトたちが先程よりも激しく点灯を始めた。
 赤から青へ、青から黄色へ、黄色から白へ。
 目まぐるしく変わる色の中で、透き通っていた円柱はスモッグがかかったように透明さを失っていった。
 
「て、天馬さん!?」
 
「いつか慣れるよ。後、なるべく声出さないでね。転移した後に見つかりたくないから」
 
「は、はい」
 
 光の遮断された円柱の中が、天井と床から発せられる光で満たされていく。
 弥太郎と三姫はあまりの眩しさに目を閉じ、上から下から吹雪いてくる強風のされるがままになっていた。
 
 
 
「ひゃっ!?」
 
 
 
 三姫は一瞬、ジェットコースターに乗っている時のような浮遊感を感じ、異国のような匂いで目を開いた。
 
 
 
「……え?」
 
 目の前には、深い深い森が広がっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最近のよくある乙女ゲームの結末

叶 望
恋愛
なぜか行うことすべてが裏目に出てしまい呪われているのではないかと王妃に相談する。実はこの世界は乙女ゲームの世界だが、ヒロイン以外はその事を知らない。 ※小説家になろうにも投稿しています

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

ご令嬢は一人だけ別ゲーだったようです

バイオベース
恋愛
魔法が有り、魔物がいる。 そんな世界で生きる公爵家のご令嬢エレノアには欠点が一つあった。 それは強さの証である『レベル』が上がらないという事。 そんなある日、エレノアは身に覚えの無い罪で王子との婚約を破棄される。 同じ学院に通う平民の娘が『聖女』であり、王子はそれと結ばれるというのだ。 エレノアは『聖女』を害した悪女として、貴族籍をはく奪されて開拓村へと追いやられたのだった。 しかし当の本人はどこ吹く風。 エレノアは前世の記憶を持つ転生者だった。 そして『ここがゲームの世界』だという記憶の他にも、特別な力を一つ持っている。 それは『こことは違うゲームの世界の力』。 前世で遊び倒した農業系シミュレーションゲームの不思議な力だった。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

処理中です...